第68話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(25)

 ――ギィン!


 無音化魔法のせいで聞こえないが、そんな甲高い音がしたはずだ。


 スサノオの横薙ぎを剣で受け止めたオレは、柄から右手を離し、腹部に向けて魔力弾を放つ。

 彼の上半身を吹き飛ばすはずの魔力弾は、彼を半歩下がらせただけだった。


 堅ぇな。

 厚さ1メートル程度の鉄板なら簡単にぶち抜く威力だぞ。


 スサノオは全身に魔力を漲らせ、怒りの表情でこちらを見据えてくる。


 ――なんだ?


 言い様のない違和感がある。

 それなりに人を見る目を磨いてきたつもりだが、今のスサノオはどうにも『らしくない』気がする。

 だが、これだけの力を持っていながら、ニセモノだとは考えにくい。


 こちらの世界での戦争もそうだし、異世界で学んだことでもあるが、長い目で見ると殲滅戦は殆どの場合において、ろくな結果を生まない。

 特に、頭の良い指揮官はギリギリまで生かしておいた方が良いことが多い。

 突飛なバカよりも思考を読みやすいからだ。

 結果としてこちらの被害が少なくなる。

 度を超えた残虐さをもっていないことが条件だが。

 スサノオを生かしておいたのには、そんな理由もあるのだが……。


 いや、今は余計なことを考えている場合じゃないな。

 由依の安全が最優先だ。


 オレは剣に大量の魔力を通し、その刃を単分子レベルまで研ぎ澄ます。

 オレの腕と合わされば、どんなものでも豆腐のように切り裂く刃だ。

 この剣が持つ特殊形態の一つである。

 一度の打ち合いで目に見えない刃こぼれをするが、オレの魔力が続く限り再生を続ける。


 超高速で迫るスサノオの刀に向けて、オレは無造作に剣を振るう。

 すると、かなりの業物であろうその刀は、刀身の半ばから斬り飛ばされた。


 眉をひそめたスサノオはバックステップでこちらから距離を取る。

 自分の刀が何の手応えもなく斬り飛ばされれば、警戒もするだろう。


 刀を投げ捨てたスサノオの右手の周囲が、陽炎のように一瞬ぼやけた。

 そしてすぐに、その手には鍔のない両刃の片手剣が握られている。

 柄にミサンガのように編まれた赤い紐が結ばれた剣からは、強大な魔力が迸っている。


 なんだあの剣……。

 下手すると魔王の武器より強い。

 あれが本来スサノオの持つ神器か。

 オレの予想通りなら、あれが『草薙の剣』だろう。

 この目で見られるのは嬉しいが、喜んでいる場合ではない。

 ヤツが本気だということだ。


 正面から踏み込んでくるスサノオの一撃を剣で『受けた』。

 互いの剣が僅かに刃こぼれする。

 神器を刃こぼれさせたオレの剣にスサノオは驚いたようだが、余計な感情を出している余裕なんてないぞ!


 オレはスサノオに連撃を浴びせる。

 秒間三十回に及ぶその斬撃を、スサノオは全て受けきって見せる。

 こいつ、剣の腕ならあちらの世界で戦ったどの剣士よりも上だ。


 オレとスサノオの間に目にもとまらない速さの斬撃と、大量の火花が散る。

 互いに受け漏らした斬撃が、皮膚を浅く切り裂いていく。

 ジリジリとした間合いの取り合いだ。


 キリが無いな。

 オレは剣から片手を離し、斬撃の隙間に拳大の魔力弾を放つ。

 それをスサノオは空いた手で払い、剣で斬り飛ばし、時には避ける。

 スサノオもまたオレに魔力弾を放ってくる。

 オレの立ち位置では避けるという選択肢はない。

 背後に由依がいるからだ。

 結界を張っているとはいえ、スサノオの魔力弾に防壁解除効果がついていてはことだ。

 全て丁寧に無効化していく。


 強いとは予想していたが、スサノオがここまでできるとはな。

 ならば使うしかない。

 体に大きな負荷がかかるのであまりやりたくなかったが、戦いを長引かせても良いことはない。

 オレは体内に流れる魔力の速度を強引に2倍に引き上げた。

 その負荷に、あちこちの毛細血管がブチブチと切れるのを感じる。

 まだこの技に耐えられるほどまでは、この体が魔力に慣れていないか。

 最低限の回復魔法を全身にかけつつ、意識を攻撃に割り振る。


 秒間の斬撃数はさきほどのざっと2倍。

 筋力だけでなく、魔力で自分の動作も補助する。

 例えるなら、体内にパワードスーツの駆動部分を大量に埋め込んだような感じだろうか。


「うおおおおお!」


 オレは斬撃と魔力弾のコンビネーションでスサノオを圧倒する。

 斬撃は彼の腕を斬り飛ばし、クリーンヒットした魔力弾のいくつかは、ボディーブローのようにダメージを蓄積させていく。


「トドメ!」


 オレが最後のつもりで放った縦斬りを、スサノオは大きく下がって避けた。

 すぐ後ろは壁である。

 かなりの魔力弾が当たったはずの壁は、傷どころか汚れすらついていない。

 特殊な防壁が張られているようだ。

 随分と用意周到なことである。


 追い詰めているはずだ。

 そのはずなのだが、まだオレの背中にはピリピリと電気の走るような感覚がある。

 本能がまだ警戒しろと言っているのだ。


 片腕を失ったスサノオは覚悟を決めたような表情で、剣の柄に結ばれている赤い紐を、口で引きちぎった。

 その瞬間、スサノオの目がぎょろりと大きくなり、髪が床につくほどに伸びた。

 手の爪は伸び、口からは牙が覗いている。

 同時に腕が再生し、片手剣は大剣へとその姿を変えた。

 魔力も先ほどまでとは比べものにならないほど大きくなっている。


 これが草薙の剣、本来の力か!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る