第6話

 艦長室を出たところで、ようやく我に返ったクリフォードは、大急ぎで作った作戦案を艦長と航法長が真剣に議論していることに驚きを隠せなかった。


「大尉。どういうことなのでしょうか? 私の案に何か問題でも?」


 航法長であるブランドン・デンゼル大尉は「艦長に褒められたんだ。自信を持てよ」と言って、微笑みかける。


「もしかしたら、君の案で我々は助かるかもしれない。目の付けどころが良かったということだよ」


 デンゼルにそう言われたものの、彼は自分の予想が当たっているなら、既に危機的な状況になっているはずだし、外れているなら評価されるのも変だなと思っていた。


 そんな話をしながら歩いていたら、艦内放送から艦長の声が流れてくる。


「総員に告ぐ。本艦は最大加速に移行する。また、第二種戦闘配置に移行するため、各員は持ち場に急行せよ。繰り返す……」


 デンゼルはそれまでの柔和な表情を真剣なものに変え、クリフォードに命じた。


「すぐに持ち場に行け!」


 命令を出しながら、自らは既に走り出していた。


 クリフォードは士官次室ガンルームのあるDデッキに向かい、艦内作業用の簡易宇宙服であるスペーススーツに着替え、第二種戦闘配置中の自らの持ち場である緊急対策所ERCに急いで向かう。


 彼は何が起きているのだろうと考え、走りながらPDAで情報を確認する。

 PDAにはデイジー27が救難信号を受信したことが表示されていた。そして、救難信号の推定発信ポイントが彼の予測した敵の行動範囲内であることに気付く。

 彼は艦長室での艦長と航法長の議論を思い出した。


(もしかしたら、僕の予想が当っていたのかも……)


 胃を締め付けられるような感覚に襲われながら、ERCで待機していた。

 数分後、副長のグレシャム大尉と掌帆長ボースンのダットン上級兵曹長がERCに入ってくる。

 副長はERCにいる自分の部下たちに状況を説明していった。


「既にPDAで知っていると思うけど、デイジーが救難信号を拾ったらしいわ。あちらが救助に向かうから、我々はその援護を行う。救助作業ではあるが、不測の事態が起こる可能性がある。各員、私の指示に従うように」


 彼は副長がいつものハスキーな声で穏やかに話しているのを聞き、特に問題があるわけではないと感じ、念のため、戦闘配置に付けただけと解釈した。


(訓練の一環なのかな? もしかしたら、別の商船の救難信号かも……それだと罠の可能性が……)


 ここまで考えてから、考えすぎだなと思い、緊急対策班の作業手順を頭の中で確認していくことにした。



 四十分間の減速・再加速が終了し、ブルーベル34の速度は星系内最大巡航速度である〇・二光速に達していた。

 これから約十分間の慣性航行を行い、二十五分間の減速に入る予定となっている。


 ERCのメインスクリーンから、デイジー27から送られてくる映像と情報が表示されている。彼はそれを見ながら、違和感を覚えていた。


(ヤシマ船籍の神戸丸、四百メートル百万トン級。メインのパワープラントシステムの故障で非常用システムのみで三日間漂流。ここまではいい。でも、観測データの質量は六十万トンしかないし、三日間漂流していた割には船長と航法士が冷静すぎるような気がする……)


 彼は自らのPDAを操作しながら、神戸丸の積荷リストを眺めていた。


(ヤシマ製の通信機器用部品と調味料、アルコール類か。如何にもありそうな荷だけど、単価の安い物が多い。この積荷なら目一杯詰め込まないと足が出ると思うんだが……)


 PDAの表示されるリストを眺めているうちに「おかしい」と声に出していた。


 それを聞いたグレシャム大尉が「候補生。何がおかしいのか」と彼に声をかけてきた。

 口に出している自覚の無かった彼は確証も何もないことで恥を掻きたくなかった。


いいえ、副長ノー・マム。何でもありません。すみませんでした」と謝罪して済まそうとした。


「疑念があるなら、報告するのも士官の務めよ。話しなさい」と再度報告を促してくる。


 彼は諦めて自分が考えていたことを副長に話していった。

 グレシャムはその話を聞き、少しだけ考えた後、戦闘指揮所CICのマイヤーズ艦長への回線を開いた。


「ご報告したいことがありますが、よろしいでしょうか」と断った後、クリフォードの感じた疑問点を艦長に伝えていった。


「私も何かおかしいと思っていたんだが……コリングウッド候補生はそこにいるか」


 マイヤーズが突然クリフォードを呼び出す。

 クリフォードは周りの目がある中で艦長と話すことにガチガチに緊張していた。


「コ、コリングウッド候補生です。艦長サー!」


 その大声に周りからクスクスという笑い声が聞こえるが、マイヤーズはそれに構うことなく、真剣な表情で報告を促した。


「ミスター・コリングウッド。君の考えをもう一度聞かせてくれ」


 クリフォードは副長に報告した内容をそのまま話し、更に付け加えた。


「……神戸丸に連絡して船のリアルタイム情報を入手してはどうでしょうか」


「既にメインシステムに関する情報提供は受けている」


 マイヤーズがそう答えるが、クリフォードは首を横に少し振る。


いいえ、艦長ノー・サー。船内の環境をモニターしている情報です。メインシステムの情報提供は想定しているでしょうから、ダミー情報を送ることも可能ですが、環境モニターまでは考えていないと思います。空気の汚れなどを知りたいからと言えば提供してくるはずですから、それを機関長チーフ掌帆長ボースンに見てもらえば、あの船の状況はある程度分かるのではないでしょうか」


