第5話
ブランドン・デンゼル大尉は隣の席で緊張しているクリフォードを見て、“若いな”と微笑ましく思っていた。
考え込む性格にやや危惧を覚えるものの、この歳で慎重になれる思慮深さは貴重だと考えている。
「ミスター・コリングウッド、君ならどこを探る?」と悩む若者を見て、何となくそんな話を振ってみた。
クリフォードは、突然話を振られたことに驚きながら、抑え気味の声で素直に答えていく。
「自分ですか? えっと、自分なら三ヶ月前から一年後までの期間、航路上を通過する小惑星を中心に調査します。できれば高速で通過しながら」
艦長の方針と違うことを平然と言う彼に少し驚く。
「救助が前提ではないのかい?」と軽い口調で確認した。
彼は艦長たちの方針に反していることに気づかず、そのまま自分の考えを口にする。
「はい、既に最後の商船が行方不明になってから一ヶ月、ここを通過した商船の数は十隻を超えています。いくらなんでも救難信号が出ていれば分かるはずです。それに……」
口篭った彼に「それに?」と続きを促す。
彼はどう説明していいものかと考えながら、
「はい、救命艇で脱出した場合、救難信号が出せる健全な状態でも一ヶ月が限界ですから、既に全員死亡していると考えるべきかと思います……」
そう答えるが、最後の方は自信なさげな小さな声になっていった。
「だが、商船の通信機能では小惑星帯のような条件の悪い場所で完全に機能するとは言えないんじゃないか?」
彼を試すように問い掛けると、「
「確かにそうなんですが、十隻すべてが数光秒以内の救難信号を拾い損なうというのは考えにくいと思いますが……」
面白くなってきたデンゼル大尉は更に質問を続けていく。
「高速で通過を繰り返すのはなぜだい?」
最初に感じた疑問を口にした。
こちらの質問は答えやすいのか、少し自信を持った口調で答えていく。
「もし、敵が大型の通商破壊艦であれば、スループ二隻ではかなり荷が重いと思います」
「分からんでもないが……」
「こちらの利点は機動性ですから、できるだけ機動力を生かせる方法で敵に“いつでも掛かってこい”という意気込みを見せ付けてやるんです」
少し上ずるような声で根拠を述べていく。
デンゼルが何も言わないため、更に相手の心理状態の考察まで付け加えた。
「二隻のスループが互いにカバーできる範囲で機動を繰り返せば、通商破壊艦は隠れ続けるか、こちらに姿を見せるかの選択を迫られます。向こうにはこちらの索敵能力は分かりませんから、数日間索敵を繰り返せば、そのうち焦れて出てくるはずです」
少し興奮気味に続ける候補生を見て、デンゼルは少し彼を見直していた。しかし、自分の指揮官の案に反対していることを気付かせるため、艦長の考えを教えていく。
「なるほど。だが、我々は救助の可能性がある限り、自国民を見捨てることはない。だから、その作戦は採用できないんだ」
デンゼルは彼の肩をポーンと叩き、笑顔でそう言ってから、艦長に顔を向ける。
「艦長。コリングウッド候補生の案にみるべきところがあると思いますが、いかがですか? 実習を兼ねて作戦案を提出させたいと思いますが」
マイヤーズ艦長も今のやりとりを聞いており、笑みを浮かべて了承した。
「君が責任を持つなら構わんよ、ブランドン。候補生、本日二〇〇〇までに作戦案を提出するように」と言って、CICから立ち去った。
クリフォードは焦った。
艦長に作戦案を提出するまであと四時間。その前にデンゼルに目を通してもらう必要があるため、実際には残り三時間程度しかない。
作戦案は一応頭の中にあったが、数字をまとめる必要があり、AIと音声による意思疎通をしながら数字をはめ込んでいく。
「小惑星帯の索敵範囲を幅三光秒(九十万キロメートル)、長さ五十光秒(千五百万キロメートル)を最小単位として……」
三時間後、彼はようやく作戦案を完成させた。
そして、デンゼルに会いに
デンゼルはワードルームで読書をしていた。
彼はクリフォードの声を聞き、読書を中断すると、笑みを浮かべる。
「ミスター・コリングウッド、座りたまえ。で、作戦案は?」
「大尉の
クリフォードはそう言って作戦案を転送し、デンゼルは自分のPDAを眺め始めた。
最初は余裕を持って読み始めたが、徐々にその表情が硬くなっていくのをデンゼルは感じていた。
彼は作戦案を読み終わると、すぐに立ち上がり、厳しい表情でクリフォードに告げる。
「候補生、すぐに艦長に会いに行くぞ! 今ならまだ間に合う」
口調を任務中のものに戻し、上着を肩にかけて士官室のラウンジを出て行く。
クリフォードは自分の作戦案が悲観的であることは理解していたが、デンゼルがそこまで急ぐ理由が理解できなかった。
(確かに僕の作戦案には小惑星帯での危険について考察があるけど、そこまで悲観的な状況ではないと思うんだけど……)
彼は上官を待たせるわけにもいかず、必死に艦長室に向かうデンゼルの後を追いかけていった。
デンゼルはクリフォードの作戦案を見て、士官全員がある事実を見落としていたことに気づいた。
士官たちは一隻目のリバプールワンの積荷を気にしていなかった。零細企業にしては儲けの少ない積荷だな程度の認識しかなかったのだ。
そして大きな問題点は三隻すべてが遭難したと思い込んだことだ。
