第23話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二〇二。


 ターマガント星系での戦闘は有利な位置にいるアルビオン艦隊の別動隊、ブラボー隊の攻撃により始まった。


 五等級艦軽巡航艦ファルマス13は主砲である五テラワット中性子砲をゾンファ分艦隊右舷のフラワー級駆逐艦チュマイに放つ。更に二基の大型ステルスミサイル、スペクターミサイルを発射した。


 全く偶然だが、同じタイミングでゾンファ分艦隊が右舷側に急激に変針した。そのため、ファルマスの主砲は空しくそらを斬り裂いていく。


 その結果に、ブラボー隊の各艦のCICで落胆の声が漏れる。しかし、それはすぐに歓喜の声に変わった。


 主砲を回避することになった敵の機動だったが、スペクターミサイルにとっては逆によい方向に作用したのだ。


 高機動のミサイルは敵艦の機動に楽々と追従していく。

 更に自らの機動によって上がった相対速度により、敵の対宙レーザーの照準が微妙にずれ、命中精度が著しく落ちた。


 ミサイル一基は敵の直前、〇・〇一光秒の位置で撃破されたが、もう一基が生き残り、敵分艦隊の懐に飛び込むことに成功する。


 スペクターミサイルは最も近い駆逐艦チュマイを目標と定め、〇・二Cの速度で艦側面に命中した。


 漆黒の宇宙空間に眩い白光の花が咲く。

 そして、その光がゆっくりと消えていくと、そこには四散する駆逐艦の破片が残されているだけだった。


 八百メートル四百万トン級の巡航戦艦をも沈める大型ミサイルが、三百メートル四十万トン級の駆逐艦に命中した。そのため、完全にオーバーキルで、駆逐艦チュマイは艦中央部が蒸発し、僅かに艦首と艦尾の一部が人工物の名残を残しているに過ぎなかったのだ。


 アルビオン軍の戦闘指揮所CICでは、その光景に「敵駆逐艦轟沈!」と叫び声が上がっていた。



 チュマイを喪失したものの、ゾンファ分艦隊の闘志は衰えていなかった。

 分艦隊は右舷に針路を変更しつつ反撃の狼煙を上げる。


 旗艦である軽巡ティアンオは主砲をファルマスに向け、副砲を二隻の駆逐艦に向けた。

 主砲である七・五テラワット級荷電粒子加速砲と、艦尾迎撃砲以外の二門の一テラワット級荷電粒子加速砲が同時に火を噴く。


 光速近くまで加速された荷電粒子が白い光跡を残しながら、宇宙空間を切り裂く。

 光の槍は軽巡ファルマスを掠め、防御スクリーンのエネルギー場と激しく反応しながら消滅していった。その衝撃でファルマスは大きく揺さぶられる。


 一方、副砲は駆逐艦ヴィラーゴ32に命中し、防御スクリーンを一時的に弱体化させた。

 ヴィラーゴは更にインセクト級のジャツオンとツアンの二隻から攻撃を受けた。


 弱った防御スクリーンに、ツアンの放った一基のユリンミサイルが接近していく。

 ヴィラーゴは対宙レーザーで必死に迎撃を行うが、ティアンオの攻撃の直後であったため、迎撃が僅かに遅れてしまう。


 幸い直撃は免れたが、ミサイルは艦の至近で爆発し、ヴィラーゴは白光に包まれながら、艦体を大きく揺らした。

 白光が収まったあと、友軍が見たヴィラーゴは左舷の装甲が溶け落ち、大きく抉られていた姿だった。そして、ヴィラーゴ彼女は主砲と左舷ミサイル発射管を失った。



 サフォーク05のCICでもその様子が映し出されていた。

 クリフォードがヴィラーゴの様子に言葉を失っていると、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が、敵が再度変針したことを叫ぶように報告する。


「敵分艦隊、再度変針。艦首をアルファ隊に向け、加速開始!」


 クリフォードは「了解」と言いながら、敵の指揮官がミスをしたと考えていた。


(あのまま、ブラボー隊の横を抜けるべきだったな。あのままなら、アルファ隊の攻撃は精々二十秒だった。それが針路を変えたことにより、我々の攻撃時間は百秒以上に増えた。ヴィラーゴの敵は討たせてもらう……)


