第21話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇一四五。


 戦闘準備を終えたサフォークの戦闘指揮所CICでは、全員が敵の動きを気にしていた。

 そして、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が敵の動きを報告する。


「敵艦隊、二隊に分かれました。ブラボー隊に向かう部隊、便宜上、分艦隊と名付けます。分艦隊は軽巡航艦二、駆逐艦四。最大加速六kGでブラボー隊を追う針路を取っています」


 クリフォードは「本隊は?」と聞いた。


「本隊はアルファ隊と交差する針路で加速開始しました。加速度は一kG程度です」


「了解」と言ってから、スクリーンを見つめて考えをまとめていく。


(敵本隊はアルファ隊を狙っている。分艦隊が最大加速で、本隊が一kGなら、既に一光分近く離れているはず。このまま分艦隊がブラボー隊を目指せば、本隊との距離が更に離れる。チャンスはまだある……)


 クリフォードはまだ問題はないと考え、レイヴァース上等兵に向けて監視を強めるよう命じた。


「敵本隊及び分艦隊の位置をトレースしておいてくれ。変化があればすぐに報告を頼む」


 クリフォードはブラボー隊の位置を確認する。


(既に左舷後方三十光秒の位置か。今の針路ならジャンプポイントに逃げているようにしか見えない。あとはニコルソン艦長の判断に任せるしかない……)



 標準時間〇一五五。


「敵本隊との距離約二光分、相対速度約〇・一光速、更に加速中。分艦隊との距離約一光分、相対速度〇・二C……」


 レイヴァース上等兵の報告が重巡サフォーク05の戦闘指揮所CIC内にこだまする。

 クリフォードを含め、他の六人は押し黙ったまま、それぞれのコンソールを見つめていた。


「クロスビー、主砲の発射準備は終わっているな。戦闘が始まれば、最大十連射だ。頼んだぞ」


 クリフォードは初めての実戦指揮に緊張していた。そのため、既に終わっている兵装関係の確認を再び行ってしまった。


(さっきも確認したのに……指揮官がこれでは、兵たちが不安になるな……)


 彼は隣に座る宙兵隊員のボブ・ガードナー伍長に話し掛けることにした。

 ガードナーは当初、所在無げにCICの扉前で歩哨に立っていたが、戦闘の衝撃を考えたクリフォードが指揮官席の横、オブザーバー席に彼を座らせていたのだ。


「伍長、特等席に座った気分はどうだ?」


 クリフォードが軽い調子でガードナーに話し掛けると、ガードナーは一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐにニヤリと笑う。


はいアイ中尉サー。最高の場所で観戦させていただきます」


 クリフォードに合わせるように、下士官独特の言葉とおどけた口調で答える。


「将官以外の宙兵隊員がCICのオブザーバー席に座るのは初めてなんじゃないか? 後で感想を聞かせてくれよ」


 通常、戦闘準備が発せられると、宙兵隊は緊急対策所ERCの副長の指揮下に入り、応急修理、人命救助などに当たる。そのため戦闘配置が完了した後のCICに宙兵隊員がいることはない。


 唯一の例外は彼が言ったように宙兵隊の将官が強襲揚陸作戦などで艦隊旗艦にいる場合だけだ。


「アイ・サー! 隊長たちに自慢してやりますよ。隊長でもこんな特等席に座ったことはないでしょうからね」


 ご機嫌な顔のガードナーに軽く手を振り、クリフォードはCIC内をゆっくりと見回す。


(クロスビーは落ち着いている。サドラーも問題ない。この二人が落ち着いていれば大丈夫だ……あとは僕が落ち着いていれば、何も問題ないはずだ……)


 彼は自らを落ち着かせるために、指揮官コンソールに目をやる。


(ブラボー隊は一光分後方。既に針路を変えているはずだが……)


 その直後、レイヴァース上等兵の声がCIC内に響く。


「ブラボー隊、加速停止! 針路を敵分艦隊に向けて転針。再加速開始しました!」


 クリフォードは「了解」と静かに答える。


(ブラボー隊と敵分艦隊との距離は約一・五光分。敵本隊とは約二・五光分。さて、敵はどう動く?)



 クリフォードが敵の動きを注視している時、最先任の兵曹であるケリー・クロスビー一等兵曹は真後ろにいる若い指揮官のことを考えていた。


(噂の“クリフエッジ”は本物だな。さすがに緊張はしているんだろうが、モーガン艦長より余程肝が据わっているぜ……俺は今、伝説の一幕を目の当たりにしているんだろうな。この話を掌砲手仲間ダチに話せたら食堂甲板メスデッキの人気者だぜ……まあ、生き残れたらの話だが……)


 そして、モーガン艦長が死んでからのことを思い出していた。


(……しかし、この状況で逆襲しようなんざ、大胆というより無謀だな。確かに中尉のアイデアで他の艦との連絡手段は確保できた。だが、それでも敵はこっちの二倍なんだ。掌砲手の俺には分からんが、敵を二手に分けて各個撃破にするって言うのは口で言うほど簡単じゃねぇはずだ。それがだ。ここにいる“崖っぷちクリフエッジ”の先生はさも簡単なことのように言いやがった。訓練か何かのようにだ……まだ、二十歳そこそこだったはずだが、どこか信頼できる気にさせる。こういうのをカリスマって言うんだろうな……)


 そんなことを考えながら兵装関係の再チェックを行っていく。



 航法士席に座るマチルダ・ティレット三等兵曹は、自艦の位置を確認しながら、指揮官席に座る若い中尉をチラチラと見ていた。


(航法計算の時とは全く違う雰囲気ね。試験航宙中に艦長に虐められている時は、“英雄”っていう雰囲気は全くしなかったけど、今なら分かるわ。この人は“有事”の人だと。事が起きると役に立つって感じ……それにしても航法計算も本当はできそうなのに……さっきの敵との交差針路なんか、頭の中でイメージできていたはずよ……)


 そして、宙兵隊の伍長とにこやかに話すクリフォードを見て、隠れて安堵の息を吐き出す。


(大丈夫よ。あの中尉が余裕を見せているんだから、生き残れる。いえ、勝てるはずよ。私たちが失敗しなければ……だから、私も落ち着かないと……)


 彼女はもう一度CICの中を見回した。


(クロスビー兵曹はいつもの通りね。さすがはベテラン。デーヴィッドも落ち着いている。ジャクリーンとジャックの顔は見えないけど、かなり緊張しているようね。あとはデボラなんだけど、やることがなくて困っているわ。珍しいことね、操舵員が戦闘中に暇そうにしているなんて……)


 彼女が周囲を見回していると、クリフォードが不思議そうな顔をしながら、「ティレット、何か意見でもあるのか?」と聞いてきた。


いいえ、中尉ノーサー。何でもありません」と答え、コンソールに目を向ける。


(これじゃ私が一番落ち着いていないように見えるわね……敵の位置とこちらの針路、AIと相談しながら、適宜軌道計算の補正をしていこう)


 彼女はもう一度航法コンソールに向かった。

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