第33話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二三八。

 時はサフォークにミサイルが命中した直後に遡る。


 ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は、旗艦ビアンの戦闘指揮所CICのメインスクリーンを見つめていた。


(敵の旗艦に攻撃が命中した。これで重巡は無力化できたはずだ。あとは軽巡に損害を与えれば、分艦隊で始末できる……よし、これで勝ったぞ!)


 サフォークに攻撃を集中させたことにより、ビアンの主砲が直撃し、更にユリンミサイル一基が命中している。


「重巡にはミサイルを撃ち込んでおけ! 次の目標は最後尾の軽巡だ。駆逐艦は無視していいぞ!」


 陽気な声にCIC要員たちも笑い声を交えて応えていた。

 そして、インセクト級駆逐艦タンランが二発のミサイルを敵旗艦サフォークに発射した。


 その時、サフォークのCICでは全員が気絶しており、自動迎撃装置により迎撃を開始している。しかし、四十基あるサフォークの対宙レーザーは半数以上が破壊され、迎撃能力が著しく低下していた。


 更にステルス性を生かして接近してくるため、人間の勘という重要な要素がなくなると、人工知能AIが愚直に迎撃を行うだけになり、通常より迎撃効率が悪くなる。

 それを見たフェイ大佐は、サフォークの戦闘指揮所が機能していないと看破した。


(これで敵の旗艦は沈められる。後は敵の軽巡だけだが、タウン級のミサイル搭載数は六基だったはずだ。と言うことは、あの厄介な大型ミサイルは既に撃ちつくしているはずだ。ならば、こちらのバード級軽巡航艦バイホに劣る。戦力的には二倍以上になったな……)


 その時、索敵担当者が慌てたような声で報告した。


「敵駆逐艦、重巡の前に出ました! ミサイルを迎撃……いえ、盾になるつもりです!」


 フェイ大佐はその言葉に、思わずスクリーンに釘付けになった。

 彼の目に映ったのは、重巡航艦の前に出てミサイルを我が身に受けるW級駆逐艦ウィザードの姿だった。


 ウィザードは推進装置が損傷し、サフォークと同程度の加速性能に落ちていたが、回避運動を止めて、直進することでサフォークの前に出ることに成功した。

 そして、旗艦――その時点で旗艦はファルマスになっていたが――を守るべく、数少ない対宙レーザーで迎撃を開始する。


 ユリンミサイルのAIは大物のサフォークを目標としていたが、目の前に現れた小物を倒さなければ、無為に破壊されると判断し、目標をウィザードに変更する。


 二基のうち、一基はレーザーで撃ち落されたものの、一基は艦中央部に命中し、ウィザードは艦半ばで折れるように破壊された。


 数個の脱出ポットが射出されたが、残骸と化した駆逐艦からはそれ以上脱出者はなく、ウィザードは回転するように針路を外れ、後方に取り残されていった。


 フェイ大佐はタンランと同じく駆逐艦のディエに重巡の止めを刺すように命じ、自らは軽巡の始末に集中することにした。


 その時、敵の放ったミサイル群が現れた。

 十一発のファントムミサイルと二基のスペクターミサイルが旗艦ビアンに向かって殺到する。

 フェイは落ち着いた声で迎撃を命じるが、それに合わせるように敵の主砲による砲撃も旗艦に集中した。


(まずいぞ。ミサイルが一発でも当たれば、スクリーンが過負荷になる。この砲撃の中でスクリーンを失うのは、一瞬といえでも命取りだ。後は味方の迎撃に期待するしかない……)


