第32話
最大の懸案であった通信系故障対応訓練と
クリフォードは後方で爆発する駆逐艦ヴィラーゴ32の姿を見ていた。
(あれでは脱出の暇もなかったはずだ。全員戦死か……くそっ!)
通信が回復したことにより、サフォークの
クリフォードはとりあえず喫緊の課題に対応することしかできなかった。
「総員戦闘配置!
命令を伝え終わった後、クリフォードは自らが考えていたミサイルとカロネードの発射タイミングについて、臨時旗艦であるファルマスのニコルソン艦長に送信した。
(既にニコルソン艦長も考えているんだろうけど、念のため送っておこう……)
送信完了の直後、再びサフォークに激しい衝撃と艦内での爆発音が響く。
そして、機関科兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹が悲痛な声で損害を報告していく。
「艦首主兵装ブロック損傷! 防御スクリーン出力七十パーセント低下! 主砲使用不能! Aデッキ及びHデッキ艦首付近減圧! 内圧〇キロパスカル。Bデッキ艦首
クリフォードは「了解」と言った後、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹に「人的被害を確認してくれ」と静かに命じた。
更に索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が泣きそうな声で、敵ミサイルの接近を告げた。
「敵
「使用できる対宙レーザーで迎撃せよ」とクリフォードは落ち着き払った声で、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に命じた。
「
そして、レイヴァースに「落ち着け、若造!」とコンソールを操作しながら一喝した。
通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹が「ウィザードが迎撃開始しました。ヴェルラムもです!」と泣き笑いのような声で報告していた。
「敵ミサイル二基撃破……更に一基、二基撃破……クソッたれ! 一基が直撃するぞ!」
「ウィザードが前に出ました!」とウォルターズが叫ぶ。
その叫びの後、右舷側から突き抜けるような衝撃が襲いかかる。
衝撃の後、オレンジ色の非常照明すら消え、コンソールの淡い光だけが僅かにCICを照らしていた。
衝撃でCIC要員は一瞬気を失っていた。クリフォードも例外ではなく、響き渡る警報音で意識を取り戻す。
「……ひ、被害状況を、ほ、報告せよ……誰かいないか……」
クリフォードの声に機関科のサドラーがしわがれた声で応えた。
「右舷Gデッキ付近にミサイルが命中した模様……
この時、CIC要員は誰一人、ウィザードが自分たちの盾になってくれたことに気づいていなかった。
操舵員のデボラ・キャンベル二等兵曹の声がそれに被る。
「そ……操舵関係正常……
まだ、頭がはっきりとしないのか、途切れ途切れで報告が上がるが、航行システムに異常はなかった。
掌砲手のクロスビーはまだ戦闘意欲を失くしておらず、攻撃の許可を求めていた。
「あと十秒で敵との相対距離最小! カロネードの発射許可願います!」
クリフォードはカロネードの状態を確認すべきだと思ったが、今は敵に損害を与える方が重要だと考え、攻撃を許可した。
「使える武器はすべて敵に撃ち込め! サフォークがやる気を見せれば、敵はこちらを狙う。僚艦を脱出させるために最後の力を見せてやろう」
この時、クリフォードはサフォークの損害が大きく、本ターマガント星系から脱出することは不可能だと考えていた。
そして、敵との相対距離がほぼゼロになった。
光速の七パーセントという高速ですれ違うため、スクリーン越しとは言え、敵の姿を捉えることはできない。
敵の小型砲からの攻撃が艦を揺らす。そのことで敵とすれ違ったのだとクリフォードは実感した。
操舵員のキャンベルは事前の命令に従い、艦首を回頭させる。
正面に見えていた星々が横に流れていく。
加速を停止し、慣性航行に切り替わったが、艦内ではそれは感じられなかった。
クリフォードはようやく敵から逃れたと錯覚したが、すぐにまだ危機が去っていないことを思い出した。
「まだ、三百秒近く敵からの攻撃を受けるんだ。サドラー、防御スクリーンの復旧を急がせてくれ。クロスビーは艦内の被害状況をまとめてくれ」
「敵重巡が追いかけてきません! 軽巡も……駆逐艦二隻も同様です! 助かった!」
索敵員のレイヴァースがそう叫ぶと、クリフォードは指揮官コンソールを慌てて操作していった。
(敵の損害は……駆逐艦一隻撃沈。重巡大破。軽巡中破……こちらの損害は……ウィザードとザンビジが沈められたか……ファルマスは無事だな……)
今回の戦闘での損失は駆逐艦ヴィラーゴ32、同ウィザード17、同ザンビジ20が喪失、重巡サフォーク05が中破。軽巡ファルマス13と駆逐艦ヴェルラム06は損傷を受けなかった。
一方、敵は
(とりあえず、引き分けと言ったところか。さて、敵はどう出るつもりなんだろう……)
■■■
標準時間〇二三七。
時は敵ミサイルが到達する直前に遡る。
W級ウィザード型駆逐艦ウィザード17号のCICでは
通信が回復したものの、戦闘の真っただ中であるため、艦長らはまだCICに到着していない。艦長は通信回復後、連絡を入れたものの、状況が切迫していることから、「最善を尽くせ」とのみ命じた。
「敵ミサイル接近! サフォークをターゲットにしている模様!」
索敵員の下士官が叫ぶように報告する。
「掌砲手! ミサイル迎撃に注力しろ! このままではサフォークがまずいことになる」
「
対宙レーザーでの迎撃が始まるが、単縦陣であるため、サフォークが邪魔になり効果的な迎撃ができない。
(ここでサフォークが沈めば、流れは敵に傾く。ファルマスはミサイルを撃ち尽くしているし、駆逐艦でまともに戦えるのはヴェルラムくらいだ。敵の追撃を受ければ、間違いなく、我々は全滅する……)
シェルダンはそこで覚悟を決めた。
「サフォークの前に出るぞ!
その言葉を聞き、CIC要員たちは耳を疑った。
この状況で前に出れば、ミサイルを迎撃できたとしても、敵の集中砲火を浴びて沈められるためだ。
「コクスン! 復唱はどうした!」
「
「ここでサフォークが沈めば、全滅は必至だ。俺たちが盾になるしかない」
シェルダンの言葉を聞いたCIC要員の表情はまちまちだった。ある者は覚悟を決めた強い意志を見せるが、ある者は絶望に顔を青くしている。
「サフォークにミサイル命中! 更に二基接近! 一基迎撃成功!」
敵の砲撃が艦を揺らす。
「バード級軽巡の主砲命中! Aデッキ……」
被害報告をしている途中で索敵員が大声で叫ぶ。
「敵ミサイル、抜けてきます! あああ!」
その直後、CICは真っ白な光に包まれた。
艦の中央部にミサイルが命中し、シェルダン大尉以下のCIC要員は痛みを感じることなく、原子に還元された。
前に出ると決めて僅か三十秒の出来事だった。
ウィザードの献身的な行動により、アルビオン軍は敗北を免れることができた。
しかし、そのことをシェルダンたちが知ることはなかった。
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