第6話 1章:異世界から戻ってきたと思ったら、十七歳の頃だった(5) SIDE 由依


SIDE 由依


 今日の夕方、カズと並んで座ったベンチに人間の死体が横たわっている。

 風に乗って生臭い匂いが鼻を突いた。


 食い散らかされた臓物がベンチのまわりにぶちまけられ、その傍には露出度の高い鎧を身につけた、黒髪の西洋人女性がいた。

 彼女の口元には血がべっとりとつき、その瞳は紫色にらんらんと輝いている。

 一目で人間ではないとわかる。

 神話に出てくる戦乙女のような格好だが、黒を基調としたその装備は、ヴァルハラからの使いではなく、魔王の手下を思わせた。


 ――暗黒戦乙女。


 我々人類の敵だ。


「そこからどきなさい!」


 思い出のベンチを穢さないで!


「ぐるる……」


 私の声に反応したそれは、食事を邪魔されたのが気に入らなかったのか、口から紫の煙を漏らしながらうなり声を上げた。

 殺気のこもった視線が私を射貫く。


 周囲に人の気配はない。

 アレが現れる時、望まれない人間は、無意識に近づくのを避ける。

 存在そのものに、人払いの魔道具と同じ効果があるという。


 ならば――!


「グングニル……起動!」


 二本の指でミニスカートから伸びた黒タイツを履いた太ももを、横になぞる。

 すると、そこを起点とし、ルーン文字がタイツ上にまばらに輝き、足首に収束していった文字たちがフリスビーサイズの魔法陣を形成した。

 ちょうど片足ずつ、魔法陣につっこんだような感じだ。


「んっ……くぅ……」


 快楽と激痛が全身を駆け巡る。

 魔力が下半身に集中していくのを感じる。


 タイツ型神器レプリカ。

 私の魔力を日々吸い続け、力を蓄えた『武器』である。


 母方のエメキュート家は、神器の形こそ違えど、代々アレらと戦ってきた。

 そして、今夜が私のデビュー戦である。


「ぐ……ぐるるぁっ!」


 ダークヴァルキリーは私を敵と認識したようだ。

 その手に出現させた槍を無造作にぶら下げ、まるまった背筋でこちらにゆっくり歩いてくる。

 ぐらぐらと頭を揺らしながら迫り来るその様子は、さながらゾンビである。


 しかし私は、アレがそれほど鈍い相手ではないことを知っている。

 昔と違い、今はVRを使ったシミュレーターで訓練ができるのだ。

 それにより、初陣での死亡率は格段に下がったという。


「がぁっ!」


 ダークヴァルキリーが一瞬にして間合いをつめ、槍の切っ先を私の顔目がけて突きだしてきた。


 プロボクサーでも反応できるか怪しいその一撃を、私は一歩横に動いて避けた。

 グングニルの効果だ。

 私の思考予測と視神経から得た刺激に反応して、下半身を強制的に動かしてくれる機能がついている。


 人ならざる者との戦いは、人間がどれだけ訓練をしても勝てるものではない。

 魔法でも使えれば別だが。

 現代において、魔道具なしで魔法を使える者は世界に数名しかいない。

 そこで開発されたのが、神器レプリカだ。

 これに適応できれば、戦うことができる。


 そして今日は私のデビュー戦。

 この日のために訓練を積んできたし、覚悟もできていたはずだった。

 しかし、攻撃を避けながらも、私の足はガクガクと震えていた。

 あの槍を一撃でもまともに受ければ命はない。

 その震えも、神器が補正してしまう。


 やらねばならない。

 私がここで逃げれば、もっと多くの人が……カズが死んでしまう。

 それが私の使命なのだから。


 私は繰り出された槍を蹴り上げると、そのまま逆の足を腹部に叩き込んだ。

 インパクトと同時に足の魔法陣が強く輝く。


 ――ドンッ!


 ダークヴァルキリーはそのまま十メートルほど吹き飛び、木に背中を打ち付けた。


「ぐ……があぁっ!」


 人間なら腹部に風穴が空いている威力だったはずだが、すぐに立ち上がってきた。

 そして槍を前方に構え、突撃してくる。


 訓練で戦ったロボットよりもずっとタフだ。


 突撃はなんとか避けるも、そのまま繰り出された連続突きが、肌を薄く切り裂いてくる。


 やはり身体能力は人間と違いすぎる。

 神器を使ってすらここまで押されるなんて……。


 私は槍を避けつつ、地面を思い切り踏みつけた。


 地響きと同時に、両手を広げた程度の直径をしたクレーターができ、ダークヴァルキリーがバランスを崩した。


 今!


「グングニル! エッジモード!」


 私が太ももに触れると、右足が蒼く輝いた。

 そのままダークヴァルキリーの首に向かって回し蹴りを繰り出す。


 ――ヴォン。


 耳障りな音と蒼い軌跡を残し、ぼとりとダークヴァルキリーの首が落ちた。


 血が噴き出すべき切り口からは、紫色の煙が吹き出している。


 ――短期決戦。


 人ならざる者と戦う上での鉄則だ。

 互いに高い攻撃力を持つため、長引けばケガは免れないからだ。


「ふぅ……」


『СИ……Не……』


 神器を解除すると、ダークヴァルキリーの死体から、人間には発音不能な声が響き――


 ――ドォンッ!


 死体を中心に爆発が起こった。


 自爆魔法!?

 人とは違い、人ならざる者は魔法のようなものを使う。


 近くにあったブランコが吹き飛び、鉄製のパイプが飛んできた。

 反射的にガードするも、左腕の骨が鈍い音を立てた。


 折れた……。


 油断だわ。

 首を落としてもしばらく生きている種もいると事前に聞いていたのに。


 でもとりあえずデビュー戦は勝利ってところかしら。

 人間の死体は『組織』が回収してくれるだろう。


 私はその場にがくっと膝をついた。

 実戦での神器の使用は、やはり疲労がすごい。

 ダークヴァルキリーが死んだことで、人払いの魔法が解けたはずだ。

 早くここを離れなければ……。


 無理矢理体を起こすと、背筋をぞわりと嫌な予感が駆け抜けた。

 見上げた夜空には三つの影がある。


 一体でさえ片腕を持って行かれたダークヴァルキリーが三体。

 神器を再起動していったん逃げ――


 そう判断するころには、地面に降り立ったダークヴァルキリーに三方を囲まれていた。



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