第24話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二〇五。


 ゾンファ軍偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで分艦隊と敵との戦闘を見つめていた。

 分艦隊が敵の半包囲の中に閉じ込められる様子に、フェイは歯を食いしばって見ている。


(リーは何をやっているのだ! あえて敵の主力に向かう必要はなかった。確かにあのまま進めば、後方から重巡の主砲を撃ち込まれる。だが、あの針路を取っていれば、少なくとも敵の逃亡部隊、いや、軽巡航艦部隊に大きなダメージを与えられたはずだ。その後に逃げを打てば、我々が敵の本隊の後ろから攻撃できた。やはり、リーではなく、マオを分艦隊の指揮官にすべきだったか……それにしても敵の動きが思った以上にいい……)


 フェイ艦長は敵の動きに疑問を持っていた。


(……敵は通信ができない状況なはずだが、あの艦隊運動には連携の兆候がある。どうやら、敵は何らかの通信手段を得ているようだな……)


 その疑問を索敵担当の部下に伝える。


「敵が通信を行っていないか、再度確認しろ。電波だけではなく、発光信号などの光学系の通信も確認しろ」


 索敵担当がそれに了解し、アルビオン艦隊を調べ始めた。


 フェイ艦長はそのことを頭から切り離し、再び分艦隊について考え始める。


(少なくとも敵にダメージを与えている。更にいいことに、敵はこれでジャンプポイントJPに逃げ込むことができなくなった。敵を我々の前に引きずり出したと思えば、リーのミスも取り返しがつかないほどでもないな)


 当初、リー艦長の判断ミスに心の中で毒づいていた彼だったが、敵の情報を見るにつれ、機嫌を直していく。

 そして、頭を切り替えた彼は即座に次の方針を決めるための指示を出した。


「敵の合流地点とその後の予想針路を割り出せ! 我々はその針路に先回りするぞ」


 フェイ艦長の言葉にCIC要員たちは一瞬言葉を失った。彼が未だ苦戦している分艦隊を見捨てたからだ。

 フェイはそれに気づき、自らの考えを披露した。


「今から行っても、リー艦長の分艦隊を救うことはできん。それに敵はリーの分艦隊の全滅に拘らないはずだ。恐らく艦隊を合流させてから、我々に向かってくる。だが、現状でも我々と敵はほぼ同数だ。だが、敵はリーの分艦隊との戦闘で傷ついている。それを考えれば、我々だけでも十分に敵を殲滅できる」


 フェイの説明を聞き、CIC要員たちも納得したが、それでも心の中で功を焦っていると感じていた。

 実際、フェイは敵の殲滅しか考えていなかった。


(リーのおかげで目的が達せられる。そう考えれば、奴の行動も理に適ったように見えるな。あとは敵をどこで捕らえるか。そして、どうやって逃がさないようにするかだ……)


 彼は敵の予想針路を見つめながら、自らの勝利を確信していた。



■■■


 標準時間〇二〇七。


 アルビオン軍重巡航艦サフォーク05率いるアルファ隊は艦首を損傷した軽巡ティアンオに集中砲火を浴びせて沈めた。


 一方、軽巡航艦ファルマス13率いるブラボー隊は、通常空間航行機関NSDが損傷したバード級軽巡航艦ヤンズに攻撃を加えていたが、インセクト級駆逐艦ツアンがヤンズの救援にやってきたため、軽巡という大物を仕留めきれなかった。


 ヤンズの盾となったツアンに対し、大物を仕留めそこなった駆逐艦ヴェルラム06は、怒りを込めて二発のファントムミサイルを撃ち込んだ。


 ツアンは一発のミサイルと駆逐艦の主砲の直撃を受け、宇宙の塵となった。

 ヤンズはツアンの献身的な行動に助けられ、撃沈を免れたが、ファルマスの主砲が直撃し、その戦闘能力を完全に失った。


 一方、アルビオン側も沈められた艦はないものの、無視できないほどの損害を受けている。


 ブラボー隊の駆逐艦ヴィラーゴ32が主砲及び左舷側のファントムミサイル発射管を損傷し、艦隊の機動に追従できるものの、緊急対策班が機能していないことから、ダメージの回復が図れず、戦力とみなすことができない。


 ブラボー隊の軽巡ファルマス13は敵軽巡と駆逐艦からの攻撃を受け、防御スクリーンの能力が低下していた。通常なら機関制御室RCRから機関科員が調整に走るのだが、今回は防御スクリーンの能力を回復させる術がない。


