第66話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(23)
「由依が捕まったって、どういうことだよ!」
オレが杉田からの電話で叩き起こされたのは、由依の様子がおかしかった日の翌朝だった。
まだ5時すぎである。
妹の双葉が神社の境内掃除のお手伝いに行ったくらいの時間だ。
学校の職業体験以来、なにかにつけて手伝いに行っているらしい。
何が楽しいのかわからないが、本人がやりたいと言うのだから、止める理由もない。
それはさておき、既に双葉が家を出ているなら好都合だ。
オレは念のためいつもベッドの下に置いているスニーカーを履いて、窓から朝焼けの中へと飛び出した。
◇ ◆ ◇
電話で聞いたのは、正月でもせいぜい参拝者数が10万人をこえるかどうかという、中規模の神社だ。
それでも、本殿の他に社務所と授与所が別れていたり、神楽殿もあるなど、それなりの広さと設備をもっている。
たしか双葉が手伝っている神社もここだったはずだ。
もう少し早く連絡をもらえていれば、双葉を止められたがしかたない。
「由依はどこだ!」
オレは杉田が待つ神楽殿の前に着地した。
空から見たところ、周囲に人の気配はない。
自宅からここまで自転車で20分ほど。双葉はまだ到着前か。
「え……いま、空から……?」
「そんなことはいい! 何があった!」
オレは惚ける杉田の胸ぐらを思わず掴んだ。
杉田の頬は大きく腫れている。
殴られたのか?
「く、くるしい……」
片手で持ち上げてしまっていたことに気付き、オレは彼を地面に下ろす。
「なんて力だよ……。アレを見たあとじゃあ、驚きゃしないが」
「アレってなんだ!? 由依は!?」
「お、落ち着けよ。俺だってさっきまで気絶させられてたんだ。そうじゃなきゃまだ連絡できてないんだぞ。感謝してほしいよ」
「すまん……順番に話してくれ」
そう言いつつも、オレは周囲の魔力を探り続ける。
杉田の言う『由依が捕まった』ということ自体、嘘の可能性も含めて警戒をする。
「昨晩、由依ちゃんから相談があるって呼び出されてな」
「由依があんたに何の用があるんだよ。嘘をつくな」
「本当に高校生か……? なんだよその迫力……」
声と感情は抑えているつもりだが、オレから漏れる魔力で周りの木々がざわめき始める。
「そんなことはいい。全部正直に話せ」
「わかったって。呼び出したのは俺の方だよ。由依ちゃんが病院側にも手を伸ばして調べさせてるクスリのことでちょっとな」
「調べさせてると言ったな。なぜそれを知ってる?」
オレと由依がクスリについて嗅ぎ回っていることは、もちろん杉田は知っている。
だが、ドラッグパーティの会場でオレがくすねてきたクスリを『調べさせている』ことまでは知らないはずだ。
「こないだ学校で会ったし、俺が医者だってことはバレてるから言うけどな。調べられてるってのは、気付くヤツは気付くもんだ」
「あのクスリ、病院関係が出所なのか?」
「さあな。それはまだわからん。だが、俺が気付くくらいだ。調べ方に問題があるって忠告をな」
「それなら電話ですむだろ」
「盗聴されるリスクを負うのがイヤだったんだよ。それに、詳しいことを話している時間はないと思うが」
こいつ、オレが知らない情報をまだ持っていそうだ。
杉田が本当のことを言っているとしてだが。
いや、そんなことより、今は由依のことだ。
「それで、由依と会った後どうしたんだ」
「少し情報交換をした後、急に由依ちゃんの背後に男が現れて、彼女を気絶させたんだ。そんで、彼女が倒れる前に俺も殴られて一瞬で気絶したみたいだ。いてて……すげえ腫れてるな」
杉田は自分の頬をさすった。
「急にってどういうことだ?」
「本当に急にだよ。殴られるまで気付かなかったくらい急にだ」
瞬間移動? それとも超高速移動か?
「俺はその一発で気絶しちまってな。さっき目が覚めたら由依ちゃんがいない。まず由依ちゃんに電話してみたが当然出ないし、警察に通報する前に、あんたに連絡しておいた方が良いと思ってな」
オレも由依に電話をしてみるが出ない……というより、繋がらない。
今の由依が神器を発動させることもなく連れ去られた?
「急に現れたっていう男の顔に見覚えは?」
「一瞬だったからな……。ただどこかで……。あっ!」
「心当たりあるのか!?」
「たしか身体検査の時にいた学校の先生に、似た人がいたと思うが、まさかな。見間違いだろ」
「いや……そうとも言い切れないな」
まさか、スサノオか?
彼が今動く理由は思いつかないが、逆に彼でないと言い切る根拠もない。
由依を反撃の隙も無く連れ去るという芸当も、彼なら可能だろう。
「あと、目が覚めたとき、近くにこれが落ちてた」
杉田がオレに手渡したのは、クレーンゲームで取った、PiFFyのマスコットキーホルダーだ。
それからは、由依の魔力の他に、スサノオのものに似た魔力の残滓が感じられた。
スサノオは魔力に常にゆらぎを持たせたいるのではっきりしたことは言えないが、おそらく彼の魔力だろう。
本当に彼が……?
話しながら周囲の魔力を探っていると、目の前にある神楽殿に違和感を覚えた。
非常に上手く魔力的な擬態をしてある。
普通、結界を張ればそこだけ不自然に整った状態となり、逆に目立つことになる。
だが目の前のソレは、よほど注意しなければ探知できないレベルで周囲にとけこんでいる。
雪山の中に張られた白いテントとでも表現すれば良いだろうか。
オレは神楽殿の扉に手を触れた。
触れてみて初めてわかる。
他の建物も神社というだけあって多少の魔力を帯びているが、ここだけは特別だ。
そっと手に力をこめると、扉は小さな軋んだ音をたてて開いた。
進入を拒むタイプの結界ではないようだ。
これ以上ないくらい罠の予感しかしないが、手がかりもここだけだ。
オレは神楽殿の中へと足を踏み入れた。
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