Guardians of the star

瑛志朗

Ⅰ 星の守護者-1



  たった一人の神より生み出された人類最初の子供。

 それが私達、ウラノスとタナトスの双子である。

 神様の子供達には星を守るという使命があった。



  今日は花畑を散歩した。この花畑はお父様に教わって私が魔法で生み出した場所だ。

 広大な野原に花が芽吹くよう想像して詠唱をすると緑に様々な色が付いた。

 たちまちに咲き広がる花々の光景は美しく、今も鮮明に覚えている。

「出来ました!」

  自分の手で編み込み作り上げた花冠を達成感に満ちながら確認する。

 魔力を使わずに自らの手で形を成した物は魔法を使うより遥かに規模は小さく時間も掛かり質素だが、手間の分だけ愛着が持てる。

 なにより手作りの物には作り手の気持ちが宿る、そんな気がした。

「すごいな」

「タナトスは…」

  隣に居た彼は私を見て嬉しそうに微笑んだ。

 一緒に作り始めた彼の制作状況はどうなっているかと手元を確認すると不格好な輪っかがあった。編み込みが緩く所々に隙間があり辛うじて輪の形を保っている状態だった。

「…俺は作ることには向いていない」

  タナトスは自分で作った花冠をそっと撫でた。

 まるで上手に作ってあげられなくて申し訳ないと花に謝るかのようだ。

  私は彼の優しさに毎度驚かされる。

 自分ならば素材となった花を気遣うなんて思考には至らない。

 花冠の完成度やそれを見たタナトスにどう思われるか、そんなことを真っ先に気にしてしまうだろう。

 どんなに壮大で美しい自然や光景を目にしようとも彼の心より綺麗なものを私は未だ知らない。


  物静かで繊細な心の持ち主であるタナトスはあまり感情を強く出さない。だから少しでも多く彼には笑っていて欲しい。そんな願いを込めて私の花冠をタナトスの頭に着ける。

 タナトスは最初戸惑った様子を見せたが私が「似合っていますよ」と言葉を添えると困ったように笑みを零してくれた。

 彼の艶やかな黒い髪に鮮やかな色の花が映えて本当によく似合っている。

「こちらは私にくれますか?」

「え、これは、駄目だ…あまりにも出来が良くない…」

「私はタナトスが作ったこちらが欲しいのです」

  躊躇うタナトスから少し強引に彼の作った花冠を取り、自分の頭に乗せる。

 自分の為に作られたかと思えてしまうほど丁度良く花冠は頭に収まった。

 魔法で作られた美しい花畑よりも不格好な花冠のほうが私には愛おしく思えた。

 特別な気分になって嬉しくしているとタナトスは私から花冠を取り返そうとはしなかった。

  彼は手先が不器用だけど、何をするのも一生懸命だ。

 誠意が籠った物はどんな形でも愛おしく感じる。見目が美しいだけが全てではない、そう心から思わせてくれた。


「私が得意なことは私がします。ですから私が不得意なことはタナトスが助けてくださいね」

「分かった」

「それに私達二人とも得意なこともあります」

  私が歌い出すとタナトスも声を合わせて歌ってくれる。

 こうやって声を合わせると互いの存在を強く感じる。

 歌声が溶け合ってひとつになる感覚がとても落ち着く。心が満たされてどんな不安も吹き飛んでしまう。

  私達の歌は風に乗り悠久の大地へどこまでも響き渡っていく。

 宙を漂っていた魔力が光の粒子となって集まり形を成し産声を上げる。

 生まれた新たな生命たちが世界を駆け回る。

 調べに誘われやって来た生物たちと出会い、共に新生を歓ぶ。

 雄大な自然に囲まれて生命と触れ合いながら、大切な人と幸せを分かち合っていく。こうしてずっと安らかな時間が流れていく。


 生まれた時も、共に過ごした時間も同じ。

 終わる時が訪れたとしても同じだと思っていたのに。




  お父様の歌う子守唄に包まれて微睡む。柔らかな歌声はふわりと周囲を巡り、ゆっくり全身から力が抜け横になる。疲れているわけでもないのに大きな掌に頭をそっと撫でられると意識が次第に薄れていく。安心と心地良さという気の緩みは私をあっという間に眠りへ誘った。


