第13話
モーガン艦長殺害事件から三十分が経過した。
キンケイド少佐の思惑は分からないものの、現状でも艦隊の運行に支障が出ていないため、CIC要員たちも完全に落ち着きを取り戻している。
クリフォードは部下たちを安心させるため、努めて冷静に指揮を執っていたが、内心では強い焦りを感じていた。
(あと二時間ほどで針路を変更する必要がある。当初計画に沿って動いてくれればいいが、この状況で全艦が計画通り動くか不安がある……最悪、通信手段だけでも確保しないと。あれが使えればいいんだが……)
彼の思いはそこで中断された。
索敵員のジャック・レイヴァース上等兵の叫び声がCICに響き渡ったからだ。
「ハイフォン側
その言葉にクリフォードは、「現状分かる情報は?」と、静かに尋ねる。
「距離約三十光分。〇・二
クリフォードは自分たちの倍近い戦力に戦慄するが、それを見せることなく、冷静に指示を出していく。
「了解した。ゾンファ艦隊の速度、目標を推定してほしい。ウォルターズ、ゾンファ艦隊から通信らしい信号が入っているか分かるか?」
通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹は「確認できません!」と叫ぶ。
「了解した。レイヴァース、ゾンファ艦隊から通信波らしいエネルギーは確認できるか?」
レイヴァース上等兵に指示を出す。
「……確認できます! 敵重巡航艦から我々に向けて、高い指向性の電波が放出されています」
「レイヴァース、まだ敵と決まったわけではない。落ち着くんだ」
「
クリフォードはレイヴァースの態度を気にすることなく、ゾンファ艦隊のことを考えていた。
(
ゾンファ軍の思惑が分からないため、アテナへの撤退を視野に入れた。そのため、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹に航路の検討を命じる。
「ティレット、ゾンファ艦隊をかわしつつ、アテナJPへ転進することは可能か。大至急計算してくれ」
「
「通信系の復旧見込みはまだ立たないな?」
「
クリフォードが「了解した」と言ったとき、航法計算を終えたティレットが報告を始めた。
「今すぐ減速に入れば、五十五分後に約五光分の距離を保って、相対速度をゼロとすることが可能です。ですが、敵、いえ、ゾンファ側が危険を犯して加速し、〇・三Cに速度を上げれば追いつかれてしまいます」
「了解。しかし、さすがに計算が速いな。私ならあと十分は掛かったと思うよ」
CICに微かに笑いが漏れるが、クリフォードはすぐに表情を引き締める。
「全員聞いてくれ! ティレットの報告にあるとおり、今すぐ減速・再加速すれば逃げ切れる可能性はある。だが、味方がついてくるとは限らない。だから、まず、通信手段を確保し、その上でゾンファの思惑をはぐらかす」
撤退出来る可能性があるのに、その判断を下さないことに全員が驚いていた。
だが、クリフォードはそれ以上時間を費やすことなく、自らのアイデアを話し始めた。
「通信手段についてだが、思いついたことがある。対宙パルスレーザーを通信機として使う……」
彼は十ギガワット級対宙パルスレーザーをレーザー通信機として使うことを提案する。
「……パルスレーザーのパルスをデジタル信号として利用する。出力を最小に抑えれば、味方を傷つけることなく通信できるはずだ。クロスビー、パルスレーザーの照射パターンは
全員が唖然とする中、クロスビーは「
「CICの戦術士コンソールで変調回路の調整が出来ます。五分頂ければ、通信パターンに自動調整できるように変更できます」
「よろしい。では、直ちに作業を開始してくれ」
通信兵曹のウォルターズが疑問を呈してきた。
「ですが、他の艦が気づいてくれるのでしょうか? もし、気づかなければ、我々は全滅するかもしれません」
その言葉にクリフォードはできる限り穏やかに答えていく。
「そうだな。だが、味方を見捨てるわけにもいかないし、他の艦も防御スクリーンに不自然な攻撃が加えられれば、意味を考えるはずだ。それに賭けるしかない」
「中尉のおっしゃる通りだ。やれることをやるしかない」とクロスビー兵曹が大きな声で賛同する。
クリフォードの言葉に納得していない者もいたが、先任のクロスビーが支持したため、それ以上の意見は出なかった。
「艦内への通信だが、定時放送システムは使えないか?」
定時放送システムとは、食事の開始やシフトの交替の合図など、決まった時間になると音声案内が艦内に流れるシステムだ。音声案内の内容を書き換えることができるため、それを利用しようと考えたのだ。
機関科兵曹のサドラーが「可能です。ですが、一方的な通知にしか使えませんが?」と答える。
「我々が必要なのは、イエスかノーかだ。幸い各制御盤からの情報はCICに入っている。ならば、制御盤の
「警報試験を情報伝達の手段に……確かにそれなら可能です。艦内放送のメッセージ案を頂ければ、すぐに定時放送システムに入力します」
「文案は艦長及び情報士が死亡したこと、通信が使えないこと、ゾンファ艦隊が接近していることを放送して欲しい。そして、各制御盤にいる者が、それを了解したら、三秒間警報を鳴動させることも付け加えてくれ」
クリフォードは思い付いた連絡手段を試すよう命じた。だが、この危機的状況を打破するには、程遠い策でしかないと考えていた。
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