第246話 13章:コンプリートブルー(13)
オレをブースに残したまま、調整室では監督や音響監督達の審議が続いている。
あちら側の声は聞こえないが、姿は見える。
意識せずとも、彼らの唇を読めてしまう。
『悪くないんじゃないか?』
『ですね。少なくともそこらの養成所生や、デキの悪い新人よりは』
『別録りの選択肢は?』
『もう一度スタジオをおさえる予算はないって返事が来ました』
『決まりだな』
『はい』
え……マジ?
結局オレは、そのまま出演することになってしまった。
冷泉さんからマイクワークなどの簡単な説明を受け、収録がスタートする。
1度のテストの後、いくつかのディレクションが入り、すぐに本番が始まった。
たったそれだけで、プロ達の収録は滞りなく進む。
オレの出番もさっくり通り過ぎ、収録は終わった。
プレの声優達が音も無くページをめくるのを見て、魔法で自分の台本から出る音を消すなどして、演技以外に集中できる環境を作ったり、小細工はしたが。
ちなみに足音は、もともと消すクセがついているので問題無い。
某暗殺家業の一族みたいにな。
「お疲れ様でした~」
収録が終わると、数人の声優はすぐにスタジオを出て行った。
次の収録があるのだという。
想像していたよりも、ずっと流れ作業のように進んで行く。
これがプロか。
「じゃあ残った人で飲みに行きますか」
「はーい」「あたしもいきまーす」
監督の誘いに残ったキャスト達が元気に答える中、冷泉さんの顔が一瞬だけ曇った。
「……私はこの後予定があるので」
「冷泉さん、前も言ったけど、こういうのは参加しといた方が得だよ?」
帰ろうとする冷泉さんを、音響監督が引き留めている。
なんか……ヤな笑顔だな、この人。
「すみません。難波君を送っていかないといけないので」
「綺麗なお姉さんのエスコートとはうらやましい」
「やめてくださいよ」
愛想笑いをした冷泉さんは、オレに目で着いてくるよう促し、スタジオを後にした。
スタジオを出ると、既に夕日がビルの谷間に沈もうとしていた。
「ごはんを食べて帰るのですが、一緒にどうですか? おごりますよ」
「そんな、悪いですよ」
「遠慮しなくていいですよ。そんなに高いところには行きませんから。お礼はそれで終わりということで」
「そういうことであれば……」
オレが声優さんからご飯に誘われる日が来るとは……。
小躍りしたくなるような出来事だが、必死に平静を装った。
行き先はちょっとお高めのファミレスである。
ボックス席に案内されたオレと冷泉さんは向かい合って座り、思い思いの注文をした。
「今日はありがとうございました。とても良い経験ができました」
「それなら良かったです。あらためて、あの時は助けてくれてありがとうございました」
「いえ…………」
「…………」
「…………」
「…………」
無言! 沈黙!
オレなんで夕食に誘われたんだろう……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます