第75話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(32)
「な、なんで……」
杉田は自分の腹から生えた手を呆然と眺めている。
普通なら即死だが、ヴァリアントの細胞に浸食された結果だろう。
出血は人のそれより少なく、まだ息がある。
「ボクのおかげで満足できました?」
看護師は、杉田の腹からずぶりと腕を引き抜くと、次はスサノオの体へと向かった。
「その魔力……カグツチ……そうか、全て貴様の策謀か! 結界も貴様だな!」
スサノオは胴体を動かし、蹴りを繰り出した。
しかし、魔力不足は否めず、鋭さがない。
カグツチと呼ばれた看護師が、スサノオの蹴りを受け止めた手から炎をだすと、一瞬にしてスサノオの体が燃え尽きた。
いくら司令塔となる首から離れているとはいえ、スサノオの体を一瞬で焼き尽くすとは、かなりの火力だ。
「いやあ、あなたをどうやって引きずりおろそうかと苦心していたんですけどね。腕っ節じゃかないませんし。色々と蒔いていた種が実ってよかったですよ」
嫌な笑みを浮かべるヤツだ。
なるほどな……。
オレとスサノオが戦うことになったのも全て、コイツの策略だったというわけか。
口ぶりから察するに、他にも色々やっていたのだろう。
そのうちの一つがヒットしたということだ。
やられたぜ。
すぐにでもぶち殺したいところだが、他の奴らがどう動くのかわからないのと、もう少し情報を得たい。
スサノオはオレがクスリをばらまいたわけではないと理解しているだろう。オレにすぐ襲いかかってくることはないはずだ。
だからと言って、味方だと考えるわけにもいかない。
こうなっては、敵か味方かわからないのは杉田もだが、戦う力は残っていないだろう。
「そんなに地位が欲しいか!」
激昂するスサノオに、カグツチは笑みを向ける。
「それもありますけどねぇ。ただあんたが気に入らなかっただけですよ。
何よりね、あんたのその悔しそうな顔が見たかったのさ。
ヒミコ様のお気に入りだか、武力最強だかしらないが、偉そうにしやがって! 美味そうな娘はどっかに隠すしなあ!」
なんとなく二人の関係が見えてきたぞ。
今回のことは、カグツチが長い時間をかけてしこんできたことなのか。
スサノオを倒すために。
「それからね、杉田君。おーい、生きてますか? ちゃんと聞いてくださいよ。食事以外の唯一の楽しみが『ネタバラシ』なんですからね」
息絶え絶えで横たわる杉田の頭を持ち上げたカグツチは、これまでで最も醜悪な笑みを浮かべた。
「う……あ……」
苦しそうに呻く杉田に、カグツチは語りかける。
「キミの恋人を喰ったのはね、僕なんですよ」
「な……ぐ……き……さま……っ!」
杉田の顔が怒りに歪むも、指一本動かせないようだ。
「彼女のことを『覚えている』と思いこんでいるキミの記憶を少しずつ上書きしていくのは、なかなかに楽しめましたよ。
人間の記憶というのはいい加減なものですね。
毎日自然に会話にまぜこんでいくだけで、懐中時計を見たと思い込んだりするんですから。
勤務先の病院からクスリを都合までしてくれて。
彼女の仇がクスリ好きだから、おびき寄せるのに使おうなんて嘘を信じてね。くくく……。
仇のスサノオを倒すためなんて、僕の細胞移植を受けちゃってさ。
僕がキミを監視するために決まっているのにね。あっはっは!」
コイツ、本当に良い趣味をしている。
「それからキミ。いやあ強い強い。スサノオさんを追い詰めてくれれば、あとは僕が引き継ぐつもりだったのだけど、ここまでダメージを与えてくれるとはね。
キミを計画に組み込んだのは正解だったよ。
ボクが無傷でスサノオさんを排除できるなんてね」
全て、ヤツの掌の上だったということか。
つまり、由依にちょっかいを出したのはコイツだということだ。
神楽殿の中に闇を充満させたタイミングで入れ替わったのだろう。
オレを挑発し、スサノオと戦わせるために。
スサノオは生かしておけば、良い方向の何かが起こるという予感があった。
だがこのカグツチというヤツは違う。
生かしておくのは危険だ。
今ここで殺す!
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