第2話 1章:異世界から戻ってきたと思ったら、十七歳の頃だった(1)

 ■ 1章 ■



 ゆっくり目をあけると、そこは見慣れた一人暮らしの部屋でもなく、異世界転生した瞬間のぶったおれた職場でもなく……高校の体育館裏?

 眼前には、懐かしい母校の制服を着た男子生徒が三名ほど。

 リーダーらしいイケメン一人と、そうでもないのが二人、こちらを睨んでいる。

 三人とも爽やかそうな外見で、なんとなくサッカー部という単語が頭をよぎる。


「ええと……なんだっけ?」


 状況を飲み込めないオレの口から思わず出た言葉に、三人の眦が釣り上がった。


「てめぇ、なめてんのか?」


 体力のありそうな若者に絡まれたら、転生前のオレならなんとかごまかして逃げようとしていたところだ。

 だが、あの『地獄』を経験した後では、ゴブリン以下の殺気相手にびびりようもない。


「オヤジ狩りが流行ったのってかなり昔だと思うんだけどなあ」

「何言ってんだてめぇ」


 オレのボヤキに眉をひそめつつも、律儀に返してくる男子生徒。

 なんだか様子がおかしい。そもそもなんでオレは体育館裏になんているんだ?

 ふと視線を下げ、自分の服装を見ると、そこに映ったのは母校の制服だ。

 続いて頬を触ってみると、まるで十代かのようなハリ。


「なあ、今年って何年だ?」


 まさか自分にこんな質問をする日が来るとは思わなかった。まるでアニメの記憶喪失キャラである。


「なにすっとぼけてやがる」

「九十七年だろ」

「お前も答えてんじゃねえ」


 イケメンリーダーと部下その1が言い合っているが……九十七年? 気候からして初夏ってところだろうから、高校二年のころか?


 ……あの女神、確かにもとの世界にはもどってきたが、あっちでの年齢と同じ十七才の頃に戻しやがった。

 チクショウ! いっぱつ当てられる競馬の何かとか覚えておけばよかった!

 ギャンブルなんてしたことないが。


 とはいえ、未来の大きな出来事を知っているのは、色々と有利な人生を送れそうだ。

 せっかくだから、前の人生では上手くいったとは言いがたい学校生活を楽しんでみるのも悪くないかもしれない。

 これまでさんざん苦しい思いをしたのだ。

 それくらいの恩恵は受けても良いだろう。


 そういえば、目の前にいるイケメン、見覚えがある。

 オレの幼なじみを狙ってたサッカー部のエースだ。


 思い出してきたぞ……。

 たしかこの日は、幼なじみの由依に珍しく一緒に帰ろうと誘われたんだ。

 当時のオレは、女子と二人で帰ることの気恥ずかしさに耐えきれず、その誘いを無視したんだよな。

 もともと高校に入る前あたりから疎遠になりはじめてたが、あの日を境に会話もしなくなったからよく覚えてる。


 それにしても十七歳か……。

 アラフォーまで生きたオレと、転生して十七歳まで生き直したオレがせめぎあって、不思議な気分だな。

 目の前にいるのが子供のようにも思えるし、同年代のようにも思える。


「つまりあんたらは、オレが由依に手を出さないよう、釘を刺しにきたと」


 モテないオタク相手にご苦労なことだ。

 この頃は2010年代に比べて、オタクへの風当たりもまだ強かったからな。オタク趣味を隠しているヤツも多かった。

 オレもその一人で、趣味が合うやつにだけ『秘密(趣味)』を明かしたものだ。

 ……まあ、後で思い返すと、隠しきれていたかはだいぶ怪しいが。


「そういうことだ。幼馴染だか知らないが、由依ちゃんはオレがゲットするっていってあるよな? 次に近づいたらどうなってもしらねえぞ」


 こういうところを見ると『スポーツをやっているヤツはみんなまっすぐで爽やかだ』なんてのは嘘だとわかる。


「おい! 返事はどうした!」


 取り巻きの一人がオレの胸ぐらに手を伸ばしてきた。


 ――止まって見える。


 極限まで研ぎ澄まされたオレの反射神経は、彼の動きをそう見せた。

 肉体は高校当時のひ弱なものだ。

 だが、それ以外の異世界で手に入れた能力が残っている……?


 少しだけ試してみるか。


 オレは身体強化の魔法を自身にかけた。

 もちろん詠唱や発動時の宣言などいっさいなしだ。指先を動かす時のように、そうしようと考えることすらなく、ただ発動させるだけである。

 身体強化レベルの魔法なら、その程度のことをできないと、神と渡り合うことなどできはしない。


 ひ弱な体の隅々まで力が漲っていくのを感じる。

 オレは迫って来る手を身をひねって紙一重で避ける。


「避けるんじゃねえ!」


 ムキになって掴みかかってこようとする取り巻きの手を、オレは華麗に避けて行く。


「やめろ。出場停止になりたいのか」

「ちっ……」


 イケメンの制止に、取り巻きは舌打ちをしながら引き下がった。


「忠告はしたぞ」


 そうとだけ言うと、イケメンは取り巻きを連れて去って行った。


 高校の頃はあんなのにビビってたんだよな……。

 オレは身体強化魔法をかけたまま、何も無い空間に向かって軽くデコピンをしてみる。

 すると――


 ――ボッ!


 指を弾いたその圧だけで近くの木が大きく揺れ、葉を散らした。


 このレベル帯の魔法なら、あちらにいた時と同じ効果を出せそうだ。

 高出力な攻撃魔法や剣技はわからないが、こんなところで試したら大騒動だろう。


 身体強化魔法を解くと、全身が激しい筋肉痛に見舞われた。

 たったあれだけの動きで……。

 いてて……生身の方は高校当時の人間だからな……。

 こちらでは魔族と戦うなんてことはないだろうし、のんびり鍛えていくとしよう。

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