 このため、元々高くないファルマスの防御スクリーンの出力は七十パーセント以下にまで低下し、駆逐艦と同等程度の防御力に落ちていた。


 アルファ隊の損害だが、旗艦サフォーク05は無傷だったものの、二隻の駆逐艦は無視できないダメージを負っていた。


 Z級駆逐艦ザンビジ20は敵軽巡の最後の攻撃を受け、主砲が損傷し使用不能となった。また、W級駆逐艦ウィザード17も推進装置に損傷を受け、加速性能が二十パーセント低下している。


 クリフォードは敵分艦隊との戦闘結果を苦々しく思っていた。


(無傷なのはサフォークとヴェルラムだけか。ファルマスは攻撃力こそ維持できているが、防御力は駆逐艦並みだ。ヴィラーゴは最早戦力とみなすことはできないし、ザンビジも戦力としては期待できない……)


 そして、離れていく敵分艦隊を見て、溜め息が出そうになる。


(軽巡は二隻とも無力化できた。しかし、駆逐艦二隻がほぼ無傷だ。これが本隊に加われば、敵は重巡一、軽巡一、駆逐艦五になる。こちらは重巡一、軽巡一、駆逐艦二だ。戦力比は多少縮まったが、それでもこちらの不利は否めない。更に悪いことに、こちらはダメージコントロールができない。傷ついても回復するすべがないんだ……)


 そして、メインスクリーンに映される敵本隊の予想針路を見て、更に危機的な状況になったと考えていた。


(敵本隊の指揮官は非情な人のようだな。分艦隊が苦戦している中、こちらの針路を予測して、先回りしようとしている。こちらは無理な機動が祟って、速度が落ちているから、すぐに追いつかれてしまうだろう。損傷の大きいヴィラーゴとザンビジをJPに逃がすことを考えた方がいいかもしれないな……)


 そして、航法員であるマチルダ・ティレット三等兵曹に新たな針路の計算を命じた。


「ブラボー隊と合流後、ヴィラーゴとザンビジをアテナJPに撤退させたい。最適の針路と加速方法を計算してくれ。それから、敵との接触時間の計算も頼む」


 ティレットが計算を始めると、クリフォードは敵の予想針路を考え始める。


(今の針路でいけば、敵は我々の左舷後方から追いかけてくるだろう。ベクトル的には敵の方が有利だから、こちらの加速が終わる前に追いつかれるはずだ。ブラボー隊と合流するとして、加速性能が同じなら、後ろに付かれれば逃げようはない。逃げを打つと見せかけて、敵の意表を突く機動をしないと……)


 計算を終えたティレット兵曹がクリフォードに報告を始めた。


「軌道計算完了しました。アルファ隊は〇二一〇に左舷二十二度、上下角プラスマイナスゼロ度で加速。ブラボー隊は同〇二一〇に左舷五十度、上下角プラス二度にて加速し、更に〇二一五に左舷二十度、上下角プラスマイナスゼロ度に変更。本機動により、〇二一七にブラボー隊は本隊に合流できます。その後、ヴィラーゴとザンビジは左舷十二度に針路を取れば、アテナ星系JPへの最短コースを取ることができます」


「敵が最適な機動で追尾してきた場合の想定接触時間は?」


「〇二二一です。左舷百三十五度から相対速度〇・〇五Cで接触します」


 ティレットの報告はメインスクリーンにも映し出される。

 クリフォードはその航跡を見つめながら、敵本隊にどう対処するか考えていた。


(ティレットの計算が最適なのは分かる。だとすれば、敵もこの針路を予想しているはずだ。敵の意表を突くには、部隊を合流させずに別々に逃げるしかない。アルファ隊、いや、サフォークが盾になるという手もあるけど、一隻だけでは足を止めることすらできないだろう……いや、JPに拘る必要は無いんじゃないか? 今のアルファ隊とブラボー隊のベクトルを生かして距離を取れば、その間に何かいい方法が思いつくかもしれない)


 彼はティレット兵曹に再び軌道計算を命じた。


「今のベクトルを最大限生かす方法で再計算してくれ。条件は、アルファ隊は現針路で最大加速を続ける。ブラボー隊はアルファ隊に合流する針路を取る。この条件で敵との接触時間を計算して欲しい」


 ティレットが了解と答えると、CIC要員に自分の考えを伝えた。


「このままアテナJPに向かっても、早期に敵と交戦しなければならない。一旦、距離を取るため、現針路を維持し、まずはブラボー隊との合流を目指すこととする。ウォルターズ、全艦に向けて、その旨を伝達してくれ」


 第二十一哨戒艦隊は一丸となって敵に対することとなった。

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