 そこで掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に声を掛ける。


「先頭の軽巡に全攻撃力を集中する。準備はいいな」


了解しました、中尉アイ・アイ・サー」と答えるが、「カロネードもですか?」と疑問を口にした。


 彼の常識では距離が遠すぎると思ったのだ。その疑問にクリフォードが答える。


「そうだ。この距離では命中は難しいだろうが、敵は重巡航艦の全力の攻撃を見て怯むはずだ。運がよければ、それで敵に隙ができる」



 標準時間〇二〇四。


 サフォークは敵分艦隊を射程内に捕らえた。


 クリフォードは大きく手を挙げ、「攻撃開始!」と言って振り下ろす。


 クロスビーの「了解しました、中尉アイ・アイ・サー。攻撃開始」という復唱がCIC内にこだまする。


 その直後、主砲にエネルギーが送られる際に起きる僅かな電力の揺らぎがCICの照明を瞬かせる。


 十五テラワット分の陽電子が星間物質と反応し、真っ白な光の柱がメインスクリーンに映し出された。


 更に四基のファントムミサイルと、八基の百トン級カロネードから発射された金属弾が闇に消えていく。


 十秒後、再装填されたミサイルとカロネードが再び射出された。二隻の駆逐艦も旗艦に合わせるようにファントムミサイルを四基ずつ発射する。


 二度目の攻撃の直後、敵の反撃が襲い掛かる。

 サフォークの防御スクリーンに二隻の軽巡の主砲が命中し、メインスクリーンがホワイトアウトしたかのように白く輝き、直後に艦が大きく揺れた。


 クリフォードはその揺れに耐えながら、命令を下していく。


「サドラー、艦の損傷状況を確認してくれ」


 クリフォードが機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹に命令した時、レイヴァース上等兵の歓喜に満ちた声がCIC内に響き渡った。


「主砲、敵軽巡航艦に命中。艦首損傷! やったぞ!」


 敵分艦隊の旗艦ティアンオに主砲が命中し、防御スクリーンが消失した。その直後、光速の五十パーセントにまで加速されたカロネードの金属弾が時間差をつけて命中し、艦首を破損させた。


 レイヴァースの喜びに満ちた声の後に、サドラー兵曹が落ち着いた声で報告を始める。


「艦に損傷なし。防御スクリーン一時的に三十パーセント能力低下、現在はフル出力に復帰済み。中尉、艦に問題はありません!」


 サフォークの三十テラジュール級防御スクリーンは敵の攻撃に耐え、損傷は全くなかった。また、サフォークに攻撃が集中したことから二隻の駆逐艦は攻撃すら受けなかった。


 クリフォードはそれに答えることなく、「主砲を順次発射せよ!」と命じた。


「ファントムミサイル、カロネードも頼む」と付け加える。


「ティレット、ザンビジとウィザードに連絡。敵左舷側の駆逐艦を攻撃せよ」


 その間にもブラボー隊が敵の後方から攻撃を加えていた。

 ファルマスは敵のもう一隻の軽巡、最後尾にいるヤンズに対し、主砲とスペクターミサイルを発射している。


 スペクターミサイルは二基とも迎撃されたが、主砲の五テラワット中性子砲が敵の右舷後方に命中した。


 荒れ狂う中性子の嵐が敵軽巡を舐め、多くの乗組員を殺しながら、艦後方にある通常空間航行機関NSDに損傷を与えた。ヤンズはつんのめるように加速が止まり、見る見る分艦隊の後方に取り残されていく。


 それを見たクリフォードは、ブラボー隊に敵軽巡に止めを刺すよう命じた。


「ブラボー隊に連絡。落伍した軽巡に止めを刺せ。その後はアルファ隊と合流する針路に変針せよ」


 命令を発しながらこの先のことを考えていく。


(これで軽巡を沈められれば、かなり分がよくなる。できれば二隻とも沈めたいが、欲を出すとこちらの損害が増える。さて、どうしたものかな……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る