第292話 15章:赤のフォーク(6)

「絵はすごくキラキラしてて希望に満ちてるんだけど、すぐにまた闇がやってくるって感じがするんだよな。絵の額の外側にすごい闇がひろがってるっていうか。これを描いた人は、もがいてもがいてこの果樹園に逃げ込んだのか、ここから戦おうとしてるのか……いや、ごめん、わけわかんないよな」


 オレの経験があっての感想だ。

 他人が聞いたら痛々しいだけだったかもしれない。

 恥ずかしくなってきたぞ。


「いいえ……」


 ゆっくり首を横に振る華鈴さんの目元に涙が浮かんだ。


「え……なんで泣いて……なにか失礼なことを言ったか?」


 ここまで反応するのだ。

 よほど好きな絵なのか。


「違うんですの。おせじ以外で、絵を褒められたのが初めてで……」

「華鈴さんが描いたのか」

「ええ……」

「好きなんだな、描くの」

「由依さんが惹かれる理由、よくわかりましたわ。すごいでもなく、才能があるでもなく、好きだと言う貴男の感性。素敵だと思いますわ」

「そうかな?」

「そうですわ」

「新作ができたら見せてくれよ」

「ええ、必ず」


 華鈴の見せた笑顔は、今までの中で最も自然で柔らかいものだった。

 こういう顔もできるんだな。


「家族からは絵の才能なんてないから、そんなものに時間をかけるのはやめろと言われていたんですの。貴男のおかげで続ける決心がつきましたわ」

「オレに言われなくてもこっそり続けるつもりだったんだろ?」

「あら、バレました? リップサービスが過ぎましたわね」


 ぺろっと舌を出す華鈴は年相応で可愛らしいものだ。


「やめろと言われてやめられるような想いで描かれたものじゃないってのくらいはわかるよ」

「私に絵の才能があると思います?」

「さあな。『才能』ってのが何をさしているかにもよるさ。好きで続けられることが才能だというならそうかもな」

「厳しいんですのね」

「時間をかけられる才能と、時間を使った時の密度を上げられる才能は別だしな。きっとどちらもないと大成はできない」

「その通りだと思いますわ。でも……」

「大成しないからやめるくらいなら、既にやめてる、だろ?」

「ふふっ。その通りですわ」


 軽く笑ってみせる華鈴だが、その奥には想像もできない苦労があるのだろう。


「新作、楽しみにしてる」

「頑張れって言わないんですのね」

「言われなくても頑張る人には余計なお世話だろ?」

「ふふっ……貴男のこと、気に入りましたわ。ここで働きませんこと? なんなら、絵のモデルにしてあげてもよくってよ」

「素敵な申し出だがな、オレは由依達のそばを離れるつもりはないな」

「あら残念ですわ。気が向いたらいつでも連絡してくださいまし。今はまだこの果樹園でしか雇うことができないけれど、数年もすれば六条グループでもっと良いポストをご用意できるようになりますわ」


 オレが断ることをわかっていたようだ。

 だが、同時にあきらめないという意思も感じる。


「機会があったらな。それに、従業員は足りてるだろ? 地下にたくさん人がいるみたいだしな」


 見学ルートにはなっていなかったが、工場の地下から人の気配を感じる。

 いずれも等間隔にならび、動かない。

 ベルトコンベアーで流れ作業でもしているのだろうか。


「それほど人はいないはずですわ。できるだけ機械にまかせる最新式の経営ですもの」

「それほどって……100人はいるよな?」

「多くて5人程度のはずですわ」


 どういうことだ……?

 なぜかイヤな予感がする。


「ちょっと案内してほしいところがあるんだが」



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