第60話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(17)

 クラブでの一件があった週明けの月曜日。

 オレと由依は、国語教員室でスサノオに昨日起きたことを共有していた。

 もちろん、情報の全部を提供するつもりはない。

 特に杉田のことは伏せて話した。

 スサノオが信用できると決まったわけではないのだ。

 極論、スサノオがオレと由依をあのドラッグパーティーに誘導して、殺そうとしたという可能性すらある。

 直接オレと対峙しておいて、あの程度の戦力でどうにかなると考えたとは思えないのだが……。


「ヴァリアントのドラッグパーティー? そうか……」


 スサノオは珍しく険しい顔をすると、内ポケットから取り出した金の懐中時計をそっと撫でた。


「よく教えてくれた。僕もその方面で調べてみよう」


 スサノオが解決してくれれば、こちらの手間が省ける上に、余計な被害も防げる。


「キミ達はこれからどうするつもりだい?」

「変わらないさ。ドラッグパーティーの会場が他にあるなら、探して潰す」


 本当は根元を断ちたいところなので情報収集は続けるが、果たしてその情報を得ることができるかどうか……。

 次にパーティ会場で見つけたヴァリアントを一人くらい生かしておいて尋問してみるか。

 ただ、人の密集した会場で下手に手加減すると、人間に被害が出るかもしれないんだよな。

 前回もその危険があったから、先手必勝で瞬殺したわけだし。


「やれやれ。ほとんどヴァリアントハンターだね。派手にやりすぎると、威圧するどころか狙われるよ」

「そもそもあんたらは『組織』とは敵対してるはずだ。

 だから、身元がバレた時点で同じだろ。なめられて、ちまちまと雑魚に毎日狙われる方が面倒なんだよ」


 オレはともかく、由依が二十四時間警戒し続けるのは不可能だ。

 ダークヴァルキリーは軽く倒せるようになった由依だが、無警戒の時に襲われれば、無事ではすまないだろう。

 ただ、下手な追い詰め方をして、窮鼠猫を噛むみたいなことになるのも厄介だ。

 あちらの世界で、人間が魔族にしたことだがな。


「それを言うだけの力はある、か……」

「オレ達の方は上手くやるさ。それより、今日の身体検査は大丈夫なのか? 教師もやるんだろ?」

「普段の体の構造は人間と同じだから大丈夫さ。他の神話体系は知らないけど、少なくとも高位の日本神話組はね。レントゲンを取られても、健康な体しか写らない」

「血は? あんたらヴァリアントは、ケガをすると赤い血の代わりに、紫の煙みたいな何かが出るだろ」

「それも大丈夫。しっかり人間に擬態している時は、普通に赤い血が流れるから」


 それはつまり、人間に擬態している時は、人間並の力しか出せないということか?


「試してみるかい?」


 オレの思考を読んだかのように、スサノオの体から強力な魔力が漏れ出した。


「いいや、今のところあんたと戦う理由はないさ」


 味方ではないが、利用価値はありそうだというのが、現時点におけるオレのスサノオに対する評価だ 


「キミこそ身体検査は大丈夫なのかい? 人間とは思えない強さだけど」

「高校生は健康診だ……身体検査でレントゲンやバリウムなんてやらないんだよ」

「バリウムとはまた年寄りの健康診断に随分詳しいね」

「勤勉なもんでな」


 もとアラフォーだからだよ。


「そろそろ授業が始まるから行くぞ」


 オレはスサノオの返事を待たずに部屋を出た。

 彼の反応からは、ドラッグパーティーのことをどこまで知っているか、うかがい知ることはできなかった。

 思っていたよりずっと、ポーカーフェイスの上手い奴だ。

 そもそも、表情なんてものが人間と同じ意味を持っているかすら怪しいものだが。


 校内は朝から健康診断の準備でバタついていた。

 外には教員用のレントゲン車がすでに来ている。

 朝早くからご苦労なことだ。

 そんな中、数人の白衣を着た医師と看護師――この頃はまだ看護婦か、とすれ違った。

 男性の看護師もいる。めずらしいな。

 驚いたのは、その中に見知った顔がいたことだ。


 杉田である。


 向こうはほんの一瞬だけオレと目を合わせたが、すぐに目を逸らせた。

 あいつ、医者だったのか。


 じっと彼の顔を見ながらすれ違ってみたが、決してこちらを見ようとしない。

 彼の性格なら気安く声をかけてきそうなものだが。

 なぜ高校生と知り合いなのか、と同業者に聞かれたら面倒だというのはわかる。

 わかるのだが、無視をした時の彼の様子が気になった。

 何がと言われると困るのだが……驚くでも焦るでもなく、不審げに眉をひそめたからだ。

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