第147話 9章:ラブレターフロムギリシャ(4)

「条件は、オレがその作戦とやらで一定以上の戦果をあげた場合、由依を自由にすることだ」

「カズ……」


 由依がうるんだ目を大きく見開いた。


「自由とはなんだね?」

「由依は戦いたい時に戦うし、組織の命令で動かない。だが、白鳥家の持つ情報ネットワークだけは使わせてもらう。結婚相手も自分の意思で決める。どうです?」

「他人の娘に対し、随分な条件を出すじゃないか」

「子供は大人の道具じゃありませんよ」

「それは庶民の考え方だ」

「条件にする戦果はそちらが決めてかまいません。それならどうです?」

「随分な自信だな」


 もちろん自信はある。

 どんな条件をつきつけられようとな。


「ふむ……いいだろう。ただし、キミが条件をクリアーした場合、たまにこちらからも依頼をさせてもらう。もちろんそれなりの対価は用意する」


 鉄岩の出す条件をクリアーできるほどなら、繋がりを残しておきたいということだろう。

 転んだ先のことを考えておく当たり、商売人だな。


「断るかもしれませんよ?」

「かまわん。契約成立、でいいかね?」


 オレは黙って頷いた。

 由依は「もう……」と小さくため息をついたが、これは喜んでいる時の顔だ。。


「それで、作戦というのは?」

「作戦の概要を伝える前に……由依も座りなさい」


 由依は鉄岩の命令口調に何の反応もせず、静かにオレのとなりに座った。

 この親子は普段からこういったやりとりをしているのだろう。


「最近、ギリシャでヴァリアントの大量発生事件がおきた」


 ギリシャという単語に、オレと由依は顔を見合わせた。

 最近、ギリシャ系のヴァリアントをよく見るからだ。


「かなり大規模な戦闘が頻発してね。主力の兵士が多数死傷したギリシャの『組織』はガタガタだそうだ」


 『兵士』という呼び方に思うところはあるが、黙って聞くことにする。


「その大量発生事件だが、どうやら『核』となる何かが原因で起きたらしい。その『核』が何かはわからないが」

「もしかして、それが日本に持ち込まれたと?」

「我々はそう見ている」

「作戦というのは、その『核』の破壊もしくは奪取ですか」

「そういうことだ」

「でも『核』がなんなのかわからないんじゃ、作戦の立てようがないのでは?」


 鉄岩はあごひげをさすると、こちらをまっすぐ見ながら続けた。


「ギリシャでは二度、その『核』によるヴァリアントの大量発生が起きている。

 約一月の間を開けてだ。

 二度目はバチカンや北欧組織もギリシャに入っていたが、『核』の破壊には失敗。

 強力な魔力塊の感知はできたものの、目視はできていない。

 やっかいなのは、その『核』は発動の瞬間までほぼ魔力をほとんど発しないということだ。

 少なくとも、『核』の魔力は発動時に突然現れたと報告を受けている」

「めんどうですね……」


 魔力を出さないのでは探知のしようがない。

 『核』そのものがエネルギー源ではなく、カギか扉の役割だけを担っているパターンだろうか?


「二度の大量発生で、ギリシャは大いに疲弊している」

「だから『核』を日本に押しつけたと?」

「おそらくな」

「でもなんでわざわざ日本に? それこそバチカンでもよかったんじゃない?」


 由依の疑問はもっともだ。


「ふんっ、おおかた日本組織のゴタゴタにつけこむ気だったんだろうな」


 鉄岩は吐き捨てるように言った。


「北欧も同じだからですか?」

「否定はしないさ」


 『組織』が裏から社会に繋がっているのは、日本組織で見た通りだ。

 他の神話体系の『組織』を乗っ取ることができれば、その地域を乗っ取るのに近いことだと言える。


「だが我々北欧組織は、あくまで日本を助けつつ、実効支配をするのが目的だ。やっかいごとを持ち込んで混乱させようとするギリシャとは違う」

「その理屈だと、ダークヴァルキリーが日本に現れるのはどう説明するんです?」


 ギリシャが日本に絡んできたからギガースが出現するようになったというなら、北欧系のダークヴァルキリーもそうであるはずだ。


「それは我々北欧組織の兵士達が多数日本に入っているからだ」

「なるほど……顕現するヴァリアントの種類は、魔力の質の濃度で決まるというわけですか」


 日本神話系に近い魔力を持っているものが多くいれば日本神話系のヴァリアントが、北欧神話系なら北欧神話系のヴァリアントが出現しやすいというわけだ。

 魔力の質は修行で変化させることも可能だが、特に幼少期に育った環境に依存しやすい。


 その理論でいくと、ヴァリアントが現れる数は変わらず、種類の割合が変化するはずだ。

 だが、今回のギガース出現は、明らかにいつもより出現数が増えている。


「ならば、大量発生した瞬間を、ヴァリアントごと『核』を叩くというわけか。作戦というほどのものでもないですね」

「そう言うな。これでも全国に探知能力の高い者を配置して、どこで大量発生が起きてもすぐ連絡が来るようになっている。『組織』の予想によると、次回の大量発生は二週間後だ」


 日本組織がガタついたのは、オレに原因がないとも言えないからな。

 あの腐敗っぷりを見ていると、放っといても滅んだ気もするが、それを早めたのは確かだ。

 少しはがんばってみるか。


「それじゃあ二週間後に」

「まあ待ちたまえ」


 席を立とうとするオレを鉄岩は制した。


「キミにはこれから二週間、北欧組織の兵士達と地獄の合同訓練を受けてもらう」


 なんだかまためんどうなことを言い出した。


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