第211話 12章:ヴァリアント支配伝ヒミコ(5)

 今日の訓練は課題だけ3人に与えておき、オレは一日かけて白鳥邸の敷地を覆う結界を作った。

 そんなどでかい結界を張れば、逆に目立ってしまうは承知の上だ。

 オレの自宅を見つける連中である。

 どうせここにもたどり着くだろう。

 それなら、労力は隠蔽よりも、結界の強化に使ったほうがいい。




 すっかり日もくれ、訓練を終えた頃には、ひとまず結界は完成していた。

 そこらのヴァリアントに破ることは不可能だろう。


 美海はいったん帰宅することになった。

 明日からでも、白鳥邸に泊まる算段だ。

 今日のところは、由依がピッチを持たせていた。

 自分には必要ないと遠慮する美海だったが、今夜だけでも念の為、と由依が強引に渡したのだ。

 昨日の今日で美海が狙われる可能性は高くないだろうが、正しい判断と言えるだろう。




 そんなこんなで、夕食を終え、風呂の時間。

 準備は全てメイドがやってくれる。

 一人暮らしや旅生活が長かったせいで、こうもなんでもやってもらえると、逆に不安になる。

 アホになりそうだ。


「難波様、お風呂の準備ができました。ご希望通り、温泉露天風呂です」

 

 メイドがタオルと着替えを持って、部屋に来てくれた。

 いやもう、ほんとダメになりそう。


 白鳥邸にはスーパー銭湯よりも多くの風呂があるらしい。

 建物が多いから当然とも言える。


 オレがメイドに連れられたのは、本館からはかなり離れた場所にある、温泉専用の建物だった。


 「それではごゆっくり」


 さすがに男湯と女湯が別れているようなことはないが、十人は同時に利用できそうな脱衣場がある。

 ドライヤーや洗面台もあり、さながら温泉地だ。


 オレはいそいそと服を脱ぎ、タオル一枚で浴室へ。

 シャワーなどの洗い場も外にあるタイプなので、冬は寒そうだが、この季節なら問題ない。

 岩で作られた湯船は、詰めれば十人は入れそうだ。

 こんなものが家にあるなんて、さすがに白鳥家である。


「カ、カズ!? なんで!?」


 そんな湯船の中で驚いているのは由依だ。

 もちろんすっぽんぽんである。


「おお!? 由依こそなんでいるんだ!?」


 あのメイド、事前にちゃんと確認したと言っていたが。

 白鳥家のメイドがこんな簡単な確認ミスをするとは思えない。

 佇まいは完全にプロのそれだからだ。

 主に仕え、使用人に徹する、メイドの鑑である。


『鍵はしっかりかけましたので、お二人ともごゆっくり』


 スピーカーからメイドの声が流れてくると同時に、背後で鍵の閉まる音がした。

 なぜ風呂にスピーカーが……?

 緊急用だろうか。


 なんにせよ、前言撤回。

 思っていたよりフランクなメイドだ。


「ちょっと早乙女(さおとめ)!」


 由依がメイドの名を呼ぶも、スピーカーは沈黙したままだ。


「ええと……この程度の鍵ならすぐ開けられるから出るな」

「出なくて……いいよ」


 振り返ったオレの背中にかけられたのは、あまりにも意外な言葉だった。


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