蚊帳の外の飛鷹くん

そばあきな

茅野飛鷹は気付けない(前編)


 兄弟姉妹がいる家庭において、上の兄や姉の好みや趣味は、多かれ少なかれ、下の弟や妹に何かしらの影響を及ぼすと思う。

 例えば兄が野球をやっていたから弟も野球を始めたとか、姉の影響で姉妹どちらも同じアイドルを好きになったとか。そういう例は、思い付くだけでもキリがない。


 俺の家庭も、例に漏れることなくその法則に当てはまっている。


「ねえ、飛鷹ひだか

 ある日、双子の姉のひばりは俺に言った。


「四人グループ内で恋愛が絡むとこじれるよね?」


 それが何の統計に基づくものか分かっている俺は「そんなことは現実で起こらない」と告げると、姉は少しだけ頬を膨らませた。



   ●〇●



 兄弟姉妹がいる家庭において、上にいる兄や姉の好みや趣味は、多かれ少なかれ、下の弟や妹に何かしらの影響を及ぼすと思う。


 俺の姉のひばりは少女漫画を読んで育ってきた、生粋の少女漫画脳だった。

 そのせいで、数分から数十分違いで生まれた弟の俺も、周りの友達と比べると少女漫画寄りに物事を考えがちである。


 あまり人に言えた趣味ではないが、俺にはクラスの友達それぞれに、お似合いの異性を近づけて推しカップルとして眺めて楽しむ趣味がある。


 例えば、そう。俺が現在所属しているグループの友達にも、その趣味は当てはまっている。


「ちょっと慎一郎しんいちろう!」

「なんだよしずく!」


 慎一郎と呼ばれたグループの一人、一番ガタイが良くて運動のできる山際やまぎわ慎一郎が、榎島えのしま雫ことクラスメイトの女子を呼び捨てにしながら席から立ち上がる。

 なんで若干キレ気味なのかと思ったが、そういえばこの二人は基本的に喧嘩腰で話しているのだから、これが日常だったなと思い直した。


「昨日私と自分の教科書取り違えたでしょ! さっきの授業で使おうと思って出したらアンタの教科書で恥かいたじゃない!」

「恥をかいたのは雫が大声で言ったからだろ! そのまま黙って使っておけばよかったじゃねえか! 勝手に人のせいにしてんじゃねえよ!」

「何よ! 私のせいだって言ってるの!?」


 その口論を、俺を含めたクラスメイトは「またいつものだ」という表情で眺めている。


 そう、この二人が口喧嘩をしているのは今日に始まったことではない。


 山際慎一郎と榎島雫の二人は、家が隣同士の幼馴染である。顔を合わせれば喧嘩ばかりだが、別の誰かが幼馴染の悪口を言おうものならその相手以上に怒る姿もよく見かける。喧嘩するほど仲がいい、というやつだ。


 幼馴染というのは、少女漫画においてヒーローか当て馬かでポジションが二極化する関係だが、こうして実際に目にするとやはり王道でしかないと思う。どうしてここまで仲が良くて付き合わないという結末があるというのだろう。いや、ない。


