第32話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二三七。


 最大の懸案であった通信系故障対応訓練と内部破壊者インサイダー対応訓練が唐突に終わり、通信が回復した。

 クリフォードは後方で爆発する駆逐艦ヴィラーゴ32の姿を見ていた。


(あれでは脱出の暇もなかったはずだ。全員戦死か……くそっ!)


 通信が回復したことにより、サフォークの戦闘指揮所CICにも多くの問合せが来ていたが、目前に迫った敵艦隊に対応するのにCIC要員たちは手一杯になっていた。

 クリフォードはとりあえず喫緊の課題に対応することしかできなかった。


「総員戦闘配置! 機関制御室RCR要員は直ちにA系列トレイン防御スクリーンの修復及び再調整を! 主兵装ブロックMAB要員は主兵装冷却系統MACCSの復旧を直ちに行え!」


 命令を伝え終わった後、クリフォードは自らが考えていたミサイルとカロネードの発射タイミングについて、臨時旗艦であるファルマスのニコルソン艦長に送信した。


(既にニコルソン艦長も考えているんだろうけど、念のため送っておこう……)


 送信完了の直後、再びサフォークに激しい衝撃と艦内での爆発音が響く。

 そして、機関科兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹が悲痛な声で損害を報告していく。


「艦首主兵装ブロック損傷! 防御スクリーン出力七十パーセント低下! 主砲使用不能! Aデッキ及びHデッキ艦首付近減圧! 内圧〇キロパスカル。Bデッキ艦首線量計ドジメーター指示上昇……各気密扉二重閉鎖確認……自動隔離正常! 但し、主兵装ブロックへの立入はできません!」


 クリフォードは「了解」と言った後、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹に「人的被害を確認してくれ」と静かに命じた。


 更に索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が泣きそうな声で、敵ミサイルの接近を告げた。


「敵ユリン幽霊ミサイル六基接近中! 十五秒後に本艦に到達します! くそっ! 何とかしてください、中尉サー!」


「使用できる対宙レーザーで迎撃せよ」とクリフォードは落ち着き払った声で、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に命じた。


了解しました、中尉アイ・アイ・サー!」とクロスビーは明るい声で答える。


 そして、レイヴァースに「落ち着け、若造!」とコンソールを操作しながら一喝した。


 通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹が「ウィザードが迎撃開始しました。ヴェルラムもです!」と泣き笑いのような声で報告していた。


「敵ミサイル二基撃破……更に一基、二基撃破……クソッたれ! 一基が直撃するぞ!」


「ウィザードが前に出ました!」とウォルターズが叫ぶ。


 その叫びの後、右舷側から突き抜けるような衝撃が襲いかかる。

 衝撃の後、オレンジ色の非常照明すら消え、コンソールの淡い光だけが僅かにCICを照らしていた。


 衝撃でCIC要員は一瞬気を失っていた。クリフォードも例外ではなく、響き渡る警報音で意識を取り戻す。


「……ひ、被害状況を、ほ、報告せよ……誰かいないか……」


 クリフォードの声に機関科のサドラーがしわがれた声で応えた。


「右舷Gデッキ付近にミサイルが命中した模様……パワープラントPP自動停止トリップ質量-熱量変換装置MECのみで運用中……対消滅炉リアクター再起動シーケンス確認……」


