第44話 新たな依頼を前に、抱き枕にされます。


ヤマタウンへの遠征も終わり、ライトシティへ帰ってきて数日後。


「……そっか、もうそんな時期か」


ギルド内ラウンジの一角。

俺は思わず、こう呟いてしまっていた。


「どーしたの、ヨシュア。もぐもぐ。感傷的な気分ってやつ? もぐもぐ」


季節の移ろいを感じたのは、リスのごとく、乾燥チーズをかじるミリリを見てでは、もちろんない。

むしろ彼女は年中不変まである。


かといってセンチメンタルになっているのでもなくて、


「……たしかに早い。前に受けてからもう半年も経つなんて」

「ほんとに。もはや遠い記憶だよ」

「うん。……懐かしい。冒険者ランク昇格試験だなんて」


隣の席、ソフィアの言う通りであった。


木々がその青々しさを増し、太陽が日に日に高度を増す今日この頃である。


「あの時のヨシュアくん、すごかった」

「……なにがだよ、ソフィアと同じCランク試験だったろー」

「だから、すごいの。本当はもっと強いのに、うちらのレベルに完璧に合わせてたから」


見抜かれていたと思えば、少し恥ずかしい。


「……手抜きって言われるやつじゃね、それ?」

「ううん。あのレベルまで合わせるのは、むしろ才能」

「ま、まぁ。そう言ってくれるのはありがたいけどさ」


照れ臭さもあって、俺はここで話を元へ戻すこととする。


そもそも試験が話題に上ったのは、とある依頼があったからだった。


「『次のランク昇格試験に臨みたいから、臨時パーティーを組んで欲しい』……だっけ? 内容って」

「そう。歳上の女の人。Aランク昇格試験を受けるって言ってたから、かなり強いのかもしれない。

 でも、パーティーを組む人がいないみたい」

「なるほどねぇ。試験は、団体の部門もあるもんなぁ。そこ通らないと、個人部門は受けることもできないし」


冒険者ランク昇格試験は、年に二回、ギルドの主催で開かれる。

開催時期が限られているため、そのタイミングで、ちょうど仲間がいなければ出場できない。


ただでさえ、冒険者の減少が叫ばれている時代である。一度はぐれ者になると、次のパーティーを探すのは難しい。


今回の依頼人も、そんなうちの一人だったのだろう。


「そういえば、今回の依頼人も女の人、か」

「……それがどうしたの」

「あー、いや、男の人からの依頼ってあんまりないなと思ってさ」


正確にいえば、とくにソフィアが受付担当になってからだ。

ミリリも、たしかに〜と相槌を打つ。


「……もしかして、ソフィア」

「断じて、怖いわけじゃない」


怖がってるね、これ。うん。

サンタナに襲われかかったこともあるのかもしれない。


幸い、選ばなくてはならないほど依頼がきているため、仕事がなくなることはないが……。


「いつかは克服した方がよさそうな話だなぁ、それ」

「……大丈夫。ヨシュアくんは怖くないから」

「それ、大丈夫の範疇狭くない? てか、怖がられてたらびっくりだよ」

「むしろ、落ち着くぐらい。……あ。ヨシュアくんとくっついたままだったら、男の人とも話せるかも」


そう言うと、ためらいなく俺の肩に頭を預けてくる長髪美女幼なじみさん。


すん、と鼻の鳴る音がした。


……始まってしまったらしい、匂いフェチが。


彼女は、極度のそれなのだ。一度嗅ぎ始めたら、散々堪能してしまう。


そして、この体勢では、俺の方にも彼女の甘い香りがむんむん漂ってきた。


まずいな、と思っていたら、


「わ、わ、ずるいよっ! ソフィアちゃん! 左肩は私がもらうもんっ」


ミリリまで参戦してきた。


「えへへ、ヨシュアの肩は枕より気持ちいいかも」「……ヨシュアくん、知ってる? 匂いの相性がいい人って身体の相性もーー」


おいおい、周りの目! すげぇ怨嗟の視線を感じるんだが……?


とりあえず、トンデモ爆弾発言をしそうなソフィアの口をまず塞ぐ。

もちろん、手で。


「えぇっと、大丈夫かしら?」


そんな風にわちゃわちゃしていたら、背後から声がかかる。


戸惑いの色が、少し日焼けした顔によく現れていた。

彼女が、今回の依頼人さんらしい。

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