第377話 18章:クリスマスの夜と言えば空を飛んでリングを取る(9)
「サンタの野郎、いつまで待たせ――ん?」
窓の外から広間を見ていたトナカイ(?)が、目をすいっと細めた。
「えぇ……なにあれ……」
筋肉隆々なトナカイに双葉がどん引きしている。
オレ達を見つけたトナカイは、窓を破って広間に侵入してきた。
両足を大きく広げて片手を着く無駄にスタイリッシュな着地を決めたトナカイは、じろりとオレ達をねめつける。
「クリスマスなんだから、入るなら煙突からにしてほしいわ」
由依の言い分もおかしいが。
「そんな能力を持ってるのはサンタの野郎だけだ。オレはただのトナカイだからな」
「ただのトナカイはしゃべったりしねえよ」
軽口を叩きながら周囲を探る。
美海とシスティーナの気配がない。
戦闘の形跡もないので、美海が能力で気配を消しているのか。
システィーナは体調的に自分の身を守るのも難しいだろうからナイスだ。
「おい、サンタはどうした? あんたらを喰いに行っただろ」
「悪いが倒させてもらった」
「ああん? おいおい、マジか。あの野郎、くたばったのかよ!」
「嬉しそうだな」
「そりゃそうだぜ! 毎年毎年、ちょっと美味い苔だけで一晩中こきつかいやがってよう! 赤鼻が光って便利だとか、バカにされてるとしか思えねえしよう!」
グチっぽいトナカイだなあ。
「トナカイって苔を食べるんだな」
「にんじんなんかも食べるぜ。サンタはその辺の気遣い、全然してくれなかったけどな。毎年同じもんあたえときゃいいだろってな。強制的に働かせるくせになあ」
「お前も苦労してるんだな。ロクでもないのが上司だとつらいよな」
ちょっとブラックリーマン時代を思い出してしまう。
「おお、わかってくれるか!? オレだってクリスマスパーティってのに出てみたかったんだよ。でも、パーティに乱入するのはいつもサンタだけでよう。高麗人参くらいよこせってんだよなあ」
高麗人参ってにんじんの上位種って扱いなのか?
「いやな上司って、面倒な仕事は押しつけて、おいしいところだけ持ってくんだよな」
「おめえ、若いのに話がわかるじゃねえか! よーし、サンタもいなくなったことだし、今夜は朝まで飲もうぜ!」
このかわいそうにトナカイにそれくらいの慈悲をやってもバチはあたらないだろう。
「いくらでも話を聞いてやるよ」
「うおおお! 心の友だぜ!」
「ちょっとお兄ちゃん、お酒はだめだよ。あと、なんかおっさんくさい……」
そこに水をさしたのは双葉だ。
肉体が若返ってすっかり心もそうなっていたが、久しぶりにおっさんが出てしまった……。
「でもこのトナカイちょっとかわいそうだぞ。朝になったら動物形態に戻るんだろ?」
「そういうこった」
「じゃあ、色々はき出せるのは今夜だけだ。二人とも先に寝てていいから、広間だけかしてもらっていいか? 割れた窓はとりあえず魔法で塞いでおくからさ」
「そうもいかないでしょ」
由依が静かに首を横に振った。
「だよな……」
「私も付き合うわ。ここまで聞いて、はいおやすみなんてできないもの」
「さすが由依。ありがとな」
「う……その笑顔がずるいんだってば……」
テレてそっぽを向く由依の言葉に、今は甘えさせてもらおう。
「そういうことなら私達もいっしょするよ」
姿を現したのは美海とシスティーナだ。
そうしてオレ達5人と一匹は、朝まで語り明かした。
苦労の多い人生を歩んできた由依とシスティーナは、思いの外トナカイの話に共感していたようだ。
やがて夜が明けると、広間には動物に戻ったトナカイが一匹残された。
「人生で一番印象的なクリスマスになったかもな」
「そうね……」
由依は高級家具に囲まれたトナカイを眺めながら、なんと言っていいかわからないという微妙な表情をしていた。
「わ、私との夜のクリスマスパレードで上書きしてくれても……」
美海がモジモジと何か言っているが、スルーさせてもらおう。
「このトナカイどうする?」
「山に帰そうかな」
由依の無慈悲な一言に、トナカイは涙目で首をぶんぶん横に振った。
人間の言葉がわかるのか。
「冗談よ。ウチで面倒を見るわ」
それを聞いてトナカイは由依の肩に頬をこすりつけた。
「ただし、へんなことしたらウチが経営する動物園行きだからね?」
由依の圧に、トナカイは必至に首を縦に振ったのだった。
サンタがあの一体だけとは思えない。
もしかするとキミ達のもとにもサンタがやってくるかもしれないぞ。
なんて、デキの悪いホラー番組みたいなナレーションを心の中で流してみる。
頼むから来年も来るなんてことはナシにしてくれよ。
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