最終話

 そして夜羽が退院してから、初めての登校日。私たちは腕を包帯で吊っていない方の手を繋いで学校に向かった。鞄は両手が塞がっている夜羽の分も私が持ってあげている。もちろん、鉄板なんて入ってない普通の鞄だ。


「重くない? ミト、お弁当も二つあるし」

「平気平気。あ、今日のは私が作ったんだよ。楽しみにしててね」


 えっ! とびっくりした顔で夜羽に凝視された。そんな驚く事かな? まあ今まで料理なんて作った事なかったし……


「杭殿さんほどおいしくはないけど」

「そんな事ない! 好きな女の子の手作りってだけで嬉しいよ!!」


 好きって言われるのは照れるけど、『だけ』が一言余計よ。さすがにお重に和食は初心者には無理だけど、おかずは冷凍食品なんだから不味くはないはず。……手作りって言っていいのかしらこれ。


「ところでミト、最近『よっぴ』って呼ばないよね?」

「ああ、あれ? 夜羽、恥ずかしがってたし、私もちっちゃい頃にふざけて言い始めたやつだから、やめようかなって。ほら、何かバカップルみたいじゃん?」


 ちっちゃい夜羽は、それはもう可愛らしくてついそう呼んじゃってたけど、男としては複雑だったのかもしれない。一人称が『俺』になったのも、少しでも男らしくしたいからなんだろうな。


「別に、好きなように呼んでいいよ。俺も呼びたいからミトって呼んでるわけだし」

「そ、そう? じゃあ……急ごっか、よっぴ」


 ぎゅっと握る力を込め、私たちは足を速める。これからは大好きな男の子と、ラブラブな学園生活が――



 待っているかと思いきや。


「夜羽くーん、お昼一緒に食べませんか?」


 昼休みに一緒にお弁当を食べていると、お邪魔虫がやってきた。


「杭殿さん……婚約話はなくなったんじゃあ……」

「ええ、婚約者ではないですけど、夜羽君の事は好きって言いましたよね? 今後は家の事に関係なく、私個人としてアプローチさせていただきますので、よろしく」

「何がよろしくよ、よっぴは私の彼氏だっつってんでしょうが!! お弁当も私のがあるんだから、あんたはお呼びじゃないの!」

「まあ、おいしそうな冷凍食品。さぞ手間暇がかかっているんでしょうね。

私は不器用だから、朝早く起きて板前さんから厳しい指導を受けながら、苦労して作りましたのよ。でも、夜羽君が食べてくれないなら、無駄になってしまいましたね。もったいないですが、捨ててしまうしか……」


 この女……!

 同情を引こうとする彼女に絆されそうになり、口を開きかけた夜羽の机を、私はバン! と乱暴に叩く。ハッと手で口を押さえる夜羽。


「ごめん、杭殿さん。俺の好きな人はミトだけだから、お弁当は受け取れない。本当ごめんね」

「……変わりましたね、夜羽君。ですが、今の男らしいあなたも素敵ですよ。とりあえず、お友達から如何です? そうだ、私も『よっぴ』とお呼びしてもいいですよね?」

「いいわけあるか!! もー、いい加減にしてよ!」


 私が叫んだ途端、教室の扉がガラッと開く。


「お困りですか、夜羽さん!」

「呼んでなくとも、あなたの舎弟が参りました!」

「ふえぇぇっ!?」


 いきなり乱入してきた赤井&火山コンビにぎょっとする。また学校サボって隣市に乗り込んできて……


「やめてよ、赤井君たち。俺が勝手に校舎に入れたって怒られるんだから」

「そんな水臭い。俺ら、姐さんを助けに行った仲じゃないっすか」


 迷惑だと言ってもいまいち伝わっていないようで、二人は完全に善意のつもりで杭殿さんに喧嘩売っている。せっかく治まりかけてたのに、これ以上蒸し返さないでよ、もう。


「おいコラ女。夜羽さんには姐さんってスケがいるんだよ。フラれた奴がいつまでも未練がましく付き纏うんじゃねー」

「あら、他校の男子生徒の方々が、善良な女子高生一人に何をなさるの? ふふふふ」

「ちょっとあんたたち、騒ぎ起こしたら先生来ちゃうでしょ!」


 一触即発の空気の中、夜羽は器用にも片手で素早く二人分のお弁当を片付けると、私に寄越した。何事!? と戸惑う間もなく、片方の手を掴むと立ち上がって教室の外へ飛び出す。


「ちょ……よっぴ!?」

「あっ、待ってください!」

「もう、どこ行くのよ夜羽君!」


 片手でお弁当二つを抱えながら、何とか夜羽に引っ張られるまま走り続ける。赤井君たちはついてきているが、杭殿さんは振り切られてしまったようだ。


「このまま裏門まで誘導して、帰ってもらおう。お弁当も外でいいよね?」

「あ、うん……」


 そういう事か。

 これまで狼狽えるばかりで流されていた夜羽が、冷静に対処できるようになった。いや、元々できるはずだったのが、ようやく自信がついたと言うべきか。成長したなあ……としみじみ思ってしまうあたり、まだお姉さん気分が抜けていないのかもしれない。

 でも、繋がれたこの手を独り占めしたいって気持ちは、友情でも家族愛でもない。いくら幼馴染みでも、それは恋なんだって、ちゃんと実感していた。


  △▼△▼△▼△▼


 その頃、私の知らないところで何が起きていたのか、後でめばえから聞いた。


「ねえ、聞いた? 2年の天使クンが二股かけてたって話」

「ああ、彼女いるのに婚約者ができていちゃついてたんでしょ? 何かショック~」

「でもその彼女の方も、男とっかえひっかえしてたって噂なかった?」

「さっき天使クンの舎弟って他校の生徒が乗り込んできてたし、実は怖い人なのかしら」

「やだー、もう天使なんて呼べないじゃん」


「みんな、勝手よね……」


 食堂で聞こえてくる噂話に、萌は溜息を吐く。自分の理想像を勝手に押し付けて、違っていれば幻滅したと騒ぐ。誰しも人に言えない一面があって当たり前なのに……彼の場合は極端ではあるが。


「あんまり酷いと、炎谷ぬくたにさんに手を回して静めてもらうかな」


 スマホのアドレス帳を見る琴亀君に、萌は驚く。夜羽の話では、連絡先を変えられてしまったはず。


「俺んとこだけは、新しいアドレスが届いたんだ。あの人も何だかんだで親バカって事だよ。

……それと、今でも『天使』ってあだ名は言い得て妙だって、俺は思ってる」


 可愛らしい顔立ちと振る舞いは、確かに『天使』と呼ぶに相応しい――ただし、ラッパ吹くタイプの、だけど。



【THE END】


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お付き合いいただき、ありがとうございました。

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天使が来たりてラッパ吹く 白羽鳥 @shiraha

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