第78話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(35)
「関係ない人達をたくさん巻き込んだ報いってやつだな……ごふっ……」
杉田は倒れたまま、血を吐いた。
「そうだな」
杉田がクスリをばらまいたせいでヴァリアントに喰われた人間はたくさんいるだろう。
その点において、こいつを擁護する気にはならない。
たとえカグツチに騙されていたのだとしても、復讐の手段として実行することを選択したのは、杉田自身なのだ。
ドラッグパーティーの会場にオレと由依を案内したのも杉田だ。
それはつまり、オレと由依を自分の仇をおびき出すエサにしたということである。
それでもオレは、杉田に回復魔法をかけた。
傷はふさがったものの、オレの回復魔法では、完全に失われた他人の臓器再生まではできない。
「傷が……ありがとう。でも、俺はもう死ぬんだな?」
「そうだ」
自分の体の状態はわかっているようだ。
「謝ってすむことじゃないが、すまなかった」
「なにがだ?」
たとえ死に行く者の言葉でも、そんなぼやけた謝罪を受け入れてやる気にはならなかった。
こいつのせいで、由依が死んでいたかもしれないのだ。
「あんた達をエサにしたことだ。本当にすまなかった」
「……許しはしない。オレはともかく、由依を危険に晒したことはな。
クスリの調査は、自分達から飛び込んだことだ。
ヴァリアントと事を構える覚悟はしていたさ。
だが……『人間』に騙されたとなれば、話は別だ」
「人間……そうだな」
杉田は口角から血の泡を出しながらも自らの左腕をちらりと見ると、自嘲気味に呟いた。
オレが「何か言いたいことは?」と由依に視線を送ると、由依は悲しげな顔で首を横に振った。
最後に、オレは杉田に向き直る。
「言い残すことはあるか?」
この世を去るまでもう間もなくだ。
あちらの世界で、何度となく見てきた光景である。
「スサノオにオレを喰わせてくれ……」
「なぜだ? 命を狙った罪滅ぼしだとでも?」
「バカな……ごふっ……。ヴァリアントがいなければ、マチ子が死なずに済んだということに代わりはないんだ……」
杉田の言葉を聞いた首だけのスサノオは、眉をぴくんと跳ね上げた。
彼がどういった感情でそれを聞いていたのか、オレにはわからない。
「ならなぜだ?」
「マチ子のことは誰も覚えていない。俺だって顔も思い出せない。俺も、彼女と同じになりたいんだ。
彼女は俺といてきっと幸せだった。
俺のことを覚えているヤツがいれば、彼女が本当に一人になってしまう。だから……頼む……」
オレには杉田の気持ちは正直わからない。
だが……。
「断る」
「そう……か……」
オレへの頼み事を聞いてもらえるとは思っていなかったのだろう。
杉田は特に表情を変えるでもなく、ゆっくりと目を閉じた。
「お前とマチ子って女性がいたことはオレが覚えておいてやる」
ぶっきらぼうにそう言ったオレの言葉は、杉田に届いただろうか。
杉田の閉じた目から一筋の涙が流れ、体から力が抜けた。
マチ子という女性が本当にいたかはわからない。
いや、十中八九、存在しなかったのだろう。
由依がそっとオレの手を握ってくれる。
何度も見てきた光景だ。なんてことはない。
ただちょっと、魔族に記憶を操られ、この手で殺ることになった仲間のことを思い出しただけだ。
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