第42話

 一週間後、私はお父さんと一緒に茂久市の病院に来ていた。


 あれから危うく警察沙汰になりかけたが、事前に夜羽と稲妻さんが話し合った結果、勘違いによって発展した喧嘩だという事にして双方厳重注意で収まった。稲妻さんは自分は一応大人だから責任を取ると言っているけど、社会人だからこそ、私が相談したせいで仕事をクビになったりしたら夜羽共々責任を感じてしまう。

 何より、あれでも相当手加減してくれてたらしく、夜羽が相手一人につき受けていたダメージよりも、稲妻さんが負った怪我の方が大きいんだとか。

 それでもトータルで言えば夜羽は現在絶対安静の状態で、ある程度回復してから地元の病院に移る事になっている。


 私の方は、親からめっっちゃくちゃ怒られた。幼い頃から不良と関わるなと口を酸っぱくして言われてきたのに、ヤンキーの親玉とも言える稲妻さんに軽々しく接触しにいったのだから当然だろう。(お父さんがこう言ってきた理由も、今となれば観司郎さん絡みなんだろうなと分かる)


「不良ってやつは所詮、ろくでなしの集まりだからな? 稲妻って奴がもっと悪い男だったら、関係を無理強いするとか、こっちの足元見た条件出されてたところだぞ」


 稲妻さん以外なら、それもあり得たかもしれないし、私だって頼まなかった。けど何だかんだ言ってあの人は面倒見がいいし、特に夜羽の事は気に入っていた。だから力になってくれたんだと思う。

 だけど、我ながら浅慮だったのは反省すべきところだ。正直言うと、学生時代に観司郎さんからパシらされていた話を聞いてから、何となくお父さんは頼りにならないと決め付けていたから。


「そんなに追いつめられていたんなら、まずは家族に相談しろと言っただろう? 今度からは夜羽君関係で誰かと会う時は、ついてってやるから」

「でもお父さん、会社は?」

「娘のためだ、数日くらい休みは取ってやるさ。なるべく短期で解決してもらいたいがな」


 そんな事を話しながら病室に向かい、扉をノックすると、中から「はーい」と女の子が返事をした。……この声って、もしかして。


 ガラッと扉を開けると、ベッドには上半身だけ起き上がった、包帯ぐるぐるの夜羽。そしてベッド脇の椅子に腰かけてリンゴを剥いていたのは――自称婚約者の杭殿さん。


「あら輿水さん、こんにちは」

「ミ、ミトちゃん……」


 私はお父さんと顔を見合わせ、くるりと方向転換した。お邪魔しましたー。


「ま、待って帰らないで!」

「心配したけど、元気そうだし婚約者の人がいるからいいかなと思って」

「うー、ミトちゃんの意地悪」


 もちろん冗談だ。これからの事は夜羽一人には背負わせない。私が戻ってくると、杭殿さんが立ち上がった……果物ナイフを手にしたまま。


「輿水さん、あなたにはがっかりしました。茂久市の不良たちの手を借りようとするなんて……おかげで夜羽君が大怪我を負ったじゃないですか」

「違うよ、ミトちゃんは僕が不甲斐ないから相談しに行ったの! 稲妻さんは僕に発破かけるためにわざとあんな事を……」

「夜羽君自身が弱くても、全く問題はありません。炎谷ぬくたにがついていますし、私に相談してくれれば、あんなチンピラ程度、全員川に沈めてやりますわ」


 杭殿さんの糾弾に、いつもより強い調子で反論する夜羽。それに対する杭殿さんが物騒過ぎる。稲妻さんが杭殿の家はモノホンだと言ってたけど……マジなのか。


「とにかく、こんな危ない目に遭わせるのであれば、婚約者としてお二人の交際には反対せざるを得ませんわ。輿水さん、夜羽君と別れてもらえますよね?」


 杭殿さんからの要請は、本来婚約話が出た時点で言ってもいい話だった。愛人がいてもいいとか言ってたから、完全な政略結婚というわけでもなく、ここ数日の付き合いでそれなりに情が沸いたのだろうか。


(絶対、渡さないけどね!)


「「嫌」」

「よ、夜羽君!?」


 私の声に被せるように、きっぱりと夜羽が拒絶を示した。今までは流されるままだった夜羽の反抗に、杭殿さんは驚きで目を丸くしている。


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