第27話
ゾンファ軍偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの
彼には余裕があった。
この状況では味方が有利なポジションから攻撃できることは確実で、更に諜報部の謀略が成功しているから、ダメージコントロールを行うことができないことも分かっている。
(どうやら
そして、敵が対宙レーザーを使った通信方法を使っていることに呆れながらも感心する。
(それにしても敵には切れる奴がいるな。対宙レーザーでの通信という方法はアルビオンも使っていなかったはずだ……まあ、当然だろう。多重化した通信システムが全停になるなど普通は考えんだろう。しかし、この状況でこんな手を考え付くとはな。それだけではない。こちらを罠に嵌めてきた。諜報部の情報では敵哨戒艦隊に注意すべき人物はいないとあったが、どうやらそれは間違いのようだ。だが、この先どんな手で来てもこちらの優位は覆らんがな……)
ゾンファ軍の諜報部はクリフォードがサフォーク05に配属された情報を掴んでいたが、僅か二十歳の新米中尉であり、ほとんど注意を払っていなかった。
そのため、サロメ・モーガン艦長を暗殺したスーザン・キンケイド少佐と同じシフトに入っていると知っていても、それを現場のフェイ大佐に伝えてはいなかった。
正確にはシフト表は渡されており、フェイにも確認することができたが、諜報部から特段の指摘もなく、フェイも誰がサフォークの指揮を執っているのか気にしていなかった。
フェイ大佐は軽巡航艦バイホのマオ・インチウ艦長に回線を繋いだ。
「先ほど連絡したが、敵の通信手段は対宙レーザーだ。つまり、敵が通信手段を確保するためには手動での回避運動が不能になるということだ。これで敵を殲滅することができる」
マオ艦長はそれに対し、やや懐疑的な言葉を返してきた。
「敵がそのことに気づいていないとは思えませんが? 敵にはレーザーを通信に使うことを思いつくような切れ者がいます。決めて掛かるのは危険ではありませんか?」
その言葉にフェイも同意する。
「確かにそうだな。敵が通信手段を捨てて、思わぬ手に出るかもしれん。気づいたことがあれば、何でもいいから提案してくれ」
「了解しました。大佐」と言って敬礼し、マオは通信を切った。
二隻の軽巡を失ったことから、フェイ大佐には最後の軽巡の艦長であるマオの力が絶対に必要だった。そのため、マオを信頼していると示す必要があった。
(マオの言うことはもっともだが、敵が打てる手は少ない。ほとんどないと言っていいだろう。油断さえしなければ、こちらの勝利は動かん。そのための大前提は味方のやる気をどこまで引き出すかだ。分艦隊を見捨てたと思っている奴が多いから、その辺りには細心の注意が必要だな……)
フェイは麾下の各艦に向け、奮起を促す演説を行った。
「八〇七偵察戦隊の各員に告ぐ! 我々はティアンオ、チュマイ、ツアンの三隻を失った。また、ヤンズは行動不能に陥り、回復の目途は立っていない」
彼はここで一旦言葉を切り、声量を少し上げ、自信に満ちた声で続けていった。
「しかし、分艦隊は敵に大きな損害を与えてくれた! それだけではなく、我らの作戦遂行のために敵を誘き出してくれたのだ! 分艦隊の挺身的な行動により、敵の命運は今や我らの掌中にある! あとは勝利を掴むのみ! 分艦隊の仇を討つぞ! 司令部の指示に従い、各員に与えられた任務を遂行せよ! 勝利をこの手に!」
フェイの言葉に旗艦ビアンの各所から歓声が上がった。そして、それは他の艦でも同じだった。
フェイはそれを知り、勝利を確信した。
(味方の士気は高い。そして、敵に取れる策はあまりに少ない。つまり、私の勝利は確定しているのだ。あとはそれを形にするのみだ……)
彼は部下の索敵担当者に命令を下す。
「敵のレーザーによる通信に注意しておけ。検知でき次第、解読しろ」
索敵員は未だ距離のある敵の通信は傍受できないと報告した。
「距離的にもう少し接近する必要があります。最小出力で使っているようですから、一光分以内が検出限界だと思われます。敵の通信傍受は暗号解読に回した方が良いでしょうか?」
フェイは鷹揚に頷くが、「暗号は使えんよ。すぐに解読結果を報告すればよい」と言って、周囲に聞こえるように話し始めた。
「敵の通信を傍受できれば、こちらの勝利は更に確実になる。一時間もすれば、勝利の報告を本国に送り出せるだろう」
彼はそこで笑顔を見せた。
「ここで敵を倒せば、一ヶ月後には勲章と休暇が貰えるはずだ。だが、浮かれるのは敵を殲滅してからにしてくれよ。よし、全艦戦闘準備だ!」
CICに笑い声が広がり、陽気な声で了解の応答をする。
ゾンファ艦隊に自分たちの勝利を疑う者は誰もいなかった。
■■■
アルビオン艦隊第二十一哨戒艦隊は再び合流した。
重巡航艦一隻、軽巡航艦一隻、駆逐艦四隻の計六隻が、旗艦を先頭に単縦陣を組み、最大加速度である五kGで
追撃してくる敵との距離は七十光秒を切り、旗艦の重巡航艦サフォーク05から通信管制を敷くとの命令が各艦に送られた。
サフォークの
そこには味方を示すアイコンに敵艦隊を示すアイコンが徐々に接近している様子が映し出されていた。
(敵は模範的な追撃戦を仕掛けてくるようだな。まあ、僕でも同じことをするだろう……敵の指揮官は非情な人のようだから、任務を完遂するためにはどんなことでもやってくるはずだ。敵の目的は我々が警告を無視して止むを得ず戦端を開いたという事実だ。だとすれば、我々を生かしておくつもりはない。つまり、降伏はできないということだ……)
彼は欺瞞通信を開始するよう、通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に命じた。
「欺瞞通信を開始する。通信文は“サフォークが敵を引き付ける。各艦は最大巡航速度制限を解除の上、アテナ星系
ウォルターズ兵曹は「
通信後、すぐにシナリオ通りに各艦から思い留まることを進言する通信が送られる。
特に軽巡航艦ファルマス13からは、「サフォーク一隻では犬死である。我もサフォークと共にある。卑怯な敵に一矢報いる許可を求む」という芝居掛かった通信が送られてきた。
クリフォードはその通信文を聞き、苦笑した後、ウォルターズに命じた。
「ファルマスに通信。“サフォーク一隻で十分である。自らの責務を果たすことを望む”以上だ」
その後、このような通信を繰り返していった。
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