クリフォードは、リバプールワンの積荷がヤシマから輸入するには珍しい工作機械と動力炉の部品であること、そして、リバプールワンが通商破壊艦の運用側に雇われた又は乗っ取られた可能性があることを指摘していた。
更にリバプールワンが囮となれば、見知った船からの救援であるため、大手の商船会社としても無視できない可能性があることも指摘している。更にこの後に救難信号を受信する場合、第四の船である可能性が高く、その船が通商破壊艦であるとも書かれていた。
クリフォードの作戦案は上記の推測に基づき、もし救難信号を受けても艦で接近せず、
この案ではランチの加速性能では救助に時間が掛かることが問題となるが、数時間の遅れが致命的になる可能性は低い。
更にランチで周辺を
敵から見れば、小物であるランチに手を出して、本命の哨戒艦に対する奇襲の機会を失うリスクを犯すべきか悩み、ランチを乗っ取りに掛かるか、ランチを攻撃した上で哨戒艦に勝負を賭けるかの決断を迫ることになる。
ランチの乗員を危険に晒すことになるが、艦本体を危険に晒すよりは安全な策と言えた。
彼の案の索敵方法は、スループによる捜索範囲を最も通商破壊活動に適するであろう宙域に設定し、その範囲から螺旋状に捜索範囲を広げていく案となっていた。
この方法では二隻を支援できる距離において捜索を進めるため、捜索期間が長くなることが問題となるが、敵が潜む場合は焦らせる効果も期待できるとしていた。
デンゼルは既に小惑星帯に入ったデイジー27とその前方を〇・一光速で進む自艦の位置を頭の中で思い浮かべていた。
クリフォードの予測でいう最も通商破壊に適した宙域に入っており、デイジー27とは二十光秒以上距離が開いている。
現状では減速してデイジー27の位置に接近するまで、最大加速で減速して相対速度をゼロとした後、逆方向に再加速して接近し、もう一度相対速度をゼロに落とす必要がある。
その減速・再加速・減速という機動に掛かる時間は、移動時間を含めると最短でも一時間以上掛かる。
デンゼルは艦長室の前に着くと、クリフォードが後ろにいることを確認し、扉を叩いた。
中に入ると、エルマー・マイヤーズ艦長が口を開く前に、危機が迫っていることを切り出す。
「デイジー27に危機が迫っている可能性があります。まずはコリングウッド候補生の作戦案をご覧下さい」
彼は自分のPDAからマイヤーズ艦長のPDAにクリフォードの作戦案を転送した。
マイヤーズはそれを一瞥してから、小さく息を吐き出した。
「確かに候補生の考察には見るべきものがある」と口にするが、それ以上のコメントはない。
「艦長。直ちにホーカー艦長に罠の可能性を連絡すべきではないでしょうか?」
マイヤーズは首を横に振った。
「候補生の提案で現行の作戦を放棄しろと?」と呟き、更に言葉を続けていく。
「ホーカー艦長にもデイジー27の士官たちにもプライドがある。明らかに証拠があるなら別だが、何の証拠も無い現状では無理があるな」
彼は更に食い下がり、「ですが、危険があるのなら……」と言ったところでマイヤーズに遮られる。
「ブランドン。言いたいことは分かるよ」と言ってから立ち上がった。
「だが、作戦変更は無理だ。念のため、ホーカー艦長には可能性として話をしておこう」
そう言って、話を打ち切る。
デンゼルもここまで言われれば引き下がらずを得ないと諦めた。
艦長はクリフォードに向かって、真面目な表情で頷いた。
「ミスター・コリングウッド。今回の作戦案は評価に値する。通常勤務に戻れ」
そう言って二人を退出させる。
マイヤーズはクリフォードの作戦案を見て、自らの視野の狭さを恥じていた。
(一隻目は比較的楽な零細企業の商船を狙ったものだと思い込んでいた。確かにすべてではないが、積荷におかしな物があった……)
彼は直ちに
「マイヤーズだ。アナベラ、至急デイジー27に回線を繋いでくれ」
アナベラ・グレシャム副長は「了解しました、艦長」と答えた後、通信員に命令を出していく。
「どうしたんですか。緊急事態でも?」と小声で彼に尋ねる。
「いや、少し気になることがあってね。ホーカー艦長に伝えておこうと……」
彼がグレシャム大尉に説明していた時、通信員の報告の声が聞こえた。
「艦長。デイジー27との回線を繋ぎました。二十三秒のタイムラグがあります」
マイヤーズはクリフォードの考えた可能性をホーカー艦長宛に送信し、返事が返ってくる四十六秒をじれったい思いをしながら待つ。
長い四十六秒が過ぎた後、笑顔のホーカー艦長から通信が入った。
「了解したよ、エルマー。だが、そこまで悲観的なことはないだろうね。まあ、気にしておくよ」
彼は一旦デイジー27に接近しておこうと考え、そのことを告げようとした。
「ブルーベルは一旦そちらに接近する。もう一度……」と言ったところで、
「どうやら救難信号を拾ったようだよ。ちょっと忙しくなるから、一旦切るぞ」というホーカー艦長からの声が被る。
「ジュディ。気をつけろよ。こちらも現場に向かう」とマイヤーズは回線が切れる前に、そう口に出したが、タイムラグの関係でこの声が届かないことに気付いていた。
「CIC。デイジーが救難信号を拾った。すぐに現場に向かうぞ」
エルマーはそう指示を出した後、CICに向けて駆け出した。
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