第28話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二二五。


 ゾンファ軍第八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで、敵の対宙レーザー通信の解析結果を確認していた。そして、内容が判明するにつれ、勝利の確信を強めていく。


(敵は損害のない重巡一隻でこちらに砲撃戦を仕掛けるつもりだな。確かに低相対速度で打ち合えば、その間に高機動の残存部隊を脱出させることができるだろう……)


 フェイは敵の重巡が盾となり、約百八十秒耐えれば、敵の軽巡、駆逐艦が加速して脱出することは不可能ではないと考えている。


(防御に徹すれば三分間なら耐えられると考えるのは、おかしな考えではない。しかし、こちらには分艦隊の駆逐艦、ジャツオンとジュヘウアが残っている。ジャンプポイントJPに先回りさせることも可能なのだ。更にこちらの軽巡バイホと駆逐艦二隻を先行させることもできる……)


 更に敵がどう足掻こうと自分たちに損害は与えられないと自信を持つ。


(これだけ小さい相対速度ではレールキャノンもミサイルも効果は少ないだろう。敵重巡の主砲は前方のみ。後方に副砲があるが、大した火力はない。ならば、敵重巡の横をすり抜けて敵を追跡させることも可能だ。まあ、それ以前に三分も耐えさせんがな……)


 そして、次々と敵の通信が傍受されていく。

 その内容は敵重巡に思い止まるように促すものと、自らも敵に向かうというものだったが、どちらも旗艦から却下する旨の返信が送られていた。


「敵は混乱しているぞ! 敵重巡に攻撃を集中させるぞ!」とフェイは大声で指示を出し、CIC要員たちもそれに陽気な声で応えていた。



 敵艦隊との距離は二十光秒を割った。

 フェイ大佐は盾となろうとしている敵重巡を早期に無力化するため、隊形を検討していた。


(敵の重巡に足止めされなければ、こちらの勝ちだ。そのためには縦陣では火力の集中が難しい。一気に決めるには駆逐艦のミサイルも使うべきだろう……)


 彼は軽巡と三隻の駆逐艦に、旗艦の後方に四角形を形作るような配置を命じた。これにより、ゾンファ艦隊は旗艦を頂点とした四角錐を形成し、百二十秒後に迫った戦闘に備える。


 フェイには敵重巡が縦陣の後方に下がり、反転のタイミングを計っているように見えていた。


(やはり敵の旗艦は自らを盾にして味方を逃がすつもりのようだ。敵ながら天晴あっぱれだが、心意気だけでは戦いに勝てんのだよ。諜報部の工作では艦長と情報士が死ぬはずだった。つまり、今指揮を執っているのは当直シフトの最年少士官のはずだ。若いだけに責任の重大さに潰されそうになっているのか。あとで指揮を執っていた士官の名を見てみるか……)


 彼は自分の予想通りに事態が推移していることから勝利を確信し、更に敵の心情まで考える余裕があった。

 しかし、あることを思い出した。


(敵には対宙レーザー通信を使って、分艦隊を罠に掛けた切れ者がいる。もし、そいつが敵の指揮官だったら……この行動も何かの罠の一環だとしたら……)


 そこで軽く頭を振って考え直す。


(何を弱気になっているのだ! こちらは圧倒的に有利なはずだ! 敵の半数は損害を受け、更に修理もできん。味方は敵の百五十パーセント以上の戦力。もっと言えば、位置関係では圧倒的に有利な状況だ。この状況では罠など仕掛けようがない。いや、少々の罠など食い破ってやればいい……)


 フェイは自らを叱咤するように、全艦に向けて命令を下した。


「射程に入り次第、各個に攻撃を開始せよ。目標は敵重巡! 攻撃を重巡に集中せよ!」


 そして、余裕の表情を浮かべながら、付け加えた。


「敵は重巡を盾にして脱出するつもりだ。軽巡と駆逐艦は後でゆっくり始末すればいい。今は敵の旗艦に集中せよ」


 命令を下した後、彼は指揮官シートにゆっくりと身を沈めた。



■■■


 標準時間〇二二五。


 アルビオン軍重巡航艦サフォーク05の戦闘指揮所CICは、敵との決戦を前に緊張感に包まれていた。


 クリフォードはCIC要員たちに現状の各システム状態を確認し、報告するよう命じている。


 各システムが正常であることは指揮官用コンソールで確認していたが、それを口頭で報告させることで、下士官兵たちの緊張感を取り除こうと考えたのだ。


(ベテランのクロスビーですら緊張している。確かにこの状況で優勢な敵と戦うとなれば、誰でも不安になるだろう。特に若くて実戦経験のない下士官兵たちには、この時間がきついはずだ。僕もトリビューン星系で実戦を経験していなかったら、もっと不安だっただろう。だが、仕事があれば不安を感じる暇がない。これで少しでもいつも通りになればいいんだが……)


