第244話 13章:コンプリートブルー(11)
冷泉さんとの待ち合わせ場所は、スタジオの近くにあるという小さな神社だった。
平日の夕方に訪れる参拝客などおらず、どうにも手持ちぶさただ。
神話時代から人格が変貌しているヴァリアントはともかく、異世界で戦った神達を思い出すと、お参りをする気も起きない。
「お待たせしました。早いんですね」
冷泉さんが現れたのは、集合時刻の5分前だった。
過去2度会った時とは違い、おしゃれなロングスカート姿だ。
「遅刻が心配で、少し早めに来てしまいました」
今来たとこです、なんてデートみたいな返しをしてみたいイタズラ心もわいてはいたが、そう慣れ慣れしくできるような間柄でもない。
由依には事情を話してきたが、なんだか悪い気もするしな。
いや、何も遠慮することはないんだが。
収録は都内のさほど大きくないスタジオで行われる。
一見すると普通のビルだが、外の小さな看板に、スタジオ名が書かれている。
冷泉さんの後に続いてエレベーターに乗り込む。
サラリーマン時代も含め、収録スタジオに入るのは初めてだ。
スタッフさん達に挨拶をすませ、冷泉さんは録音ブースへ、オレは機材の置かれた調整室に入る。
ブースは5~6人、調整室は10人程度が入れる広さだ。
オレは調整室のはじっこで邪魔にならないよう、じっと座っている。
収録に参加する声優さんが続々とやってきては、調整室に挨拶をし、ブースに入っていく。
全員有名か、最低でも名前を聞いたことのある声優さん達だ。
全員女性キャストなので、華やかなこと極まりない。
今日収録するのは『ファイティングアスリーテス 激運動会』だ。
近未来が舞台のスポ根SFで、国家間の代理戦争として、女性アスリートによるスポーツ大会が採用された世界観である。
今回はOVAの収録だが、後にTVアニメ化もされるスマッシュヒット作である。
続編やスピンオフ以外のOVAがたくさん発売されていたのは、この頃までなんだよな。
劇場版並によく動く作品も多く、とても楽しみだったのを覚えている。
金のない学生にレンタルビデオ代はけっこうキツいものだったが、それ以上の楽しみはあった。
そんな思い出の作品の一つである激運動会の収録を見学できるなんて、感激である。
声優さん達が、台本を読んだり発声をするなり思い思いに準備する中、調整室がざわつきだした。
「一人急性盲腸だって?」
「這ってでもこられないのか?」
「救急車で運ばれたらしいですからね」
「事務所はなんだって?」
「小さい事務所なんで、かわりの役者を捕まえるのに苦労してるみたいです」
「まじかよ。この作品で男キャラのちょい役なんて、誰でもいいんだけどな。別録りでスタジオおさえるような予算ないんじゃないか。そうだ、お前やれよ」
「ええ……マジっすか」
そこまで話したスタッフ達の視線が、ふとこちらを向いた。
「キミ、声優志望って話だったよね?」
おいおいまさか……。
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