第24話
ゾンファ軍偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの
分艦隊が敵の半包囲の中に閉じ込められる様子に、フェイは歯を食いしばって見ている。
(リーは何をやっているのだ! あえて敵の主力に向かう必要はなかった。確かにあのまま進めば、後方から重巡の主砲を撃ち込まれる。だが、あの針路を取っていれば、少なくとも敵の逃亡部隊、いや、軽巡航艦部隊に大きなダメージを与えられたはずだ。その後に逃げを打てば、我々が敵の本隊の後ろから攻撃できた。やはり、リーではなく、マオを分艦隊の指揮官にすべきだったか……それにしても敵の動きが思った以上にいい……)
フェイ艦長は敵の動きに疑問を持っていた。
(……敵は通信ができない状況なはずだが、あの艦隊運動には連携の兆候がある。どうやら、敵は何らかの通信手段を得ているようだな……)
その疑問を索敵担当の部下に伝える。
「敵が通信を行っていないか、再度確認しろ。電波だけではなく、発光信号などの光学系の通信も確認しろ」
索敵担当がそれに了解し、アルビオン艦隊を調べ始めた。
フェイ艦長はそのことを頭から切り離し、再び分艦隊について考え始める。
(少なくとも敵にダメージを与えている。更にいいことに、敵はこれで
当初、リー艦長の判断ミスに心の中で毒づいていた彼だったが、敵の情報を見るにつれ、機嫌を直していく。
そして、頭を切り替えた彼は即座に次の方針を決めるための指示を出した。
「敵の合流地点とその後の予想針路を割り出せ! 我々はその針路に先回りするぞ」
フェイ艦長の言葉にCIC要員たちは一瞬言葉を失った。彼が未だ苦戦している分艦隊を見捨てたからだ。
フェイはそれに気づき、自らの考えを披露した。
「今から行っても、リー艦長の分艦隊を救うことはできん。それに敵はリーの分艦隊の全滅に拘らないはずだ。恐らく艦隊を合流させてから、我々に向かってくる。だが、現状でも我々と敵はほぼ同数だ。だが、敵はリーの分艦隊との戦闘で傷ついている。それを考えれば、我々だけでも十分に敵を殲滅できる」
フェイの説明を聞き、CIC要員たちも納得したが、それでも心の中で功を焦っていると感じていた。
実際、フェイは敵の殲滅しか考えていなかった。
(リーのおかげで目的が達せられる。そう考えれば、奴の行動も理に適ったように見えるな。あとは敵をどこで捕らえるか。そして、どうやって逃がさないようにするかだ……)
彼は敵の予想針路を見つめながら、自らの勝利を確信していた。
■■■
標準時間〇二〇七。
アルビオン軍重巡航艦サフォーク05率いる
一方、軽巡航艦ファルマス13率いる
ヤンズの盾となったツアンに対し、大物を仕留めそこなった駆逐艦ヴェルラム06は、怒りを込めて二発のファントムミサイルを撃ち込んだ。
ツアンは一発のミサイルと駆逐艦の主砲の直撃を受け、宇宙の塵となった。
ヤンズはツアンの献身的な行動に助けられ、撃沈を免れたが、ファルマスの主砲が直撃し、その戦闘能力を完全に失った。
一方、アルビオン側も沈められた艦はないものの、無視できないほどの損害を受けている。
ブラボー隊の駆逐艦ヴィラーゴ32が主砲及び左舷側のファントムミサイル発射管を損傷し、艦隊の機動に追従できるものの、緊急対策班が機能していないことから、ダメージの回復が図れず、戦力とみなすことができない。
ブラボー隊の軽巡ファルマス13は敵軽巡と駆逐艦からの攻撃を受け、防御スクリーンの能力が低下していた。通常なら
このため、元々高くないファルマスの防御スクリーンの出力は七十パーセント以下にまで低下し、駆逐艦と同等程度の防御力に落ちていた。
アルファ隊の損害だが、旗艦サフォーク05は無傷だったものの、二隻の駆逐艦は無視できないダメージを負っていた。
Z級駆逐艦ザンビジ20は敵軽巡の最後の攻撃を受け、主砲が損傷し使用不能となった。また、W級駆逐艦ウィザード17も推進装置に損傷を受け、加速性能が二十パーセント低下している。
クリフォードは敵分艦隊との戦闘結果を苦々しく思っていた。
(無傷なのはサフォークとヴェルラムだけか。ファルマスは攻撃力こそ維持できているが、防御力は駆逐艦並みだ。ヴィラーゴは最早戦力とみなすことはできないし、ザンビジも戦力としては期待できない……)
そして、離れていく敵分艦隊を見て、溜め息が出そうになる。
(軽巡は二隻とも無力化できた。しかし、駆逐艦二隻がほぼ無傷だ。これが本隊に加われば、敵は重巡一、軽巡一、駆逐艦五になる。こちらは重巡一、軽巡一、駆逐艦二だ。戦力比は多少縮まったが、それでもこちらの不利は否めない。更に悪いことに、こちらはダメージコントロールができない。傷ついても回復するすべがないんだ……)
そして、メインスクリーンに映される敵本隊の予想針路を見て、更に危機的な状況になったと考えていた。
(敵本隊の指揮官は非情な人のようだな。分艦隊が苦戦している中、こちらの針路を予測して、先回りしようとしている。こちらは無理な機動が祟って、速度が落ちているから、すぐに追いつかれてしまうだろう。損傷の大きいヴィラーゴとザンビジをJPに逃がすことを考えた方がいいかもしれないな……)
そして、航法員であるマチルダ・ティレット三等兵曹に新たな針路の計算を命じた。
「ブラボー隊と合流後、ヴィラーゴとザンビジをアテナJPに撤退させたい。最適の針路と加速方法を計算してくれ。それから、敵との接触時間の計算も頼む」
ティレットが計算を始めると、クリフォードは敵の予想針路を考え始める。
(今の針路でいけば、敵は我々の左舷後方から追いかけてくるだろう。ベクトル的には敵の方が有利だから、こちらの加速が終わる前に追いつかれるはずだ。ブラボー隊と合流するとして、加速性能が同じなら、後ろに付かれれば逃げようはない。逃げを打つと見せかけて、敵の意表を突く機動をしないと……)
計算を終えたティレット兵曹がクリフォードに報告を始めた。
「軌道計算完了しました。アルファ隊は〇二一〇に左舷二十二度、上下角プラスマイナスゼロ度で加速。ブラボー隊は同〇二一〇に左舷五十度、上下角プラス二度にて加速し、更に〇二一五に左舷二十度、上下角プラスマイナスゼロ度に変更。本機動により、〇二一七にブラボー隊は本隊に合流できます。その後、ヴィラーゴとザンビジは左舷十二度に針路を取れば、アテナ星系JPへの最短コースを取ることができます」
「敵が最適な機動で追尾してきた場合の想定接触時間は?」
「〇二二一です。左舷百三十五度から相対速度〇・〇五Cで接触します」
ティレットの報告はメインスクリーンにも映し出される。
クリフォードはその航跡を見つめながら、敵本隊にどう対処するか考えていた。
(ティレットの計算が最適なのは分かる。だとすれば、敵もこの針路を予想しているはずだ。敵の意表を突くには、部隊を合流させずに別々に逃げるしかない。アルファ隊、いや、サフォークが盾になるという手もあるけど、一隻だけでは足を止めることすらできないだろう……いや、JPに拘る必要は無いんじゃないか? 今のアルファ隊とブラボー隊のベクトルを生かして距離を取れば、その間に何かいい方法が思いつくかもしれない)
彼はティレット兵曹に再び軌道計算を命じた。
「今のベクトルを最大限生かす方法で再計算してくれ。条件は、アルファ隊は現針路で最大加速を続ける。ブラボー隊はアルファ隊に合流する針路を取る。この条件で敵との接触時間を計算して欲しい」
ティレットが了解と答えると、CIC要員に自分の考えを伝えた。
「このままアテナJPに向かっても、早期に敵と交戦しなければならない。一旦、距離を取るため、現針路を維持し、まずはブラボー隊との合流を目指すこととする。ウォルターズ、全艦に向けて、その旨を伝達してくれ」
第二十一哨戒艦隊は一丸となって敵に対することとなった。
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