第62話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(19)

「な? 難波の体凄いだろ? でもさ、俺のもけっこうなモン――」

「ねえ佳代子! 難波君の腹筋すごいんだよ! ほらほら!」


 渡辺に話をふった男子が自分のTシャツをめくろうとしたが、それを遮るように渡辺が他の女子を呼んだ。

 この男子、渡辺に自分の腹筋を触って欲しかったのか。オレをダシにしたことは、しょんぼりシャツの裾をおろしたその顔に免じて許してやろう。


「ほんとだ! 難波君ってなんか部活やってたっけ?」

「いいや」

「なんでこんなに鍛えてんの?」

「趣味……かな」


 まさか本当のことを言うわけにもいかない。


「一人で暗い部屋でアニメ見ながら筋トレ? うわぁ……」


 なんでそういう想像になるんだよ!

 ジムで楽しくやってるかもしれないだろ!

 いや、当たってるんだけどさ! チクショウめ!


「へえ……最近勉強も調子良いみたいだし……白鳥さんの目は確かだったってことかな。この腹筋で白鳥さんを落としたの?」


 渡辺がそっとオレの腹筋に手を添えた。

 エロさを感じさせるかさせないかの絶妙な触り方だ。

 このあたりが、彼女の計算高さだろう。

 Tシャツの胸元から、程よく膨らんだ胸の谷間が覗いている。

 一周目の人生だったら、絶対勘違いしてるね!


「由依とはつきあってねえよ」

「ホントに?」

「ああ」

「ふふっ、よかった」


 渡辺はそう言うと、ちょこちょこと小走りに、前の女子グループへと合流していった。


「おい、なんだよ今の! まさか、まさか白鳥だけじゃなく、渡辺まで……」


 名前を思い出せない男子……あ、ジャージのズボンに名前が刺繍してある。ええと……来栖君は、涙目になりながらオレを睨んでいる。


「そんなんじゃねえよ」

「ほんとだな!? 信じるぞ!?」

「お前、渡辺のこと好きなのか?」

「ち、ちがわい!」


 ちがわいて。

 そんな男子のバカなやりとりを、ちらりと振り返った渡辺が見て、一瞬だけにやりと口元を歪めた。 


 そういうことか……。

 渡辺は渡辺で、由依と仲の良いオレにちょっかいをかけて、ひっかき回そうという腹なのだ。

 由依のせいで万年二番手に甘んじていると考えている彼女なりの嫌がらせなのだろう。

 ダメな男と付き合っていることをネタに都落ちさせられないなら、別の方法でというわけだ。


「難波の腹筋……あの夜を思い出たたたたた! 頭いたい!」


 背後から鬼まつりの叫び声が聞こえるが、無視しておこう。

 口が軽いというより、もはや口止めされたのを忘れているほどアホなんじゃなかろうか。


 こんなやりとりは、あまり由依に見られたくはないな。


 ふと周囲の気配を探すも、由依はいないようだ。

 身体検査でトラブルだろうか。

 黒タイツが脱げなくなったとか。


 やがて、制服に着替え終わった生徒達が全員クラスに戻ってきたあと、かなり遅れて由依も戻ってきた。

 考え事をしている風だが、何かあったのだろうか……?

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