第2話

 宇宙暦SE四五一二年十二月三十日。


 クリフォードは受勲者として、王室主催のパーティに招かれていた。


 療養中のエルマー・マイヤーズ少佐とブランドン・デンゼル大尉は出席しなかったが、もう一人の殊勲十字勲章ディスティングイッシュサービスクロス(DSC)受勲者、ナディア・ニコール中尉と共に、白い第一礼装に身を固め、緊張した面持ちで宮殿に入っていった。


 中に入ると、将官級の軍人、政府の高官の他、貴族らしい煌びやかな衣装を纏った民間人も多かった。

 ニコール中尉が苦笑気味にクリフォードに囁く。


「完全に私は場違いね。まあ、あなたは男爵家の嫡男だから違うんでしょうけど」


 彼は首を横に振り、


いいえ、中尉ノー・マム。父はこういう場が嫌いでしたから……」と自分も場違いだと苦笑いを浮かべていた。


 王太子らの挨拶も終わり、パーティは談笑の場に変わっていく。そんな中、出来るだけ目立たないようニコール中尉とクリフォードは壁際に移動していた。


 二人が壁の花になっていると、二十代半ばの官僚らしき男性と、十代半ばの愛らしい少女が二人に近寄ってきた。


「ノースブルック伯爵家のアーサーと申します。妹のヴィヴィアンです」


 アーサーはすらりと背が高く、思慮深げな落ち着いた感じの青年で、ヴィヴィアンはウエーブの掛かった金髪と大きな蒼い目が印象的な愛らしい少女だった。


「アーサーにヴィヴィアンですよ。父上のネーミングセンスを疑うでしょう」


 アーサーはそう言うとおかしそうに笑っているが、ニコール中尉とクリフォードはどういう表情を作っていいのか、困惑するしかない。


 彼が言いたかったのは、アーサー王伝説のアーサーと湖の乙女ヴィヴィアンの名を付けたことだ。キャメロット星系の星の名は円卓の騎士に因んでおり、それと同じ感覚で子供に名を付ける親を笑いのネタにしたのだ。


 どう答えていいのか迷いながら、ニコール中尉が自己紹介を済ますと、クリフォードも士官候補生らしく背筋を伸ばして自己紹介をする。


「アルビオン王国軍士官候補生、クリフォード・カスバート・コリングウッドです」


 彼はそういいながら、アーサー・ノースブルックと握手をし、ヴィヴィアンの手の甲に口付けをする。


 彼女は顔を赤らめながらも、「ヴィヴィアン・ノースブルックと申します。ミスター・コリングウッド」と優雅にスカートを持ち上げ、礼をする。


 隣にいるニコール中尉は、その様子を見ながらニヤニヤ笑っているが、アーサーに話しかけられ、少し表情を引き締める。


「中尉のような方が壁の花ではもったいない。少し私にお付合いいただけないでしょうか?」


 アーサーはやや強引にニコール中尉の腕を取り、クリフォードに「妹のエスコートをよろしく」と言って、その場を立ち去った。


 残された形のクリフォードはこの状況に困惑する。


(ニコール中尉を盾にしようと思っていたのに……これだと人がたくさん寄ってきそうだ……)


 彼が少し困った顔をしていると、ヴィヴィアンが話しかけてきた。


「少しお話しませんか? この宮殿のお庭はとても美しいのですよ」


 さり気無く腕を見た彼女に気付き、クリフォードは少し戸惑いながらも腕を差し出す。彼女は彼の腕に自らの腕を絡め、「こちらですわ」と庭にいざなっていく。


 彼女は腕を絡めた瞬間、顔が赤く染まる。だが、クリフォードはそれに気付かなかった。


 宮殿の庭は中央に噴水があり、それを取巻くように芝生が植えられ、更に花壇には様々な花が咲き乱れている。

 少し歩くと、バラが植えてある回廊のような庭に変わり、二人はその中をゆっくりと進んでいく。


 クリフォードは顔には出さないものの、この状況に戸惑っていた。

 彼は士官学校の一年の時に手痛い失恋をしており、それ以降女性と付き合ったことが無い。卒業時に同期の友人悪友たちに誘われ、酔った勢いで“飾り窓”の女性と経験は済ませているが、基本的には非常に奥手だった。


(人が少ないのはいいんだけど……ミス・ノースブルックは何を考えているんだろう?)


