第22話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇一五七。


 ゾンファ軍の軽巡航艦ティアンオの艦長、リー・シアンヤン中佐はメインスクリーンの映像に驚きを隠せなかった。


 逃げていくと思っていた敵が自分たちに向けて針路を変え、攻撃しようという意志を見せたことに、彼の思考が一瞬停まった。


「敵軽巡ほか、我が分艦隊に向け針路変更! 敵が最大加速を採った場合、約五分後、〇二〇二に接触予定! このままでは敵本隊と約八分後、〇二〇五に接触します!」


 リー艦長は索敵担当の声を聞いて我に返った。そして、敵の本隊、特に重巡の動きに目を奪われた。


(敵の重巡がこちらを遮る針路を取っている。このままでは正面から敵軽巡、左舷から敵重巡に挟撃される。フェイ艦長の本隊とは既に一光分ほど離れている。ここで最大の減速を行っても本隊は間に合わない。完全に嵌められたな……針路を左舷に振って、フェイ艦長との時間差攻撃に期待するしかないか……)


「了解した! 加速停止。左舷三十度、上下角プラス五度に転針。敵との接触のタイミングをずらすぞ! 敵が合流してもほぼ互角だ! それにすぐに本隊が来る! 一気に敵を沈められるぞ!」


 リー艦長は部下たちをそう言って鼓舞するが、敵本隊が減速し、タイミングを合わせてくるとも考えていた。


(敵はこちらの動きを読んでいる。恐らく、この針路を取ることも想定済みだろう。数は互角だが、向こうには重巡がいる。砲撃戦に限れば、重巡一隻は軽巡三隻に匹敵する。こちらが圧倒的に不利だな……)


 そこまで考えたところで、敵の状況に思い至った。


(いや、待てよ。敵は通信が使えないはずだ。ならば、敵の直前で針路を変えれば、敵はバラバラにしか追従できない。それに重巡に対しても、こちらは防御の厚い正面から攻撃を受ける形になるなら、それほど不利な状況でもないな。よし! これしかない!)


 そう考えていると、司令のフェイ・ツーロン艦長から連絡が入った。

 本隊とアルビオンの軽巡との距離は二・五光分あり、フェイ艦長は加速を続ける敵を見て、指示を出していた。


「逃亡部隊を逃がすなよ。敵本隊はこちらで対処する。分艦隊はそのまま追跡を続けろ」


 リー艦長は既に状況が変わっていることから、自らの判断を優先する。


「敵分艦隊・・・の逃亡は欺瞞行動。敵本隊と敵分艦隊の挟撃を受けつつあり。我、敵主力に向け、攻撃を敢行する」


 リー艦長はフェイ艦長にそれだけ報告すると、すぐに敵の動きに集中していった。



■■■


 標準時間〇一五八。


 五等級艦軽巡航艦ファルマス13率いるブラボー隊は、〇一五五にアテナ星系側ジャンプポイントJPへの針路から、追ってきた敵分艦隊に針路を変更した。


 軽巡航艦二隻、駆逐艦四隻の敵分艦隊は、第二十一哨戒艦隊の本隊であるサフォーク05率いるアルファ隊の右舷約四十五度、距離約一光分の位置を、アルファ隊の前方を横切るように、〇・二光速という速度でブラボー隊を追撃していた。


 そして、ブラボー隊の動きに気づいた敵分艦隊が動きを変える。

 敵分艦隊はアルファ隊に向けて針路を変更し、攻撃する意志を見せるかのように、相対速度を落とすため、減速しつつあった。


 サフォークの戦闘指揮所CICで指揮を執るクリフォードは敵の動きを注視している。


(ほぼ想定どおりの動きだな。意外な点はブラボー隊を狙わず、アルファ隊を狙ってきたことくらいだ。ブラボー隊を狙われる方が被害は大きくなるから、こちらの方が助かるんだが、敵の意図は何なのだろう?)


 クリフォードは敵分艦隊の動きに疑問を持った。


(ブラボー隊の加速能力なら針路を変更したとしても、同時に攻撃を受けることは分かっているはずだ。敵の思惑はどこにあるんだ?……)


 そして、敵の意図について考え始めた。


(僕が敵の分艦隊司令なら、どう考える? アルファ隊は重巡一隻と駆逐艦二隻、ブラボー隊は軽巡一隻と駆逐艦二隻。戦力的にはアルファ隊が圧倒的に強力だ。確かに正面の防御は厚いが、軽巡や駆逐艦の防御スクリーンなら、重巡の主砲で一気に過負荷になる。弱ったところへ駆逐艦の攻撃が……)


 そこで敵の意図に思い至った。


(そうか! こちらが連携できないことを前提に考えているんだな。重巡の主砲もそうそう続けて直撃することはない。駆逐艦が防御スクリーンの弱った艦を攻撃しなければ、やり過ごすことは可能だ。要はこちらの意表を突く機動を考えているんだろう。それに各艦が勝手に対応し、隊形が乱れれば、逆にこちらの駆逐艦を沈めることもできる。そう考えたんだ!)


