第143話 8章:ブラッディドリーマー(28)

「お疲れ様」


 宇佐野は上目遣いにちらちらとオレの顔を見てくる。


「おう、おつかれ」

「学園祭、成功してよかったね」

「そうだな」

「白鳥さん、人気だね……」

「あらためて、思い知らされるな」


 オレはいまだに続いている由依の囲みを眺めた。

 実に異様な光景である。


「白鳥さんとフォークダンスしたかった?」

「見世物になるのはちょっとな……」

「そっか……そうだよね……」


 宇佐野もまた、由依の囲みを妖怪でも見るような目で眺めている。


「宇佐野はどうだ? 学園祭は楽しめたか?」

「うん、難波君のおかげでね」

「いいや、もし楽しかったんだとしたらそれは、宇佐野ががんばったからだ」


 何かをがんばるってことは楽しいことだ

 それが理不尽へ耐えることだったり、自分や他人の命がかかってないことならな。


「オタク的でストイックだなあ。浅くのんびり楽しむものだってあると思うよ?」

「それもそうだな」

「うん、そうだよ。だからね……ええとね……」


 宇佐野はもじもじと何かを言いたそうにしている。


「どうした?」

「ううん、なんでもない……」


 宇佐野はちらりと由依の囲み見てから微笑を浮かべると、ゆっくり首を横に振った。


「お取り込み中のところ悪いね。君が難波カズ君だね?」


 オレと宇佐野の会話に割り込んできたのは、高そうなスーツに身を包んだ、四十代中盤くらいの男性だった。

 おだやかな口調とは裏腹に、鋭い目つきをしており、口ひげがダンディーさと威圧感を増している。


「そうですが……どちら様でしょうか?  父兄の入場可能時間はすぎていますよ」

「学校関係者なので、そこは心配しないでもらおう。他の先生方も気にしていないだろう?」

「あなたが堂々としているから、誰かの知り合いだろうと思い込んでいる可能性は?」

「んん? はっはっは! 聞いていた通り面白い男だな」


 男は豪快に笑い出した。


「初対面の相手を面白い扱いはなかなかだと思いますが?」

「これは失礼をしたね。私が面白いと評すれば大概の人間は喜ぶものだから」

「かまいませんよ。他人に名前を聞いておいて名乗りもしないのもどうかと思いますけどね、白鳥さん」

「おや、知っていたのかね」

「いいえ、なんとなくそう思っただけですよ」


 顔に少しだけ由依の面影がある。

 もしかすると由依は嫌がるかもしれないが、雰囲気もどことなく似ているのだ。


「なかなかの洞察力だ。娘が興味を持つのもわかるね」

「それで、何か用があるんですよね?」


 白鳥家の調査能力を知った時点で、オレのことを完全に隠すのは実はあきらめていた。

 ヴァリアントとの戦いについてどこまで知られているかは不明だが、少なくとも由依とともに戦っているところまではバレていると思っていいだろう。

 できれば直接関わり合いにはなりたくなかったが、そろそろ覚悟を決める時か。


「いいや、今日は顔を見にきただけだよ。用事は後で使いをよこすさ」


 由依の父はそれだけ言うと、立ち去った。


 そして夏休みに入ると、、その使いとやらが本当にやって来たのだった。


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