 クリフォードが何とか話題を見つけようと他愛のない話をするが、ヴィヴィアンはあまり話さない。


 時折情熱的な目でクリフォードを見ているが、彼と目が合うとすぐに顔を赤らめて俯いてしまう。何となく気まずい雰囲気が流れるが、二人は腕を組んで美しいバラ園を歩いていた。


 小さな噴水の横にある四阿あずまやを見つけ、二人はそこで休憩を取る。


 四阿ではクリフォードが質問する形で話を進めていった。彼女は上流階級子女が通う高等学校の二年でもうすぐ十七歳になること、彼女がクリフォードのファンであることなどが分かった。


 彼女は手紙ファンレターを何通か送っていたようだが、彼のところには電子媒体を含め、一日に何千通というファンレターが届けられていた。彼に届く手紙はすべて軍の検閲を受けており、純粋なファンレターは分別され、彼はその中身に目を通していなかった。


 彼はそのことを謝罪するが、ヴィヴィアンは少し悲しげな表情で小さく首を振った。


「いいえ……ミスター・コリングウッドなら何千通ものお手紙が届いてもおかしくはありませんから……」


 その表情を見た彼は、自分のことを想ってくれる彼女を好ましく思い始めていた。

 その後、少し打ち解けたのか、彼女は少しずつ少女らしい明るさを取り戻しており、クリフォードも時間を忘れて話し込んだ。


 三十分ほどしてからパーティ会場に戻ると、そこには人の悪い笑みを浮かべたニコール中尉が待っていた。


「楽しそうね、ミスター・コリングウッド。私はあなたのことを探す人たちに捕まって大変だったのよ」


「申し訳ありません、中尉。少し話に夢中になったようです」


 真面目に答えるクリフォードにニコール中尉は噴き出す。


「ぷっ! 別にいいのよ。でも今日は“クリフエッジ崖っぷち”でもないのに、成果が上がったようね」


 そして、茶化すような笑顔から急に真面目な顔に戻してから、小声で付け足す。


「でも気を付けなさい。あなたは有名人になったのよ。そちらのお嬢さんレディに迷惑を掛けないように……」


 ニコール中尉はマスコミ関係者が彼を探していたことを耳打ちし、不用意な行動を取らないよう注意する。


 彼もそれに気付き、小さく頷くと、「ミス・ノースブルック、本日は楽しい時間をありがとうございました」と頭を下げる。


 クリフォードはヴィヴィアンと何度か連絡を取り合うが、彼女に迷惑が掛かることを恐れ、直接会うことは避けていた。



 年が明けたSE四五一三年一月二十三日。

 クリフォードの友人、サミュエル・ラングフォード候補生が少尉任官試験に見事合格した。


「おめでとう。サムなら絶対に受かると思っていたよ。サムって呼んじゃいけないね。ラングフォード少尉殿?」


 真面目なクリフォードが珍しく軽口を叩くと、サミュエルが苦笑する。


「すぐに君も少尉だよ、クリフ。それにしても、初めてのふねを立ち去るのは寂しいものだな」


 サミュエルは士官次室ガンルームの中を愛おしそうに眺めながらそう呟く。

 クリフォードは湿っぽくなる雰囲気を変えるべく、「どのふねに配属になるんだい?」と話題を変えた。


「第五艦隊の五等級艦タウン級のファルマス13だ。宇宙そらのサラブレッドだぜ、彼女は」


「そうか……当分、別々の道をいくことになるね……」


 クリフォードの言葉にサミュエルも少し寂しそうな顔をするが、若い二人はすぐに新しい艦の話で盛り上がる。

 そして、サミュエルはブルーベル34を去っていった。


 一月三十日。

 ブルーベルは大規模な修理を終え、再び哨戒任務に就くことになった。

 クリフォードは宇宙に逃げ出せ、安堵する。


(これでマスコミの取材攻勢に悩ませられることがなくなる。一、二ヶ月すれば僕のことはみんな忘れているだろう……)


 だが、現実は彼の思惑とは異なっていた。

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