第39話 4章:パパ活ですか? いいえ、援交です。(12)

 オレが床を蹴った瞬間、鬼まつりの首を掴むロキの指に力がこめられた。


 ロキまでの距離は3メートルほど。

 鬼まつりの首から鈍い音が聞こえ始める。

 だが、骨が折られるよりもオレの剣がロキの腕を斬り飛ばす方が速い!


 そのまま鬼まつりに足で回復魔法をかけつつ、由依の方へと蹴り飛ばす。

 蹴りの衝撃で鬼まつりがうめくが、それくらいは我慢してほしい。

 由依が鬼まつりを抱き止めたのを確認するのと同時に、腹部を狙ってきたロキの拳を、剣の柄でたたき落とした。

 さらに剣でロキの首を狙うも、バックステップで避けられてしまう。


「まじかよ! 速すぎだぜ! しかも人間がよく使ってる偽物神器の反応がねえ! 生身かよ! あんた、何者だよ?」


 ロキの顔から笑顔が消えるのと同時に、右手の中指にはめた指輪が禍々しくも鈍い光を放ち始めた。

 光はやがて収束し、ロキの手から伸びる剣のような形になった。

 握るのではなく、手を覆って、指先から伸びる形だ。

 ガンダマンXに出てくるドータトレスネオのワイヤードビームライフル、グリーンシードのムラクモ、ガソリンスタンドミカミのハンズオブグローリーあたりが思い出される。

 そう考えると……


「派手さの割に意外に個性のない武器だな」


 思わず口をついて出た言葉に、ロキの額に青筋ができた。


「凡庸かどうか、こいつに斬られても同じセリフが言えるか!」


 そこまで言っていないがまあいい。

 怒ったヤツってのはたいてい、行動を読みやすくなる。


 ロキが光の剣を振り下ろしてきた。

 物質的な刀身がない分速い。


 かなりの腕前を持っているようだが、剣術ならオレに分がある。


 ロキの剣を、剣を振り上げることで受けようとした瞬間、背筋にぞわりと悪寒が走った。

 オレは剣を振り上げながらも、体を無理矢理回転させ、ロキの剣の軌道から避けた。


 打ち払うはずだったオレの剣は、ロキの剣をすり抜けた。

 そのままロキの剣は振り下ろされるが、事前に避けていたおかげで、肩を浅く斬られただけで済む。


「へぇ……。あの状態から避けるかよ。良い勘してるな。だが……」


 ロキが指さしたのは、今つけられた傷口だ。

 痛みは感じたはずだが、Tシャツの袖は斬られておらず、肉にだけ傷がついている。


「生物だけを斬る武器か」

「それだけじゃないぜ」


 傷口から紫色の靄があふれ、腐食が進んでいく。


「毒……いや、呪いか」

「若そうに見えて、物知りじゃないか。これが『アンドヴァリの指輪』の力だ」


 ロキは既に勝ちを確信したかのようにニヤケている。

 わずかでも傷をつければ、そこからものの数分で呪いが全身を腐食させるだろう。

 死に至るまでならもっと早い。

 しかも非生物を貫通するので、剣や盾で防げないときたもんだ。

 たしかに強力な武器である。


「んっ!」


 オレは肩に魔力を集中し、呪いが全身へと広がるのを防ぎつつ、既に腐食の進んだ部分の肉を内側からぶっ飛ばした。

 肉片と血があたりに飛び散る。

 すかさず血を止めつつ、回復魔法で失った肉を再生させた。


 向こうで組んでいたヒーラーなら肉を削らずに回復できたが、オレ一人ではこんなところだろう。


「マジかよ。これまで腕を切り落したりしたヤツはいたが、回復も同時にやるなんて、初めて見たぜ。だが、心臓や脳の近くを斬りつけられたらそうはいかないだろうよ!」


 ロキはオレの脳天目がけて振り下ろしてきた。

 オレは紙一重で横に避ける。

 剣は心臓の高さで真横に軌道を変えた。

 剣の質量がないことを利用した戦術だ。


 だが剣の性質がわかってしまえば対処法はある。

 オレは左の掌に魔力を集中させ、ロキの剣を弾いた。


「なに!?」


 驚くほどのことじゃない。

 肉体だけを斬るということは、生物の持つ魔力に反応しているということだ。

 ならば、盾を人間の魔力パターンに似せて生成してやれば、貫通されないのは道理である。


「もう一つその剣の弱点を教えてやるよ」


 オレは高速の三連斬を繰り出した。

 人間には視認できない速度だ。

 ロキほどの腕前があれば、剣で捌けなくもないはず。

 だが、ロキは後ろに下がった。


 そう、あの剣は相手の攻撃を受けられないのだ。

 基本的に相手に傷をつけて試合終了だったため、さほど困ったことはなかったのだろう。

 今のを咄嗟に避けられるだけでもかなりの力量ではあるが。


「どうした? 自分より剣の腕が上の相手と戦うのは初めてか?」

「ちっ……。スキールニル! 女の方を狙え!」


 ロキが指をパチンと鳴らすと、宅配業者の格好をしていた男が闇に包まれ、やせぎすの若者へと姿を変えた。

 これがスキールニル本来の姿か。


「人使いが荒いなあ」


 スキールニルはそうぼやくと、由依に向かって突っ込んできた。


 速い!


 十メートルほどの距離を一瞬で移動し、いつのまにか取り出していた両刃のロングソードを由依に向かって振り下ろした。

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