第12話

「さっき夜羽が……おかしくなってた夜羽が、自分は角笛組の社長 (正確には首領ドン)の息子だって言ってましたけど……本当なんですか?」

「ええ、フカシではありませんよ」


 フカシって言ったよ、この人!

 ええっと……その社長が『赤眼のミシェル』とかいう人って事は……


「じゃあ、実は夜羽って、ヤ…」

「美酉さん」


 炎谷ぬくたにさんが私の言葉を遮ってきた。有無を言わさぬ威圧感だ。


「現在『暴力団』とされる反社会的組織の内、純粋な日本人は一割に過ぎません。角笛組はれっきとした建築企業ですよ」


 なに言ってんの、炎谷さん!?


「でも伝説がどうのこうのって……」

「ああ、夜羽坊ちゃんのお父上、角笛観司郎みしろう社長の学生時代のあだ名ですよ。あの方も若い頃は相当ヤンチャしてまして……今でも私の憧れです」


 それは知りませんけど。と言うか、憧れって事は炎谷さんもそっち系の人なのね。物静かなナイスミドルで、とても元ヤンには見えないんだけどな。

 私の後ろで小動物のようにプルプル震えている夜羽を見遣る。炎谷さん以上にこいつが信じられんわ。


「それで、炎谷さんは……夜羽を伝説のヤンキーにしたくて鍛えてたんですか?」

「いいえ、そこまでは。私は兄貴……社長から、坊ちゃんを託されていたのです。古くからの恋人を日陰者にしなければならなかった後ろめたさもあり、せめて坊ちゃんだけは不自由な思いをさせたくないと。

ですが本当の親ではない私にできる事には限界があり……結果、坊ちゃんは一人では何もできないヘタレになってしまいました。このままでは美酉さん、幼馴染みのあなたにも見限られると、坊ちゃんを一人前の男にすると決意したのです!」


 いや、まあ私もそう思ってたよ? このままじゃ良くないって。でもちょっと……いやだいぶ極端じゃない? なんでサングラスかけただけであれだけ豹変すんのよ。曰く付きか何かなの、あれ?


「実は中学の時、鍛えた甲斐があり、いじめっ子を撃退した事がありまして。ところがそのうちの一人が一時的に危険な状態になりましてね。運よく息を吹き返したものの、それ以来坊ちゃんは人を傷付ける事がトラウマになり、それまで以上に人と接するのを拒むようになりました」

「……っ」

「そんな事が……」


 その時の事を思い出したのか、夜羽の目にじわっと涙が滲む。全然知らなかった……夜羽が怖いのは傷付く事じゃなくて、傷付ける事だったんだ。彼が人一倍優しいのは、誰よりよく分かっているつもりだったのに。


「それでも、無抵抗のままエスカレートしていけば、大切な者も守れないかもしれない。ですからあくまで護身のためとお伝えした上で、坊ちゃんには喧嘩に勝つ術を学んでいただきました。いかに後遺症を残さずに倒すか、力を使わずとも相手の心を圧し折るか……結果、やや凶悪な方向に特化していきましたが。


坊ちゃんはそのような手段に出る事を望まれませんでした。心優しい坊ちゃんは少しでも相手を傷付ける事に躊躇いがありましたし、何よりできるのかどうか自信がないのだと。

だから私は、お父上のサングラスをお渡ししたのです。どうしようもなくなったら、『赤眼のミシェル』に助けてもらいなさいと」


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