エピローグ
半月前に起きたターマガント星系でのゾンファ共和国軍の攻撃は、キャメロット星系においても大きな関心を呼んだ。
当初、軍は情報士官であるスーザン・キンケイド少佐がゾンファ軍に協力したことから、その事実を隠そうとした。
しかし、キャメロット防衛第一艦隊司令官エマニュエル・コパーウィート大将は直ちに事実を公表し、ゾンファ共和国の暴挙を他国に伝えるべきだと主張する。
これに対し、キャメロット防衛艦隊司令長官のジェラルド・キングスレー大将は軍のスキャンダルを公表することになると、消極的な態度を崩さなかった。
コパーウィート大将は“この事実を公表しないことは祖国に多大なる損失を与える行為だ”と主張し、キャメロット星系政府を通じて、この事実を公表すると脅した。
キングスレー大将はコパーウィートの政治家とのパイプを思い出した。そして、自分が公表することを躊躇ったと知られれば、退役前の自らのキャリアに傷が付くと考え、公表に踏み切る。
事実が公表されると、マスコミは
それと共に再びゾンファの陰謀を防いだ若き英雄、クリフォード・コリングウッドを称える声が大きくなった。
マスコミは、コパーウィートがクリフォードを自らの副官にしていたことを思い出した。そのため、彼は連日マスコミを賑わすことになる。
コパーウィートはマスコミの取材に対し、
「本当はクリフ、いえ、コリングウッド中尉を手元に置いておきたかったのですよ。ですが、彼の才能は前線にあってこそ輝くのです。私は彼の才能を祖国のために生かすべく、前線に赴かせました。ですが、私の想像を遥かに超えた男でした。あの状況では前線で数多くの指揮を執った私ですら絶望したことでしょう……」
彼は国民が聞きたい言葉を発し続けた。そう、英雄を称える言葉を。
そして、コパーウィートは連邦下院議員のウーサー・ノースブルック伯爵に接触する。
ノースブルック伯はコパーウィートが退役したら、彼の軍事顧問として厚く遇すると約束する。更に伯爵はコパーウィートを通じ、クリフォードの名声を利用しようと考えた。
(私の想像を超える男だったな。二度の成功は彼の人気を磐石なものにした。これでクリフォードは子爵位を手に入れる資格を得た。ヴィヴィアンの婚約者としては申し分ないだろう。英雄を義理の息子に持てば、私の首相への道も大きく開ける。もちろん、彼が政治的な野心を抱かないという確証を得てからだが……)
ノースブルック伯はコパーウィート大将を通じ、できるだけ早い時期にクリフォードをキャメロットに召還するよう指示を出した。
■■■
軍の情報部門では情報士官が敵の協力者となった事実に強い衝撃を受けた。
スーザン・キンケイド少佐は工廠勤務が長く、システムに精通した優秀な情報士官であった。彼女は将来を嘱望され、十年以内には将官級に昇進するだろうと言われていた逸材だったのだ。
元々情報ラインの士官に対する管理は厳しく、私用の通信すら記録を残す義務を負っている。恋人同士の甘い通信にすら検閲が入る可能性があるため、若い士官には人気のないラインでもあった。
事実が明らかになるにつれ、今回の事件が特殊な状況であったが分かってきた。
艦隊運用規則どおりに運用されていれば、このような事態は起こり得なかったからだ。
元々戦闘宙域において通信系を停止する操作は厳禁されていた。今回の舞台であるターマガント星系はゾンファ共和国との緩衝地帯と位置付けられており、戦闘宙域に指定されている。
また、
今回、ゾンファ共和国が仕掛けてきた謀略は、指揮官と情報士を兼任できるという点を狙ったものだ。戦闘指揮所を孤立させ、情報士官が指揮官を殺害すれば、このような状況を作り出せる点が問題だった。
更にゾンファの狡猾なところは、
これにより一時的だが戦闘指揮所にのみ権限を集中し、バックアップが不能になる事態に陥る。
もし、この内部破壊者対応訓練が同時に行われていなければ、キンケイド少佐がモーガン艦長を殺害しても、指揮権は副長であるアリンガム少佐に移るだけで、今回の事象は発生しなかった。
軍はこれに対処するため、新たな運用規則を定めた。
仮に同様の事象が発生した場合でも、
これまではAIによる戦闘状態の認定は、人間の指揮官の権限を機械が侵すものとして、行われてこなかった。
軍の本能的な機械への不信、あるいは人間至上主義といった思想は、ここに至っては修正を余儀なくされ、AIの能力を認めざるを得なくなった。