 この時、CIC要員は誰一人、ウィザードが自分たちの盾になってくれたことに気づいていなかった。


 操舵員のデボラ・キャンベル二等兵曹の声がそれに被る。


「そ……操舵関係正常……通常空間航行用機関NSD損傷なし。手動回避再開しました……」


 まだ、頭がはっきりとしないのか、途切れ途切れで報告が上がるが、航行システムに異常はなかった。

 掌砲手のクロスビーはまだ戦闘意欲を失くしておらず、攻撃の許可を求めていた。


「あと十秒で敵との相対距離最小! カロネードの発射許可願います!」


 クリフォードはカロネードの状態を確認すべきだと思ったが、今は敵に損害を与える方が重要だと考え、攻撃を許可した。


「使える武器はすべて敵に撃ち込め! サフォークがやる気を見せれば、敵はこちらを狙う。僚艦を脱出させるために最後の力を見せてやろう」


 この時、クリフォードはサフォークの損害が大きく、本ターマガント星系から脱出することは不可能だと考えていた。



 そして、敵との相対距離がほぼゼロになった。

 光速の七パーセントという高速ですれ違うため、スクリーン越しとは言え、敵の姿を捉えることはできない。


 敵の小型砲からの攻撃が艦を揺らす。そのことで敵とすれ違ったのだとクリフォードは実感した。


 操舵員のキャンベルは事前の命令に従い、艦首を回頭させる。


 正面に見えていた星々が横に流れていく。

 加速を停止し、慣性航行に切り替わったが、艦内ではそれは感じられなかった。

 クリフォードはようやく敵から逃れたと錯覚したが、すぐにまだ危機が去っていないことを思い出した。


「まだ、三百秒近く敵からの攻撃を受けるんだ。サドラー、防御スクリーンの復旧を急がせてくれ。クロスビーは艦内の被害状況をまとめてくれ」


「敵重巡が追いかけてきません! 軽巡も……駆逐艦二隻も同様です! 助かった!」


 索敵員のレイヴァースがそう叫ぶと、クリフォードは指揮官コンソールを慌てて操作していった。


(敵の損害は……駆逐艦一隻撃沈。重巡大破。軽巡中破……こちらの損害は……ウィザードとザンビジが沈められたか……ファルマスは無事だな……)


 今回の戦闘での損失は駆逐艦ヴィラーゴ32、同ウィザード17、同ザンビジ20が喪失、重巡サフォーク05が中破。軽巡ファルマス13と駆逐艦ヴェルラム06は損傷を受けなかった。


 一方、敵はフラワー級駆逐艦一隻撃沈、重巡大破、軽巡中破、インセクト級駆逐艦一隻小破、同駆逐艦一隻のみが無傷という結果だった。


(とりあえず、引き分けと言ったところか。さて、敵はどう出るつもりなんだろう……)


■■■


 標準時間〇二三七。

 時は敵ミサイルが到達する直前に遡る。


 W級ウィザード型駆逐艦ウィザード17号のCICでは戦術士タコーのジェフリー・シェルダン大尉が指揮を執っていた。


 通信が回復したものの、戦闘の真っただ中であるため、艦長らはまだCICに到着していない。艦長は通信回復後、連絡を入れたものの、状況が切迫していることから、「最善を尽くせ」とのみ命じた。


「敵ミサイル接近! サフォークをターゲットにしている模様!」


 索敵員の下士官が叫ぶように報告する。


「掌砲手! ミサイル迎撃に注力しろ! このままではサフォークがまずいことになる」


了解しました、大尉アイ・アイ・サー


 対宙レーザーでの迎撃が始まるが、単縦陣であるため、サフォークが邪魔になり効果的な迎撃ができない。


(ここでサフォークが沈めば、流れは敵に傾く。ファルマスはミサイルを撃ち尽くしているし、駆逐艦でまともに戦えるのはヴェルラムくらいだ。敵の追撃を受ければ、間違いなく、我々は全滅する……)


 シェルダンはそこで覚悟を決めた。


「サフォークの前に出るぞ! 操舵長コクスン! 回避機動停止。全速で前に出るんだ!」


 その言葉を聞き、CIC要員たちは耳を疑った。

 この状況で前に出れば、ミサイルを迎撃できたとしても、敵の集中砲火を浴びて沈められるためだ。


「コクスン! 復唱はどうした!」


了解しました、大尉アイ・アイ・サー! 手動回避停止! 全速でサフォークの前に向かいます!」


「ここでサフォークが沈めば、全滅は必至だ。俺たちが盾になるしかない」


 シェルダンの言葉を聞いたCIC要員の表情はまちまちだった。ある者は覚悟を決めた強い意志を見せるが、ある者は絶望に顔を青くしている。


「サフォークにミサイル命中! 更に二基接近! 一基迎撃成功!」


 敵の砲撃が艦を揺らす。


「バード級軽巡の主砲命中! Aデッキ……」


 被害報告をしている途中で索敵員が大声で叫ぶ。


「敵ミサイル、抜けてきます! あああ!」


 その直後、CICは真っ白な光に包まれた。


 艦の中央部にミサイルが命中し、シェルダン大尉以下のCIC要員は痛みを感じることなく、原子に還元された。

 前に出ると決めて僅か三十秒の出来事だった。


 ウィザードの献身的な行動により、アルビオン軍は敗北を免れることができた。

 しかし、そのことをシェルダンたちが知ることはなかった。

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