第3話

「う、うぅ……ぐすっ、ふえぇーん」


 気合い充分で出て行ったものの、彼氏の浮気発覚で速攻破局し、何となく家にも帰りづらかった私は、人気のない公園の滑り台の中で号泣していた。動物型の滑り台は中がトンネル状態なので雨宿りやかくれんぼにも便利なのよね。


 それにしても、初めて付き合った彼氏が二股野郎なんて、きっついわー。いや二股どころじゃない、何股? とにかく結婚とか契約が絡んだお付き合いには向かない人だわ。あんな最低下半身男だったなんて……今更だけど触られまくってたのが気持ち悪い。まだキスもされなかったのは奇跡よね。


「っくしゅ」


 寒い……おしゃれ重視に薄着してきたのは失敗だったわ。夜羽の言う通り、あったかい方の上着、着てくればよかったな。あーあ……


「美酉ちゃん」


 その時、滑り台の外から覚えのある声が聞こえた。袖で目元をゴシゴシ擦ってから顔を出すと、そこには――


「夜羽!? あんた何でこんなとこに……」

「美酉ちゃんがこっそり泣く時はいつも、ここだから」


 恥ずかしさで顔が赤くなった。そうだ、小さい頃から人前で涙は見せたくなくて、いつもここに駆け込んでた。夜羽には、知られてたんだ……(ちなみに夜羽は人前でも平気でぴーぴー泣く)


「寒いんじゃないかって思って、あったかい方の上着とタオルと……あと、ティッシュ要る?」


 至れり尽くせりだ。まるで私がすぐにここに来るのが分かっていたような――


「あんたは知ってたの? ヒロシ先輩が人だって事」

「うん……と言うか、付き合い始めの頃に何度も言ったよ。先輩には良くない噂があるって。でも全然聞く耳持ってくれなかったじゃないか。噂で人を決め付けちゃいけない、付き合ってみれば分かるって」

「う……」


 確かに言ってたわ、そんな事。実際は上手く手の平で転がされてて、都合の悪い情報は入らないようにしてたわね……先輩の言う通り、恋に夢見てたから。


「しかも人の心配するなら、自分も彼女作ったら、なんて余計なお世話な事まで……」

「ううっ」


 言った! だけどね、それは夜羽が心配だったからでもあるのよ。高校生にもなって気弱で泣き虫で……いいように使われてる夜羽は、昔と何も変わらない。いじめられていたら、いっつも私が庇ってあげてた。だけど、いつまでも面倒は見てあげられないでしょう?

 彼氏ができたのは、いいきっかけになると思ったのよ。私がいなくても、一人でやっていけるように。だけど……


「夜羽は、私がいなきゃ困る?」

「うん?」

「ヒロシ先輩と付き合うって言った時、寂しかった?」

「そりゃ……美酉ちゃんは、小さい時からずっとお隣さんだったし、家族みたいなものだからね」


 そうだ、夜羽の家にはお手伝いさんが一人だけ。お母さんは体が弱かったみたいで、夜羽を産んですぐに亡くなったって聞いた。お父さんの事は……よく分からない。離婚か死別か、とにかく訳ありみたいで。裕福な家らしくて遺産には困ってないようだけど、通りすがりの家族を見かけては寂しそうにしているのは感じていた。

 そんな孤独な夜羽を、うちは何かとお誘いしては一緒にご飯を食べたりお泊りしたりと、家族のように接してきた。だから私と夜羽は、同い年だけど姉弟みたいなものだと思う。


(そりゃ姉が悪い男に騙されてたら、心配にもなるよね……)


 反省した私は夜羽から差し出された上着とタオルと受け取り、水飲み場で顔を洗うと手を繋いで夜羽の家にお邪魔した。そこでお手伝いの炎谷ぬくたにさんが入れたココアを飲み、お母さんに連絡しようとスマホの電源を入れると、先輩から鬼のようにラインや着信履歴が入ってて、うへぇっとなった。

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