 五秒間で八基のファントムミサイルと一基のスペクターミサイルを破壊したが、四基のミサイルが猛然とビアンに迫っていく。


 更に敵の砲撃が防御スクリーンを掠めていく。フェイを始めCIC要員は目を見開いて敵ミサイルを見つめていた。


 更に三基のファントムミサイルが味方の駆逐艦によって破壊されたが、迎撃網を掻い潜った大型のスペクターミサイル一基が旗艦ビアンの正面の防御スクリーン前で爆発した。


 ギリギリのところで駆逐艦の対宙レーザーが撃ち落としたのだが、それはあまりに近過ぎた。


 爆発のエネルギーでビアンの防御スクリーンは過負荷になり、僅かな時間だが、無防備な状態になった。


 ビアンの艦内では、艦体にミサイルの破片が当たるガンガンという音が響き、四百メートルある艦体は波間に揺れる小船のように大きく揺らされている。

 揺れが収まり、フェイたちが安堵した瞬間、敵駆逐艦の主砲が艦体上部に直撃した。


 駆逐艦の二・五テラワット級荷電粒子加速砲が放った荷電粒子が重巡ビアンの装甲を舐めていく。

 光速近くまで加速された粒子は装甲の金属を溶かしながら、内部に強力なX線等の様々な電離放射線を発生させ、多くの乗組員を殺していった。


 更に艦首部にも駆逐艦の主砲が命中し、ビアンの主砲と副砲一門を破壊した。

 フェイ大佐は損害状況を確認させると共に、直ちに緊急対策班を派遣して、戦闘力の回復を図った。


(戦闘力の大半は失ったが、最悪の状況は脱したな。敵の軽巡と駆逐艦が一隻ずつ。こちらは分艦隊も入れれば、軽巡一、駆逐艦五だ。敵の殲滅は容易だ……)


 そう考えて安堵の息を吐き出そうとした瞬間、索敵担当者の悲痛な声が響いた。


「ミサイル第二波接近! ファントムミサイル十一基です! 目標は本艦です!」


 フェイは絶望的な状況に肩を落としそうになるが、部下を叱咤するため、大声で指示を飛ばしていく。


「全艦迎撃に専念せよ! タンラン、ディエ、スウイシアンは旗艦を守れ!」


 彼の命令に三隻の駆逐艦がビアンの前に出る。

 しかし、その行動が裏目に出た。急激な加速によって相対速度が上がり、対宙レーザーの照準がずれたのだ。


 三発のミサイルが迎撃網を抜けてきた。

 二発のミサイルがディエに命中し、ディエは完全に破壊された。残りの一発は駆逐艦を回避するようにビアンに向かい、艦左舷後方に命中した。


 この一発が戦いに決着をつけた。


 最後のミサイルは、重巡ビアンの対消滅炉リアクターに大きなダメージを与えた。更に悪いことに通常空間航行用機関NSDにも損害を与えており、一時的に加速能力が奪われてしまったのだ。


「NSD損傷! 加速制御装置の取替が必要です」


 フェイは「復旧見込みは?」と力なく聞いていた。

 そして、その答えは三十分であった。


(三十分、千八百秒もこの針路を直進すれば、敵の追撃は不可能だ。更に駆逐艦にも損害を受けている。後はバイホのマオに期待するしかない……)


 しかし、その願いも空しく消えた。


 敵とすれ違った際に、軽巡バイホは敵のカロネードから射出された質量弾を受け、戦闘能力の大半を失っていた。更に駆逐艦タンランも軽微だが損傷を負った。


 敵の駆逐艦一隻を沈めたものの、敵戦力は大破した重巡航艦の他に無傷の軽巡航艦と駆逐艦がおり、戦力的には互角になっていた。


 更に戦略目的である敵艦隊の殲滅も、敵が本星系から脱出してしまえば達成できない。

 敵が現針路を進めば、アテナ星系に脱出できる。二隻の駆逐艦で攻撃は可能だが、軽巡と駆逐艦に対し、駆逐艦二隻では足止めも困難だと考えていた。


 フェイ大佐は生き残った各艦に修理を命じた後、静かに目を閉じた。


(結局、敵に翻弄されていたのか……いや、私の能力が敵に劣っていたのだろう。敵の指揮官は誰だったのだろう……)


 彼は諜報部が送ってきた資料をコンソールに表示させた。

 そして、戦術士官のクリフォード・コリングウッド中尉という名だと知った。


(二十歳か。若いな。それにしてもこの歳で中尉ということは、王室に関係があるか、大貴族の子息なのだろう。私はそんな若造に敗れたのか……いや、違うはずだ。諜報部の工作が一部しか成功しなかったのだ。通信系は止められたものの、CICを孤立させると言う策が成功しなかったのだろう。そう考えなければ辻褄が合わん)


 フェイ大佐はクリフォードに敗れたと言う事実を認めず、副長以下の士官が指揮を執ったと考えた。これは彼が二十歳の若造に破れたという事実に、本能的に目を背けた結果だった。


 彼は意識を自分の指揮する艦隊に向け、NSDの修理が完了するまで、現状を維持するよう命じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る