  眠りから覚めると隣で眠っていた筈のタナトスもお父様の姿も見当たらなかった。お父様は私達に何も告げずに居なくなることはよくあったがタナトスは違う。

 私達はいつだって互いの魔力を感じない距離を離れたことはない。

 例え意識を失う眠りにつこうとも前触れもなく姿が見えなくなることは今までなかったのに。

  いやに静かなこの時間を恐ろしく感じてまう。どうしようもない不安に駆られて寝床を飛び出し辺りを見回るがタナトスを見つけられなかった。

 よく二人で散歩する場所も、訪れたことのある場所もくまなく探すがどこにも居ない。私を置いて居なくなるなんてこと一度だってなかったのに。


「ウラノス。どうしたんだい、そんな血相を変えて」

「お父様!タナトスの姿が見当たりません!」

  忙しなく飛び回る私の異常を察知したのかお父様がやって来た。途端、私は敬うことも忘れて縋った。お父様は焦る私を落ち着かせるように穏やかに語りかけてくれた。

「案ずることはないよ。タナトスは自分の役目を果たす為に地の底に居るだけだ」

「地の底?」

「ああ。ウラノスは自身の役目は覚えているかい」

「息吹く生命を管理し世界の安寧を守ること、です」

  与えられた役目を全うすることで母なる星は守られる。

 私達が存在する理由は星を守る為、そう教わった。

「その通りだ。そしてタナトスにも同じように守るべき役目があるんだ。決して別れではない、気になるならば会いに行ってやるといい」


  私は言われるがままタナトスに会いに行くべく海へと潜った。

 海中では空のように飛べないので、魔力を動力にして進む。

 思えば海の中は訪れたことがなかった。

 底の見えない未知な区域を無意識に恐れ避けていたのかもしれない。

  陽の光も届かない冷たく真っ暗な深い深い海の底。

 魚も植物も見当たらない寂しい地。そんな場所でする役目とは何なのだろうか。

 お父様はタナトスの役目を教えてはくれませんでした。

 拭えない寒気みたいに嫌な予感が鼓動を煩くした。


「タナトス!」

「…ウラノス?」

  ようやく見つけたタナトスは暗闇で独り佇んでいた。

 私は安堵からか大きな声で呼びかけてしまう。

 振り返った彼の顔は元気が無く、疲れ切った様子でぼんやりとしている。

 タナトスの役目はそんなにも力を要する内容なのだろうか。

「大丈夫ですか?」

「……だ」

  私の問いかけに答えてくれているようだが声はか細くて聞き取れない。

 壊れそうなほどに弱っているタナトスに動揺してしまう。

「役目があるのですよね?大変ならば私も手伝いますか――」

「駄目だ!」

  こんなに大きな声で、食って掛かるほどに強く否定をされたのは初めてで。

 鼓動が止まってしまったかと錯覚した。

 明確な変化の訪れに冷静さが一瞬で吹き飛ぶ。

「…ウラノスは居てはいけない…こんな場所…」

  このままではいけない。タナトスが遠くに行ってしまう。

 そんな予感に突き動かされて手を伸ばすが、私の手が彼へ届く前に地の底の全貌が姿を覗かせる。


「ここは最期おわりを迎えたものが行き着く場所だから」

最期おわり…?」

  私の疑問に答えるかのように暗闇になれた眼が真実を見せつけてくる。

 闇に紛れてよく見えなかった彼の背後に積み重なる物が輪郭をはっきりとさせ、理解すると一気に吐き気が込み上げた。

 色を失い微動だにもしないそれらは全て生き物の成れの果て。生気を持たないその山からは魔力だけが膨大に感じられた―――私達は膨大な死骸に囲まれていた。

 悍ましさに身は縮こまり、気が狂いそうだった。

 二人で過ごしている間に最期を迎えたものが溜まっていたのだろうか。

「…俺はウラノスに比べて出来ることが少なかっただろう?当然だったんだ、それは俺の役目じゃないから」

「そんな…タナトスの役目は…」

「潰えた生命を星に還し世界の循環を守ること」

  精一杯に作られた笑顔は痛々しくて、私が涙を流してしまう。

 泣きたいのは彼のほうだろうに。それなのにこんな時でも私を気遣っているのか。

 こんなにも優しい彼になんて残酷な役目を任せた。どうしてたった一人に押し付けるのか。


「眠っているだけのように見えるだろう?でも…彼らはもう二度と目を覚まさないんだ」

  タナトスが近くの鯨だったものを慈しむように撫でると骸はたちまちに崩れ、中から淡い光の粒子が零れ落ちた。彼はそのまま光の粒子を掬い上げるように集めると、ふわりと掌を返して光の粒子を遠くへ飛ばした。そよ風に乗ったみたいに光は揺らめきながらも遥か遠くへと消えていく。

「植物や動物、あらゆる自然も全て星の魔力を源にして生まれる。俺の役目は生命活動を終えた器を壊して魔力を刈り取り星へ還す。ウラノスが生み出す事に長けているならば、俺は壊す事が得意だったんだ」

  ならば私が生み出した動物や植物達は全て星の魔力を使っていたというのか。

 そんな仕組み知りもしなかった。自分の役目が彼を海の底へと縛り付け続けるというならばもうしない。


「帰りましょう!私はもう何も生み出しません!ですから貴方が此処に居る必要はありません!」

  こんな息苦しくて、怖くて、寂しい場所。タナトスに居てほしくない。優しい貴方が苦しむ姿など耐えられない。必死に訴えるが彼は動き出そうとせず静かに首を横に振った。

「お父様に役目を言われた時、腑に落ちたんだ。だから俺とウラノスは違うんだって。俺の本当の居場所は此処だったんだ」

「ならば私も共に…!」

「ウラノスの居場所は此処じゃない。陽の光が当たる温かな場所でいつも笑っていてほしい。それで俺は頑張れる」

「できません!貴方が居なくては、私は…笑えるわけないじゃないですか」

「気に病むことはないんだ。ウラノスの不得意なこと、俺が出来る唯一のことだった。やっと役に立てる」

「違う!私が願ったのはそのような意味じゃありません!」

  いつだってお互いに助け合っていければいい。弱さは二人で補っていきたい、そんな願いだったのに…!私一人だけでは何も意味なんてないのに。どうしてタナトスは分かってくれないのか。


  生まれて初めてタナトスと意見が食い違ってしまった。

 タナトスは役目を受け入れているのか海の底を離れようとはしなかった。

 その日から私達はぎこちなくなってしまった。

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