 クリフォードは通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に命令を出す。


「ザンビジ20とウィザード17に連絡。敵は接敵直前に軌道を変更する可能性あり。攻撃目標は各指揮官の判断に委ねる。以上」


 ウォルターズ兵曹が「了解しました、中尉アイ・アイ・サー」と答えたのを確認し、彼は掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に目標について指示を出した。


「攻撃の優先順位は先頭の軽巡航艦、右側のインセクト級駆逐艦二隻、最後が後方の軽巡航艦だ。左側のフラワー級はブラボー隊に残しておいてやろう」


 クロスビー兵曹は彼にしては珍しく、興奮したような口調で答えた。


了解しました、中尉アイ・アイ・サー! サフォークこのレディのきつい平手打ちスパンクをお見舞いしてやりましょう!」


 その勢いにクリフォードは、「頼むよ」と苦笑する。

 そして、通信を終えたウォルターズ兵曹にブラボー隊への通信を命じた。


「ブラボー隊に連絡。敵右舷から攻撃を加えよ。貴隊の目標は右舷のフラワー級駆逐艦二隻及び後方の軽巡航艦。なお、敵は戦闘直前に変則的な機動を行う可能性がある。攻撃後は左舷九十度に転針し、最大加速でアルファ隊に合流せよ。以上だ」



 標準時間〇二〇〇。


 アルファ隊と敵分艦隊との距離が三十光秒を切った。相対速度は〇・一光速、あと二分強で戦闘に入る。


 一方、ブラボー隊は敵分艦隊の左舷約六十度から接近しつつあった。距離は既に十五光秒を切り、相対速度は〇・〇二Cでブラボー隊が敵分艦隊を追いかけるように加速している。このままいけば、ブラボー隊はアルファ隊より約三十秒早く、敵に攻撃を行える。


 重巡サフォークの主砲、十五テラワット級陽電子加速砲の有効射程距離は約十五光秒(約四百五十万キロメートル)。

 十五光秒の距離を相対速度〇・一Cですれ違うため、攻撃時間は百五十秒しかない。


 主砲は最大出力の場合、チャージに十秒ほど掛かるため、最大で十五回撃てることになるが、照準をあわせることと主砲の砲身に当たる加速空洞とコイルの冷却を考えると、二十秒から三十秒に一回が限度である。但し、出力を落とせば連射できる。



 軽巡航艦ファルマス13を先頭にV級駆逐艦ヴェルラム06と同ヴィラーゴ32が敵分艦隊の右舷側から攻撃を開始した。


 タウン級であるファルマスは、五テラワット級中性子砲と大型対艦ミサイルであるスペクターミサイルを搭載している。


 スペクターミサイルは標準型対艦ミサイルであるファントムミサイルと同様に、ステルス性を持たせたミサイル兵器である。


 高機動戦闘艦の三倍以上の加速力を持ち、更にファントムミサイルの四倍以上の質量を持つ大型のミサイルで、三等級艦、すなわち巡航戦艦を一発で轟沈せしめる破壊力を誇る。


 その分、搭載基数が少なくファルマス型の標準搭載数は六基。発射管は両舷に一つずつあり一度に二発射出することが可能である。


 この他にもアルビオン王国軍標準装備であるレールキャノン、通称カロネードが四基と、対宙パルスレーザー砲が十六基備えられている。対宙レーザーは敵ミサイルの迎撃に使用される。今回は相対速度が小さいため、カロネードの使用は見送られた。


 V級駆逐艦は第二次アルビオン-ゾンファ戦争前のやや旧式の駆逐艦であるが、加速性能と攻撃力は最新のZ級と遜色は無く、主砲である二・五テラワット級荷電粒子加速砲と二基のファントムミサイル発射管を持っている。



 一方、ゾンファの分艦隊は、アルビオン軍からバード級と名付けられた軽巡航艦二隻が主力になる。


 バード級はゾンファ軍の標準的な軽巡航艦であり、基本設計が数十年変わらない傑作巡航艦である。その特徴は高機動性に加え長い航宙期間を持つことと、強力な兵装にある。


 主砲は七・五テラワット級荷電粒子加速砲が一門、副砲として一テラワット級荷電粒子加速砲が三門備えられている。

 特に副砲は艦首を振ることなく、側方にも発射可能であり、駆逐艦以下の小型艦船にとっては大きな脅威であった。


 ゾンファ共和国軍、正確には“ゾンファ共和国国民解放軍”は、伝統的に粒子加速砲を重視しており、ミサイルを軽視していた。


 この思想は大型艦になるにつれ顕著となり、軽巡航艦にもミサイル発射管は備えられていない。


 これは補給が必要で保管場所を取るミサイルよりも、エネルギーさえあれば、何度でも使用可能な粒子加速砲の方が、ランニングコストが少なく経済的であるという判断が働いたと言われている。


 ゾンファの駆逐艦はアルビオン軍のV級とほぼ同じ性能だが、前述のようにミサイルに対する理解がないため、ファントムミサイルの劣化版であるユリン幽霊ミサイルを搭載されているに過ぎない。



 標準時間〇二〇二。


 暗いターマガント星系で戦闘が開始された。

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