第242話 13章:コンプリートブルー(9)

◇ ◆ ◇


 声優講演会の夜、自室――といっても白鳥家に居候中たがだが――の座椅子に座ってアニメを見ていると、さっそく冷泉さんから電話があった。


 おお……声優さんから電話がかかってきたぞ。


「はい、難波です」


 上司の尻拭いで初めて客先に謝罪の電話をした時よりも緊張するんだが。


『冷泉です』


 電話越しでも透き通ったキレイな声だ。


「こんばんは」

『こんばんは。約束の件だけど、明日の夕方に都内のスタジオに来られます? 学校をさぼらずにすむとは思うのですが』

「大丈夫です。部活などはやっていないので」

『急でごめんなさいね』

「いえ、こちらこそご無理を言ってなければ良いのですが」

『大丈夫ですよ。ただ、明日の難波さんは、声優志望の従兄弟ということになってますので、その体でよろしくお願いしますね』

「はい、承知しました」

『ふふ……風間さんの言う通り、本当に高校生とは思えないわね』


 しまった。緊張のせいで、サラリーマンみたいな言葉遣いになってしまった。


「おっすおっす。明日はちょーおっけーっす」

『急におじさんが若者言葉をマネしましたみたいな感じになった気がするわ……』

「すみません、ちょっとふざけてみただけです」


 一度歳はとったけど、これでも現役高校生なんだが。


 アニメの収録現場か……。

 楽しみにではないと言ったら大嘘だ。

 むしろ楽しみすぎる。


 それはそうとして……。


「あの……ぶしつけな質問だったら許してほしいのですが、何かあったんですか?」

『……何かって?』

「いえ、なんだか声に元気がないなと思いまして……」

『…………』


 やはり余計なことだっただろうか?

 電話の向こうで、冷泉さんがしばらく沈黙している。


『私はもともとテンション低めの話し方だと思うのだけど』

「表面上のテンションというより……。ええと、上手く言えないのですが、なんだか沈んでる感じがしたというか……」

『はぁ……。そういうの気付いたの、これまで陽山さんしかいなかったのに。出会ったばかりの人に見抜かれるなんて、私もまだまだね』

「オレでよければ話くらいは聞きますけど……。業界人じゃないからこそ言えることもあるかと」

『……ちょっとキツいことを言われてへこんでただけだから大丈夫。ありがとう』


 さすがに出会って間もない高校生に話せることなんてないよな。

 つっこみすぎた。


「いえ、声優さんの苦労をわかるなんて言えませんが、元気出してくださいね」

『まるでファンがラジオに送ってくるお手紙みたいね』


 ハガキ職人だったこともあるオレである。

 なぜかそれがバレたような気がして、少し恥ずかしくなってしまった。


『じゃあ明日』


 その後、詳細な時間と集合場所を聞いて、電話を切った。


 れ、冷泉さんとプライベートっぽい電話をしてしまった……。

 そうじゃないことはわかってるけどな。

 それでも、夢のような出来事である。


 オレは思わずベッドをごろごろと転がる。

 もともと注目声優の一人ではあったが、すっかりファンになってしまった。

 我ながらオタクちょろい。

 いや、恋愛的な意味で好きとかじゃなくてね。

 そこはわかってほしい。


 なんとかしてヴァリアントから彼女を護ってやりたいと思う。


「お兄ちゃん……何してるの?」


 声をした方を見ると、顔1つ分空いたふすまの隙間から、双葉が冷たい目でこちらを見ていたのだった。


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