第24話 あの声は?

 その後、警察やらなんやらがやってきましたが、私たちは彼らに見つからないようにそっと退散していきました。


 警察関係者だとバレてしまえば、ここにいるなりゆきを説明しなければなりません。


 それはまずい。非常にまずいのです。


 あーもう、どうしてこんな仮面生活のような真似をするはめになったんでしょう……。


 すべては水無瀬のせいです。とにもかくにも水無瀬のせいです。


 最初に前金を受け取ってしまったことが悪かったのだということからは目をそらしていきます。


 遊園地から離れていきながら、私はため息をつきました。


 この騒動で昼食を食べ損ねてしまったので、お腹がすきましたねえ。


 帰りに水無瀬にでもおごらせましょうか。


 この男、どうせ金の使い道はそんなにないでしょうし。


 そうと決まれば何を食べましょうかね……とりあえずそのへんのファミレスにでも入ってから考え……。


「あ!」


『ビャッ!?』


 な、なんですかいきなり声を上げないでくださいよびっくりした……。


 抗議の目を向けると、水無瀬はにこーっと笑って見下ろしてきました。


「日曜日だから帰るね! ばいばーい!」


 そう言い残すと、水無瀬はバタバタと騒がしく去っていきます。足が遅い。


 何がどうして『日曜だから帰る』になったのかはすぐにはわかりませんでしたが、アイツは自分のルーチンに従って行動していますからね。


 滅多なことがない限り、毎日決められた時間に決められた行動をする男なのです。アイツは。


『はぁ……』


 水無瀬におごらせる計画も崩れ去り、私は大きくため息をつきます。


 これで騒動が終わればいいのですが、そうはいきませんよね……。


 気は乗りませんが、これからどうするか考えていきましょうか。


 そのためには頂上の目的とやらを推理するべきだとは思うのですが……あいつ本当に何を考えているんでしょうね。私には皆目検討もつきません。


 ただ、妙度さんが言っていたことがたしかなら私は『ルアー』です。


 てっきり水無瀬を釣り上げるためのものだと思っていたのですが、もしかして違うのでしょうか。


 私というルアーを使って頂上がつり上げたいもの。


 ……大見さん?


 いえ、彼女は私をルアーにした側です。むしろ彼女の後ろで頂上が糸を引いていると考えたほうが自然でしょう。


 ですがそれなら、最初の手紙はなんだったのでしょうか。




『頂上葉佩は妄執していた。焦がれるのなら乗り越えろ』




 あれは明らかに頂上を挑発する文面です。


 頂上が自分自身に乗り越えるように言っている?


 いやいやいや、意味不明です。


 アニメじゃあるましし、人は分裂しないんですよ?


 ……となると、やはりルアーで狙っているのは水無瀬と考えるのが妥当というものです。


 ではどうして水無瀬を狙うのか。


『焦がれるのなら乗り越えろ』


 何に焦がれているのか。何を乗り越えるように言っているのか。


 そしてその先に、何があるのか。


 うーーーんうーーーーーーん。


『はぁ……』


 わかりません。降参です。


 これはもう流されるままに、私はルアーを演じ続けるしかないのでしょう。


 さっさと頂上が飽きてくれることを願うばかりです。


 そんな諦めをぐるぐると頭の中でかき混ぜていると、ふと、私は気づいてしまいました。


『……あ』


 そうか、あの声。


 頂上の声と名乗ったあの女性の声。


『八神さんの妹の声だ』


 え? え??


 じゃあ八神さんも頂上の陣営にいるということですか?


 えーーーもうわかりません!


 降参です! 白旗です! 誰かかわりに考えてーー!!!


「ご主人様」


『ホギャッ!?』


 突然後ろからかけられた声に、私は立ち止まります。


 まあ、私をご主人様だなんて呼ぶ人間は一人しか知りませんが。


『いきなり声をかけるな。びっくりしただろう』


 そう言いながら振り向くと、そこには予想通りポチが立っていました。


 しかし様子がおかしいです。


 いつものように近づいてじゃれてきません。それどころか表情も暗いです。まるで痛くて苦しいのを必死で耐えているという顔です。


「ご主人様、一緒に来てください。少しだけ、一緒に来てくれるだけでいいですから」


 突然の言葉に私は立ち尽くします。


 ポチは少し離れた場所から、私の目をじっと見てきました。


「お願いです」


 誠実な目です。ですが、危険信号がびしばしと響いています。


 彼についていってはいけない。私の勘がそう叫んでいました。


『断る』


 彼の目を見つめ返しながら、静かに言います。


 私の視線を受け止め、ポチは目を伏せました。


「……わかりました」


 ぞわっと危険信号センサーが跳ね上がる感覚があって、私はきびすを返して駆け出そうとしました。


 ポチはそんな私の腕をあっさりと捕まえて、痛いほど強く握りました。


「では、無理矢理お連れします」







 水無瀬片時はてこてこと歩いていた。


 今日は日曜日なので、ちゃんと自宅に帰るのだ。


 いつも通りの道。いつも通りの時間。


 しかし、そんな水無瀬の前に、見知らぬ男が立ちふさがってきた。


「アナタを招待したい」


 男は淡々と言う。


「アナタの存在が頂上葉佩を完璧にする」


 水無瀬はこてんと首を傾げた。

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