第45話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(2)

 国語教員室とは、国語を教える教員が自由に使える部屋だ。

 教科に関する生徒指導や、教材の準備に使われている。

 理科室や音楽室など、専用の部屋を持たない教科ならではだろう。

 今の校長になってから、色々と面白いルールができたらしい。


 室内は教室の半分にも満たない広さで、中にはスサノオ一人だけだ。

 この部屋、人払いの魔法がかけられている。

 他の国語教員がやってこないようにするためだろう。

 これをスサノオが『魔法』と呼んでいるかは知らないが。


「何の用だ」

「まあ座りなよ」


 スサノオは、授業中と同じ優しい笑顔で椅子を勧めてきた。


「このままでいい」


 オレはドアの近くに立ったまま、優雅に足を組むスサノオを見下ろす。


「僕が立たせてるみたいでイヤだなあ。最近はそういうのに五月蠅い人権派も増えてね」


 その動きは未来じゃもっと加速するがな。


「さっさと本題に入れよ」

「まあ、そう怖い顔をしないでくれよ。キミに興味がわいてね。ちょっと話がしたいだけさ」


 スサノオは懐から櫛の描かれた金の懐中時計を取り出し、時間を確認すると、パチンとそれのフタを閉じた。

 実に様になる仕草だ。

 さて、文字通りに受け取ってよいものか……。


「キミは、ヴァリアントとは一体なんだと思う?」

「クイズ大会ならよそでやってくれ。そんなことはお前らの方が詳しいだろ」

「僕の知る限り、おそらく人類で最強の力を持つであろう、キミの意見を聞きたいのさ」


 柔和な表情の中に無邪気さがあり、悲しみがあり、それでいて真実を求める瞳。

 そう、スサノオのそれはまるで、伝記で読んだ科学者を思わせた。


「オレがヴァリアントを知ったのはつい最近だからな。ろくなことは知らないよ。ある日突然、神話の存在が人間を乗っ取るようにしてこちらの世界に現れる。そして、人を喰いたくなる。それくらいだ」

「なるほど……」


 スサノオは少し落胆したようだ。


「そういうあんたこそどうなんだよ」

「細かいことは色々研究してきたけどね。根本的なところをわかっていないのはキミと同じさ?」

「根本?」

「僕達が何のために存在するのか」


 思ったより哲学的な話になってきたな。


「そんなこと言ったら、人間にだって存在理由はないぞ」

「たしかにね。でも、地球という大きな生命の中で生き、世代を紡ぐことができる。それがただ、肉を生み、土に還るのを繰り返すだけだとしてもね」


 言い方はひっかかるが、そういう考え方もあるだろう。


「お前たちはちがうのか……?」

「キミには恋人がいるだろう?」

「いないが」

「おや、白鳥君は違うのか。これは失礼。言い換えよう。大切に想う人はいるだろう?」

「……」

「ここで険しい顔をして首を縦に振らないのは、これまでの苦労が垣間見えるね」


 オレが誰をどれほど大切に想っているか。

 それを知られることは弱みになる。

 『敵』はオレの大切なものから狙ってくるからだ。

 それは向こうの世界でイヤと言うほど思い知らされてきた。

 たとえ既にバレバレであっても、渡す情報は少ない方が良い。


「まあいい。では一般的な話をしよう。人間には恋愛感情と性欲がある。これは種を存続させる重要な因子になるわけだ」


 08MF小隊のラスボスみたいなことを言うヤツだ。


「それが僕らにはない」

「もとが神だからか?」

「いいや、純粋に神であった頃、少なくとも僕には妻がいたよ。最近キミが戦った北欧系の神なんて、神話を紐解けば、人間臭い奴らばかりだろう?」

「たしかに……」

「今でも、神だった頃の妻を大切に想う気持ちは残っているけどね。じゃあこの体になった時に、新たにそういった気持ちが生まれるかと言われると、全てが食欲にかきけされる」

「あんたらの食欲はそれほどのものなのか」


 オレの問いに、スサノオはにがにがしく頷いた。


「それから……ヴァリアント相手に子供も作ってみたんだがね」


 スサノオが発したのは、衝撃的な言葉だった。

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