 マイヤーズはその提案を聞き小さく頷くと、


「候補生。任務に戻ってよし」と言って回線を切った。



 エルマー・マイヤーズ艦長は、自分が感じていた違和感を候補生の言葉で確信に変えた。

 彼はデイジー27を介さず、直接、神戸丸に回線を繋ぐよう通信員に命じた。


(どうも嫌な予感が消えない。それどころかコリングウッドの話を聞くたびに強くなっていく)


 神戸丸まではまだ十五光秒離れており、イライラしながら神戸丸とのやりとりをしていた。


「神戸丸の船長のワタナベだ。この忙しいのに船内環境データが欲しいだと。こっちは手一杯なんだ、勘弁してくれ」


 モンゴロイド系のワタナベ船長はヤシマ訛りの標準語(英語)で泣き言を言っている。

 マイヤーズはワタナベ船長に怪しいところは見られないか、じっくりと確認した後、脅しを込めて、強い口調でデータの送信を命じた。


「直ちに環境データを送れ! 送ってこない場合は攻撃の意思があると判断し、攻撃を加える。これは脅しではない! 反論すれば直ちに主砲による攻撃を開始する!」


 三十秒後、顔を赤くしたワタナベが荒い口調で了解する。


「了解したよ! だがな、艦長! この件はヤシマとアルビオンの両政府に抗議するぞ! 緊急時に不当な脅しを行ったとしてな!」


 しかし、船内環境データは一分経っても送られて来ず、イライラする中、二分後にようやくデータが送られてきた。


「チーフ、ボースン。マイヤーズだ。二人とも神戸丸から送られてくる船内環境データと見取り図から、船の状況を予測して見てくれ」


 彼は機関長と掌帆長にそう命じた後、「時間はあまり無い。分かり次第報告を頼む」と付け加えた。


 彼はすぐにデイジー27の接近する姿をモニターに目を移し、本当に民間船だったら、譴責ものだなと思ったが、なぜかそうならないと確信していた。


 三分後、トンプソン機関長から報告が上がってきた。


「艦長、神戸丸のリアクターかまは生きています。機関室の状況から十パーセント以下の最小出力でスタンバイ状態です」と報告が上がってきた。


 更にダットン掌帆長からも懸念を増大させるような報告が上がってくる。


「このクラスの商船にしては大きな兵装ブロックがあります。そのブロックの空調でかなりの熱量とオゾンが処理されていると思われます。推測ですが、粒子加速砲か大型レールキャノンのコイルに電流が流れているかもしれません」


 マイヤーズはすぐに通信員に向かって叫ぶ。


「デイジーに緊急通信! 通商破壊艦の可能性が高い。直ちに離脱することを提案する!」


 三十秒後、デイジー27のホーカー艦長から通信が入り、「エルマー、どう……」と言った瞬間、唐突に通信が切れた。


 モニターにはデイジー27号の間近にあった小惑星が爆発している映像が映っていた。

 CICの中は誰一人声を上げるものはおらず、静かな室内に防御スクリーンに破片が当たり真っ白に発光しているデイジー27の姿を見つめていた。


 彼はいち早く我に返り、「総員、第一種戦闘配置」と命じ、デイジーと神戸丸の状況を見つめていた。


(やられた! まさか小惑星に爆発物を隠しているとは……。だが、あの程度の破片ならデイジーも対応できるはずだ。後は神戸丸の動きだが……)


 彼がモニターを見ていると悠然と動き始めた神戸丸の姿があった。

 神戸丸は小惑星の破片の影響が無い方向からデイジー27に接近していく。

 そして、防御スクリーンが過負荷状態に陥っているデイジー27に向けて、攻撃を開始した。


 その主力兵器の威力は自分たちの乗るスループ艦のものとは比較にならないほど強力で、五等級艦、軽巡航艦クラスの主砲に見えた。


 低速で航行していたデイジー27は回避する術もなく、二度の砲撃を受け、真っ白な閃光と共に爆散した。


 閃光が消えた後、デイジー27は船体の痕跡すら残さずに消え、脱出用ポッドは一つも射出されなかった。


(ブルーベルと神戸丸との距離は十光秒程度に縮まったが、こちらが加速すれば攻撃を受ける可能性はない。情報分析と今後の方針を決める時間を稼ぐ必要がある)


 彼はモニターに映る映像を見ながら、全員に命令した。


「進路をスパルタン行きJPジャンプポイントに向けて変更せよ。速度は〇・二光速に加速。総員、第二種戦闘配置に変更の上、待機せよ。士官はCICに残るクイン中尉以外、全員艦長室に集合せよ」


 彼は今回の失敗で落ち込んでいたが、艦内の士気を保つため、平然とした表情を崩さないように努力しながら、CICを後にした。

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