第79話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(36)

 杉田が旅立った後、死体の処理と情報操作は組織に任せた。


 とある抗鬱剤と、いくつかの漢方薬を特定の配合で混ぜ合わせることで、ヴァリアントにも効果のある『クスリ』となるらしい。

 そのレシピはカグツチと杉田が独占していたため、誰かが調合に成功するまではクスリ騒ぎは落ち着くだろうというのが、由依から聞いた『組織』の結論だ。

 既に出回った分は、ヴァリアント側が回収、処分の動きを見せているらしい。

 よくそんなところまで調べられるものだ。


 彼が偽の処方箋で大量に入手していた抗鬱剤については、ニュースになることもなく消えていった。

 神社が破壊されたことについても同様だ。

 ご近所にはかなりの音が響いたはずだが、改装工事ということになっているようだ。


 スサノオの首は、廃ビルにも現れた瞬間移動能力を持つヴァリアントが回収していった。

 そいつは「これは再生にかなりかかりますね」とつぶやいていた。

 あの状態で生きているだけでも驚きだが、再生できるというのだから、高位のヴァリアントの生命力は凄まじい。


 妹の双葉は、現場から少し離れた本殿の軒下で目を覚まさせた。

 本人は難しい顔で首を傾げていたが、深く追求してくることはなかった。


 ――コンコン。


「お兄ちゃん、もう寝ちゃった?」


 ちょうど日付の変わる頃、双葉が部屋のドアをノックしてきた。


「いいや」

「入っていい?」


 めずらしくどこか緊張した声だ。

 いつもなら、ノックと同時にドアを開ける妹が、ドアの外で待っている。


「いいぞ」


 オレはイスをくるりと回転させ、ベッドに座るよう双葉を促した。


「どうしたんだ」

「うん……」


 いつもハツラツとした……というか、オレに対しては当たりの強いとも言える双葉が、顔をしかめてうつむいている。


「見たのか」

「お兄ちゃんこそ、ヴァリアントのこと、知っちゃったんだね」


 やはり何も見ていないというのは嘘だったか。

 義理とは言え、兄妹なのだ。

 それくらいはわかる。


「まあな……」


 ヴァリアントという単語を知っているということは、双葉もそれなり以上の関係者ということか。

 最初の人生でもおそらくそうだったはずなのだが……全く気付かなかった。


「あたしに炎の剣を向けたヤツ、すごく強そうだったけど、よくあんなのに勝てたよね。白鳥さん」


 そうか、由依がカグツチを倒したと思ってるのか。

 だとすると、見られたのはほんの一瞬ということだ。

 本当のことを言うべきか悩むな。

 双葉が一番安全にすむ方法をとりたい。


「スサノオは?」

「スサノオ? そんな超S級ヴァリアントがいたら、今頃あたし達はこうして話してられないよ」


 双葉の位置からは、首だけになったスサノオは見えなかったらしい。

 見えていても、顔など知っているはずがないか。


「双葉はあいつらが何者なのか知ってるのか?」

「うん……でも……」

「話すとオレが危険に巻き込まれると?」

「うん……」


 双葉は話すか迷っているようだ。

 妹にこんな苦しそうな顔をさせて、何が兄だ……っ。

 とにかく、話を聞いてやろう。


 オレは指先に小さく炎を灯した。


「オレだって無関係じゃない。だから、全部話してくれていい」

「それ、魔法!? 魔道具どころか、詠唱も触媒もなしに!? お兄ちゃんがいくら特異点だからってそんな……」


 双葉は目を丸くして驚いている。


「特異点ってなんだ?」

「そっか、魔法は使えてもそういうのは知らないんだね。

 特異点っていうのは、異界との境界が折り重なって溝となった交差点みたいなものらしいの」

「表現が渋滞しててわかりにくいんだが」

「えっと……この世界における神界や魔界、果てはいくつもの異世界まで、いろんな世界の境界が重なる場所。それが、お兄ちゃんらしいの。

 日本の地層で言うところの、フォッサマグナみたいなものかな」

「ちゃんと理科のお勉強できてて偉いな」

「えへへ……ありがとう。じゃなくて! なにか心当たりはない?」


 ありすぎる……。

 アラフォーで死んだ時の転生に始まり、ヴァリアントとの遭遇率も高すぎる気がする。

 バリアントの総数がわからないのでなんとも言えないが……。


「そういえば、オレが特異点だなんて、どこで知ったんだ?」

「それは……」

「『組織』か」

「知ってるんだ。そうだよね。白鳥さんと急に仲良くなったってことは、そういうことだったんだ」

「由依が北欧系所属だって知ってるんだな」

「あの人は業界でも有名人だから」


 父親が北欧系組織のお偉いさんみたいだしな。


「双葉は日本の組織に所属してるのか?」

「そう……」

「いつからだ?」

「去年かな」

「神社の職業体験を始めた頃か」

「神器への適性は、学校の身体検査で調べられてるんだけどね。そこで適性アリって反応が出たら、組織に関わる職業体験に呼ばれて、それが面接になってるの」

「それから、『組織』で訓練を受けてたのか」

「うん」

「なんでそんな……断ることはできなかったのか?」


 気づけなかったオレが言えたことではないが。


「だって……」


 双葉は言いにくそうに目をふせた。


「もしかしてオレのせいか……?」


 考えてみれば、ヴァリアントがはびこる世の中で、特異点とやらのオレがアラフォーまで生き残ることなんてできるはずがなかったのだ。

 誰かが護っていてくれなければ。


 オレが一人暮らしを始めた後でも、双葉はなんだかんだとオレの世話をやいてくれた。

 それは、オレを護るためだったんじゃないのか?


「ちがうの! あたしがそうしたかったの! そうしないと、お兄ちゃんはすぐ死んじゃうって……」

「だからって……っ! 今まで戦ったことは?」

「なんだか最近、ダークヴァルキリーが増えてて……何回か……」


 『組織』ってやつは、肉親を人質みたいにして、中学生を戦いに送り込むのかよ。

 双葉の命が危ないだけじゃない。『もと人間』を殺すってことなんだぞ。


「オレを護れるのは双葉だけだとか言われたんだろ?」


 双葉は泣きそうな顔で小さく頷いた。


 由依は家庭の事情もあって、そうならざるをえなかった。

 自分の意思でもあった。覚悟もしていた。

 それが良いことかはわからないが。

 だが、こんなのは騙されてるようなもんじゃないか。


 おかげでオレは生きていけたのだが……。


 そういえば、あれだけモテた双葉は、彼氏の一人すら作った気配がなかった。

 オレのために……?

 そんなことあっていいはずがない。

 『組織』と接触するのは、準備ができてからにしようと思っていたが、そうもいかなくなった。


「双葉、明日その『組織』の本部に案内してくれ」

「保護してもらうの……? でも、そんなことしたら二度と出てこられないかもしれないよ……?」


 そう言って、双葉を巻き込んだのか。

 ますます許せない……っ。


「違うさ。ちょっと話をするだけだ。頼むよ」

「あたしみたいな下っ端が本部に入れてもらえるかはわからないよ?」

「大丈夫。入口まで案内してくれればいい」


 入れてくれないなら押し入るだけだ。

 殴り込みに行くんだからな。

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