第5話 1章:異世界から戻ってきたと思ったら、十七歳の頃だった(4)


 こちらに戻ってきて初めての夜。

 オレは月の裏側にいた。


 どこまで異世界で身に着けた能力が使えるか試すためだ。

 こちらの世界でそうそう強力な攻撃魔法なんかを使うとも思えないが、街でからまれたときにうっかり相手を殺しました、なんてことになっては笑えない。

 力をどこまで使わないようにしなければならないか、その把握も重要なことだ。


 とりあえず、宇宙空間に出ても問題ない物理バリア、本来は水中呼吸用の空気圧縮、透明化、大気圏突破するための高速飛行あたりは問題なく使えた。


 さて、何を試そうか。


 いくら月の裏側とはいえ、地球から観測されては面倒だ。

 念の為、地球側からは見えないよう、視覚を含めた物理幻想阻害の魔法を、月の直径より少し広い範囲にかけた。

 これで地球から観測されることはまずないだろう。


 準備を終えたオレは肩をポキポキ鳴らすと、掌に魔力を集中した。

 すると、爪の先ほどの黒い球体が生まれ、ゆっくり膨らんでいく。


 こちらの世界でも魔法が使えることは実証済みだ。それは、『オレが扱える』だけでなく、この世界が魔法という現象に対応していることを意味している。

 リンゴは木から落ちる。

 そんな当たり前が、当たり前には起こらない世界もあるのだ。

 オレが転生していた世界とこちらの世界は、どうやら近しい理で動いているらしい。

 それでいて、こちらの世界ではあまりにも魔法が発達していないのは不思議だが。


 オレは手の中で拳大になった黒い球体を眺めた。


 これができるということは、こちらの世界にも魔力は満ちているということだ。

 簡単な魔法なら、人の中にある魔力で発動できるが、これくらいのものとなると、空間に存在する魔力なしには成立させられない。


 オレは黒い球体をそっと前へと押しだした。

 宇宙空間で距離感がつかみにくいが、音速を遥かに超える速度でそれは前進し、やがて月の大きさに等しい闇を振り撒いた。

 星の瞬きのない黒が、眼前に広がり、やがてもとに戻る。


 星すら消し去る極大魔法だ。

 人間相手に使うことなどないし、破壊力が大きすぎて取り回しにくいが、神と戦うには必要だったものだ。


 空間にある魔力は、あちらの世界と同程度だな。

 これだけ魔法が広まっていないように見える世界にしては、魔力が濃すぎる。

 通常、その世界で魔法が多く使われるほど、世界に魔力は満ちていくものだ。

 このあたりは魔法とは何かという話まで踏み込むので今はおいておく。

 いくつか理由は考えられるが……。

 ここで何を考えたところで妄想にすぎないな。


 ひとまず実験は成功だ。

 オレが向こうの世界で習得した『技術』は全て使うことができる。

 あとは肉体だが、これはぼちぼち鍛えていけばいいだろう。

 こちらの世界で命がけの戦いなんて、そうそうおきるはずもない。


 今日のところは……


「んっ――!」


 オレは魔力を使い、全身の筋肉を細かく断裂させ、瞬時に回復魔法で修復した。

 全身に激痛が走るが、これだけで一ヶ月はがっちり筋トレをしたくらいの効果がある。

 これを何度か繰り返すと、全身がほどよく引き締まった。

 プロスポーツ選手程度にはなっただろう。

 ひとまずは、自分の魔力に耐えられる程度の肉体にはなった。


 腹減った……。

 いくら魔力で補っても、これをやると大量にカロリーを消費するんだよな。


 向こうの世界の時とはリーチも変わってるからな。

 近接戦闘の訓練もしたいところだが、それは明日にしよう。

 別にそこまでする必要もないのだが、敵に備えられていない状態というのは、なんとも落ち着かない。


 帰るか……。

 そう思った直後、由依につけていた危機探知魔法に反応があった。

 夕方、由依の様子がおかしかったので、念のためつけておいたものだ。

 彼女の周囲で敵意が膨れると、オレの脳に直接通知が来るようになっている。


 発動することなどないと思っていたが、何がおきている?


 オレは月から地球へと、飛び降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る