第140話 8章:ブラッディドリーマー(25)

「ちょっと、どこまで連れて行く気?」

「ここで大丈夫ですよ」


 オレがそう言うと、周囲に神域絶界が展開した。

 用具入れとして使われているプレハブ小屋の裏に潜んでもらっている、双葉によるものだ。

 神域絶界は、今のところ術者を中心にしか展開できない。

 周囲に人気がなく、双葉とヴァリアントを近づける場所が必要だった。


「なっ!?」


 ヴァリアントが何に驚いたのかはわからない。

 神域絶界に閉じ込められたことかもしれないし、自分が狙われたことかもしれない。

 もしくは、オレに記憶が残っているのを察したのかもしれない。

 たが、この至近距離で一瞬でもオレに隙を見せたのが運のつきだ。

 オレは瞬時に出現させた黒刃の剣で、ヴァリアントの首を斬り落とした。


「き、緊急跳躍!」


 やはり体育館の結界なしでも時間移動ができるらしい。

 しかも、首と胴体が離れた状態でだ。

 一瞬、時空振動が起きかけたが、それだけだった。


 魔法には相性強度というものがある。

 複数の魔法がぶつかったさい、どちらが優先されるかというものだ。

 もちろん、術者の力量にも左右されるが。

 みたところ、神域絶界はあらゆる魔法の中でも、最強に近い部類だ。

 結果からすると、神域絶界の外で発動した時間移動は、領域内にいる人間の記憶や肉体に影響は及ぼせなかった。

 そして、神域絶界内での時間移動は発動すらできないようだ。


「なっ!? これはまさか神域――」


 ヴァリアントは最後までセリフを発することなく、オレの剣によって細切れになった。

 その死体は念の為、チリも残さず焼き尽くしておく。


「ぷはぁっ!」


 神域絶界が解かれると同時に、プレハブの反対側から息をついた双葉が現れた。

 由依がふらつく双葉を支えてくれている。


「お兄ちゃんの魔力供給なしだと、これくらいが限界だよ……」

「よくがんばってくれた。おかげでヴァリアントを倒せたよ」

「役に立てた? へへ……よかった……」


 オレは弱々しく微笑む双葉に魔力を送り込んでやる。


「ん……ふ……はぁ……気持ちいい……ありがとう……お兄ちゃん」


 なんとか回復した双葉だが、まだ少しふらついている。


「さてと。私はクラスに戻らなきゃ」

「ありがとな、由依」

「いいのよ。うちのクラス、もうすぐ完売なの」

「早いな」

「だから、最後にちょっとだけ自由時間ができそうなんだ。一緒に学園祭、回ってくれる?」

「おおいいぞ。その時間は実行委員の仕事も、一般客の出口への誘導だけだしな」


 閉会式の準備担当組は忙しい時間だが。

 ちなみに、宇佐野は病欠している実行員のピンチヒッターで、そちらにまわされたようだ。


「それじゃあ双葉ちゃん、それまでの間はカズをよろしくね」

「白鳥さんに頼まれるまでもありませんよ」

「ふふっ……じゃああとでね!」


 由依はそう言い残すと、自分のクラスの方へと駆けていった。


「どうする双葉? 少し休んでいくか?」

「大丈夫、せっかくだから何か食べたいな」

「よし、じゃあ好きなものをおごってやろう」


 休憩時間はもう少しだけある。

 ちょっと買い食いするくらいはいけるだろう。


「やったあ!」


 妹に腕を組まれて学園祭を回るというのは、なんとも気恥ずかしい。

 だがそれで喜んでもらえるなら、悪くないな。


 前のループで弁当を作ってきてくれていた宇佐野には悪い気がするが、オレの優先はやはり由依なのだ。


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