第1話
全長約六百メートル、総重量二百万トンを超える巨大な
その船殻は暗い灰色に塗られた重巡航艦のもので、巨大な
四等級艦、すなわち重巡航艦は強力な兵装と高い機動力から艦隊の主力として欠くことのできない存在であった。
また、その汎用性から小艦隊の旗艦に用いられるなど、宙軍士官が一度は世話になる
戦艦の無骨さ、駆逐艦の華奢さとは無縁な美しい流線型のフォルムは、兵器としての機能美を備え、数多くの信奉者が存在した。
『……重巡航艦。その優美にして力強いフォルムは、私に
その中でもカウンティ級と呼ばれる
巡航速度で
艦首にある主砲、十五テラワット級陽電子加速砲の砲口が開くと、その姿は一気に獰猛さを増す。主砲から放たれる
ダグ・クレメンツ。(ライトマン社発行:マンスリー・サークレット別冊“重巡航艦”より抜粋)』
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キャメロット星系第四惑星ガウェインの軌道上にある大型兵站衛星プライウェンのドックに一人の若者が立っていた。その若者はすらりと背が高く、金色の髪にやや灰色がかった思慮深そうな蒼い眼をした二十歳前後の若者だ。
その若者の名はトリビューン星系の若き英雄、“クリフエッジ”こと、クリフォード・C・コリングウッド。
彼は今、アルビオン王国軍キャメロット防衛艦隊の第五艦隊第二十一
(ようやく
■■■
一年半前のSE四五一二年十月、その頃、彼は士官学校を出たばかりの一介の士官候補生に過ぎなかった。
彼が配属されたスループ艦ブルーベル34号は、消息を絶った商船の調査のため、
そこには、アルビオン王国に対し領土的野心を持つゾンファ共和国の通商破壊艦P-331が待ち構えていた。通商破壊艦は五等級艦、つまり軽巡航艦並の戦闘力を持ち、僚艦であるスループ艦ディジー27号を一瞬のうちに沈めた。
ブルーベルの艦長、エルマー・マイヤーズ少佐は通商破壊艦と直接戦っても勝利は得られないと、敵補給基地、通称“クーロンベース”に潜入部隊を送り込む。
ブルーベルの
しかし、ベースを破壊されながらも
その一連の戦闘において、クリフォードは作戦の根幹となる部分を立案した。更に潜入部隊に選抜された彼は、重傷を負った指揮官の後を引き継ぎ、ベース内のドックを破壊しただけでなく、窮地に陥った別働隊の撤退を我が身を挺して支援し、多くの兵員の命を救っている。
その功績に対し、軍上層部は戦死傷以外で士官候補生が受勲した前例がないと、彼の功績を無視しようとした。しかし、そのことがマスコミにリークし、更にはキャメロット星系に滞在する王太子エドワードの耳に入った。
王太子はクリフォードに興味を持ち、彼を自らの宮殿に招くだけでなく、直接言葉を交わした。そしてクリフォードの見識の高さに驚き、軍に対して何らかの報奨を与えるよう示唆した。
その結果、彼は士官候補生としては異例ではあるが、
アルビオン王国では王家に対する人気が異常なほど高い。次期国王である王太子に個人的に認められた十九歳の若者に対し、国民の関心は異常なほど高まった。
ブルーベル34は十一月にキャメロット星系までたどり着いた。その損傷は酷く、一時は廃艦処分を検討されるほどだったが、トリビューンの殊勲艦を廃艦するわけにもいかず、三ヶ月もの時間と多大な費用――廃艦にして新造した方が安いと言われるほどの費用を掛けた大規模な修理に入っていた。
そのため、クリフォードらも惑星上の兵営で長期休暇に近い扱いとなる。
十一月下旬に王太子から勲章を授与されると、彼は行く先々でマスコミに待ち構えられることになった。一時は兵営の中にまでマスコミが押しかけ、彼は変装せずに街に出ることが不可能なほど追い回されることになる。
彼はその喧騒から逃れるべく、同じ惑星上にある実家に帰った。
しかし、彼の実家の周りにもマスコミが多数待ち構えており、何度かレポーターに捕まりながらも家の中に逃げ込むことに成功する。
彼の実家には片腕を失った厳格な父、リチャードしかいなかった。母は十六年前に他界し、三歳年下の弟ファビアンも既に士官学校に入学していたためだ。
コリングウッド男爵邸には、半ば強制的に軍を退役させられた失意の父と、僅かな使用人しかいなかった。
彼は士官候補生の第一正装に
「……お前は宙兵ではないのだ。武功勲章は宙軍士官に相応しい勲章ではない。そのことを勘違いするな……王太子殿下にお会いしたからといって、増長せぬようにな……」
父からは宙軍士官を目指すなら、宙兵すなわち艦隊に配属されている陸兵ではなく、士官として相応しい行いをすべきと言われ、彼を褒める言葉は一切出てこなかった。
(父上に褒められたいわけではないけど……やはり父上は僕のことを嫌っているのかもしれない……)
父リチャードはクリフォードの時折見せる自信無げな態度は嫌うものの、その努力する姿勢を好ましく思っていた。
しかし、艦隊勤務が長く、彼と接する機会が少なかったことと、彼の妻、すなわちクリフォードの母が病死した時に付いていてやれなかったことが負い目に感じられ、どうしても素直に話ができない。
特に五年前に右腕を失い、更には放射線障害の可能性があるということで、療養を理由に予備役に編入された後は、自分の心をうまく制御できなくなっていた。
(……クリフはよくやっている。マイヤーズ少佐、デンゼル大尉からの手紙にもクリフが果たした役割は小さくないと書かれていた……宙兵のように戦うことを否定するつもりはなかったのだが……一言、よくやったと言ってやれれば……)
リチャード自身、これではいけないと思うのだが、それを口にすることができなかった。
そして、僅か二日間滞在したのみで、クリフォードは仲間のところへ戻っていく。
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