 そして、今回のキーとなる操舵員のデボラ・キャンベル二等兵曹に声を掛ける。


「今回は活躍の場を与えて上げられそうだよ。実戦で操舵長以外が手動回避を行うのは稀だそうだけど、訓練通り気楽にやってくれればいい」


 クリフォードの言葉にキャンベル兵曹は「了解しました、中尉アイ・アイ・サー」とやや強張ったような声音で答えた。


 クリフォードは彼女が緊張していると感じ、軽い口調で彼女に話し始めた。


「そう言えば、前に乗っていたスループ艦の操舵長コクスン、アンヴィル兵曹長っていうんだが、この人が天才肌っていうか、ちょっと困った人だったんだ。私がトリビューンで格闘戦ドッグファイトをやったと知ってね、しつこく聞かれてしまったよ。それも潜入任務から戻って休もうと思った矢先にだ。都合、三時間くらい捕まっていたかな。君も興味があるなら、この戦いの後に聞かせてやろうか?」


 キャンベル兵曹もクリフォードの気遣いを感じたのか、無理やり笑顔を作る。


「アンヴィル兵曹長なら知っています。是非とも自分にもその時の話を聞かせてください。操舵員仲間に自慢してやりますから」


 この会話でCIC内の雰囲気が変わった。

 ベテランの機関科兵曹であるデーヴィッド・サドラー三等兵曹はクリフォードの態度に感心していた。


(この中じゃ中尉が一番年下なはずだな? レイヴァースより若かったはずだが、この落ち着きようはどういうことだ? 死人と比べちゃ悪いが、モーガン艦長より安心感があるぜ。艦長親父さんと呼びたくなる士官っていう奴に久しぶりに会った気がする……この戦いで生き残れたら食堂メスデッキでみんなに話してやろう……)



 クリフォードはサフォークを単縦陣の後方に下げ、艦隊の最後尾に配置した。

 これで縦陣は軽巡ファルマス13が先頭で、駆逐艦のヴィラーゴ32、ザンビジ20、ヴェルラム06、ウィザード17、重巡サフォーク05の順となった。


 彼は最悪の場合、加速性能の高いファルマス、ヴィラーゴ、ザンビジ、ヴェルラムの四隻を逃がそうと考えていた。


(サフォークの加速性能は軽巡、駆逐艦の八割程度。ウィザードは推進装置が損傷しているから、サフォークと同じ程度の加速しかできない。加速性能は敵も同じだが、重巡に追いつかれなければ、逃げ切れる可能性は残っている。とは言っても、これは敵が思いもよらない機動をしたときの保険に過ぎない……敵分艦隊の生き残りがいなければ逃がすこともできたんだが……)


 彼の作戦は単純だった。


 まず、敵との交戦三十秒前にサフォークが最初に反転し、敵に向かって加速を開始する。ウィザードが同じように反転する。

 これはサフォークとウィザードが、決死の覚悟で味方を逃がそうとしている演技だ。


 そしてサフォークとウィザードは敵の射程内に入る直前に、手動回避操作を開始する。

 他の四隻は敵がサフォークを攻撃し始めたタイミング、十五光秒分のタイムラグも考慮したタイミングで反転する。


 ファルマス以下の四隻は加速性能の差で二百十秒後にはサフォークに追いつける。僚艦がサフォークに追いつくと、旗艦を先頭にした単縦陣になるため、サフォークの防御スクリーンで味方を守りながら敵とすれ違う。


 すれ違う時の相対速度は〇・〇七四光速程度。カロネードの威力もそれなりに上がっているので、そのタイミングでカロネードとミサイルを撃ち込んで敵に損害を与えるというものだった。


 その後は再び艦首を百八十度回し、敵に艦首を向けて慣性航行で敵から離れていく。相対速度の関係から、敵が最大加速で反転したとしても、約二百八十秒後には射程距離である十五光秒の距離から脱出できる。


 その後はアテナ星系側ジャンプポイントJPに向けて加速すれば、敵本隊は追いつけない。


 不安要素は、敵分艦隊の二隻の駆逐艦だ。

 現在はアルビオン側の頭を抑える針路で加速しており、距離の関係から敵本隊とすれ違った後、駆逐艦二隻がアルビオン艦とJPとの間に入る位置に移動することができる。


 クリフォードはこの二隻の駆逐艦については、今のところ何も考えていなかった。敵本隊との戦闘の結果次第、すなわち、味方の損害度合いによって敵の行動が変わるため、考えても仕方がないと割り切ったのだ。


 彼はその作戦を考えながら、自嘲気味に苦笑していた。


(我ながら酷い作戦だ。いや、作戦と言えるほどのものじゃないな。それでもこれが最も生存確率の高い方法のはずだ。ただ、僕に考えられる最高のものというだけだから、他の指揮官の方がもっとよい策を思いつくかもしれないな……いや、この作戦に対して他の提案がなかったから、他の艦の先輩たちも思いついていないのかもしれない……)

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