また通信系の停止については、航宙中は指揮官と担当士官が承認したとしても、最低一系統の通信系を残さなければ、人為的に通信を停止できないように改める。
軍はこれらの対策を全艦隊に通知し、対策の完了を宣言した。
余談だが、今回の軍の対策にマスコミを始め、国民は納得しなかった。
今回の直接的な原因については対策を行ったが、モーガン艦長とキンケイド少佐の不適切な恋愛関係についての処分が何もなされなかったからだ。
アルビオン王国軍では、伝統的に艦内での恋愛を禁止していない。これは長期間任務に就く乗組員たちは民間人との出会いが少なく、結婚が難しいという事情が関係していた。
恋愛の中には同性愛も含まれ、これにも寛容だったが、今回の事件で保守勢力から、艦隊内での同性愛の禁止を求める声が大きくなった。
軍はこれ以上問題を長引かせることを嫌い、艦内での同性同士の恋愛を禁じる規則を策定した。
キンケイド少佐がモーガン艦長殺害に使ったナイフに関しても分析が完了し、強力な毒物が塗られていたことが判明した。
この毒物は自由星系国家連合のヤシマにのみ存在する植物から抽出されたものだったが、軍及び公安当局はゾンファの謀略と考え、ヤシマに調査官を派遣した。数ヶ月に渡る調査を行ったが、結局、毒物の入手ルートは判明しなかった。
また、キンケイド少佐に接触したジロー・スズキを名乗る商社マンについては、会社は存在するものの、ジロー・スズキという人物は全くの別人だった。
ホテルの防犯システムに残る情報から彼を追ったが、既に出国し、ヤシマに入ったところまでは確認できたものの、その後の消息は全く掴めなかった。
キンケイド少佐の官舎を捜索した際、極微量の薬物が検出された。
それは弱い成分の神経系に効く薬物で、当局が実験した結果、ある種のアルコールの原料――具体的にはジンの原料である
当局は過去にゾンファの諜報員が同じ薬物を使用したことがあったという事実を確認し、キンケイド少佐はゾンファの工作員に洗脳されたと結論付けた。
もう一つの疑念、当直に就くはずだった航法長のジュディ・リーヴィス少佐の体調不良についてだが、キンケイド少佐が関与した証拠はすぐには見つからなかった。
リーヴィス少佐はキャメロット星系への帰還後、精密検査と事情聴取が行われた。そして、キンケイド少佐の
二種類の茶を同時に飲むと、腹痛に似た症状を起こすものだが、天然由来の安全な成分しか検出されないため、発見が困難だった。
聞き取りの結果、当直の前に
ただの情報士官であるキンケイド少佐が、そのような知識を持っているはずもなく、このフレーバーティーもゾンファの工作員が渡した物と断定された。
その茶の入手ルートを探ったが、一つはゾンファ星系のもの、もう一つは自由星系国家連合のヒンド共和国のもので、いずれもアルビオンにはほとんど入っていない珍しい種類の茶だった。これもヤシマ経由で入ってきたが、いつ、どうやって入ってきたかは判明していない。
当局はその後一年間に渡り、キンケイド少佐に関する調査を行ったが、ゾンファ共和国の工作員については何も分からなかった。
軍は今回もクリフォードの処遇に苦慮していた。
クリフォードが最大の功労者であることは誰の目にも明らかだが、僅か三ヶ月前に中尉に昇進しており、大尉に昇進させることは難しいと考えた。
軍上層部では勲章によって、彼を賞しようという意見も出たが、前回の
結局、コパーウィート大将が“大尉に昇進させるべきである”という意見を出し、それが通った。これはクリフォードに好感を抱いている王室に配慮したとも言われている。
いずれにせよ、彼は大尉に昇進することになる。
更に宙軍士官の憧れである
この他には戦死した士官、下士官兵に対し、
特に駆逐艦ウィザード17の献身的な行動に対し、当時
なお、軽巡航艦ファルマス13の艦長イレーネ・ニコルソン中佐は同艦の情報士官、サミュエル・ラングフォード少尉の受勲申請を行ったが、戦功が不明確であるとして却下された。
重巡航艦サフォーク05はキャメロット星系の大型工廠プライウェンに戻ってきた。
僅か四ヶ月前にオーバーホールされたばかりだが、主砲に大きな損傷を受けたため、アテナ星系では修理ができなかったのだ。
サフォークがプライウェンに係留されると、すぐに第三惑星上にある要塞衛星アロンダイトに出頭するようクリフォードに命令が下った。
彼はアリンガム副長らに見送られ、迎えに来た
第二部完
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