 だから俺は、自然な成り行きでこの二人のことは応援していた。式場にはぜひ呼んで欲しいと心から思う。


「ところで今日は慎一郎と私の家族で外食があるんだからね! 忘れないでよ!」

「だからわざわざ大声で言うなって言ってんだろ! 忘れねえよ!」


 まだまだ二人の言い争いが終わる気配はないが、ひとまずこの二人の観察は終わろうと思い、俺はグループの別の友達に目を向ける。


浮島うきしまくん、今ちょっといい?」


 どうやらタイミングが良かったようだ。

 俺が向いたタイミングで、グループの一人である浮島に声をかけたのは、同じクラスの浅海あさみさんだった。

 この二人もクラスメイト同士であるが、同じ塾に通いトップを競い合うライバル同士でもある。いずれは秀才カップルになるに違いない、推しコンビその二だ。


「どうしたんだ、浅海麗奈れな

「そのフルネームで呼ぶ癖、どうにかした方がいいわ。しかも女子と話す時だけなんて、よそよそしすぎるわよ」

「別になんだっていいだろう。この方が緊張せず落ち着くんだ」


 相変わらず二人とも凛としていて、落ち着いていると思う。さっきまで山際慎一郎と榎島雫の幼馴染組を見ていたから、余計にそう思うのかもしれない。


 インテリカップル――まだ付き合ってはいないが――の二人をそっと拝んでいる俺に、ふいに声がかかる。


「…………相変わらず茅野くんは、楽しそうに二人を見ているよね」

 そう言って、俺の前の席の椅子を引いてそこに腰を下ろす。



 唯一、このグループ内で俺の「あまり人に言えない趣味」を知っている人物。



「…………七海ななみ


 一般的な高校生男子の平均身長より低い俺よりもひとまわり小柄で、ハムスターを思わせる小動物のような見た目と、耳が隠れるくらいの髪が特徴的なクラスメイト。

 俺の所属するグループ内ではマスコット的な存在に位置する七海優李ゆうりがそこにいた。


「今見てたの、浮島くんと浅海さんだよね。確かにお似合いだと思うけど……」

 そう言いながら、七海は顔の前で祈るように指を絡め、戸惑ったような表情を浮かべた。

 浮島ほどではないが、七海も真面目な性格だ。だから、実在の人物を脳内でくっつけようとしている俺の趣味にあまり賛同してくれていないというのは、これまでの会話からも分かっていた。それでも強く否定しないのは、七海本人の優しさからだろう。

 そんな七海には申し訳ないが、七海にもお似合いの子がいると俺は思っていた。


「でも、七海にもいるじゃないか」

「…………え?」

 俺の言葉に、七海が不思議そうに首をかしげる。


「ほら、今同じマンションに住んでいるっていう――――」

「ちょっと、それは言わないでって!」


 七海が慌てたように俺の口をふさごうとする。その行動はほとんど図星と言っているんじゃないか、とは思ったが、目の前の七海のむくれた表情を見てこれ以上はやめようと口を閉じた。


 つい数週間前、七海が一人で暮らすマンションの隣室に、入学式からカッコいいと噂になっていた一年生の後輩が引っ越してきたのだ。同じく一人暮らしをするつもりだった後輩は、たまたま隣室の住人に挨拶をしようとしたところ七海と出会い、その時七海が作っていた料理のとりこになってしまったらしい。

 それから何日かに一度の頻度で、その後輩は七海の部屋を訪れては料理を食べているらしいのだ。


 もちろん、その後輩との関係は秘密らしい。

 これが漫画ならその内付き合うだろと思う。というか、そろそろ付き合っていないとおかしいはずだ。フラグが足りていないのだろうか。

 友人Bくらいの立ち位置にいる俺が考えてもしょうがないが、七海にはもう少し積極的になってもらいたいと思う。


 家が隣の幼馴染同士に、同じ塾に通う秀才同士に、一緒に食事をしていることを秘密にしている先輩と後輩同士。

 以上が今の俺の推しコンビ三銃士だ。

 今の俺の脳内ではどのコンビが一番先にくっつくかで賭けが行われているが、ディーラーもプレイヤーも自分なので、当たったとしても得点や商品などは何もない。空しいことこの上なかった。


「……茅野くんには、そういう人はいないの?」

 ふいに七海から質問され、俺は首を横に振った。


「残念ながらいないな。近くにいる女子って言うと姉ちゃんくらいしかいないし」

「ひばりさんのことだよね。そっか…………」


 その言葉を最後に、七海が同情とも憐みとも言えない表情を向ける。

 俺にそういう相手がいれば、この趣味をやめると思っているのかもしれない。

 しかし、残念ながらこの趣味は俺という人格を形作る上で欠かせないものの一つなので、例え誰かと付き合ったり結婚したりしても、俺が少女漫画脳である限りやめることはないだろうと思う。


 おそらく、別の教室にいる姉も同じ考えだろう。



 ――スポーツマンの山際に、インテリの浮島。グループのマスコット的存在で、少し天然が入った七海。そして、そんな個性的なメンバーに囲まれながら、特記すべきこともないほど平凡な俺で、グループのメンバーは構成されている。


 グループの過半数がそれぞれ仲のいい異性がいるなんて、それこそまるで少女漫画みたいだと思う。当の俺には残念ながらそういう相手はいないが、見守るだけで今のところは満足なのでしばらくはよかった。いずれイベントとして発生するであろうグループでのトリプルデートには、俺は姉を連れて動向を見守らせてほしいところだ。



 しかし、そんな俺たちのグループ内だが最近どこかおかしい。具体的に何が、と言われると言葉に詰まるが、俺の知らないところでグループに何かが起きている気がするのだ。

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