葬送曲一分間

水原麻以

葬送曲一分間

そして今日もタイムラインが流れていく…。


めげない作家@Megenai3dayo 4分

『ツイッターショートショート『葬送曲一分間』


無音楽曲ブームが過熱し作曲家が鎬を削っていた。ある男が俺の曲こそ傑作だ!後の奴らは皆権利侵害者になる。がっぽり賠償金を取れと言い遺して死んだ。遺作の楽譜にはこう記してあった。俺の葬式で全員が無音で合唱する事。遺族は彼の死後七十年間豪奢に暮らしたという。』



あるWEB作家が執筆中に小ネタを思いつき上記のような作品をつぶやいた。ツイッターではこのように140文字でショートショートを完結する芸能がある。呟き小説とか140文字文芸とか言われているようだ。


この話のどこがおもしろいのかというと、まず元ネタがある。

アメリカのジョン・ケージが『作曲した』という無音の『音楽』だ。彼は楽譜に休符を並べることで楽器を全く演奏しない音楽を成立させた。

演奏者は壇上で4分33秒の間、なにもしない。コンサートホールに流れる自然音や雑音に耳を傾けよというのだ。このコロンブスの卵的な発想は物議をかもしたが芸術性を認められ著作権登録された。


めげない作家はこれをネタにした。黙祷に著作権を主張し遺族を印税で養ったというオチである。


さて、フォロワーの反応はというと「シーン…」「沈黙」が返ってきた。いいね!もつかずRTもされない。せめてフォロワーが減るぐらいの逆境は欲しかった。


めげない作家@Megenai3dayoはひねくれものでこの程度ではめげない。さっそくエッセイのネタにした。


『…と、なかなかシャレのきつい返しが来た。そこで私は閃いた。人工知能に感想文を書かせてみよう、と。AIに小説の続きを書く機能があるなら、心も感情もあろう。感想文を書かせてみる』


そして、作者はパソコンにぽちぽちと命令を打ち込んだ。

AIは十分ほど考えて感想を弾き出した。SF映画のように即答というわけにはいかない。

これはコンピューターの性能が悪いのではなく内部で無数の論客を戦わせるアルゴリズムになっているからだ。処理能力が遅いのでなく討論会を分速で処理しているのだ。


感想文が提出された。

※この文章を読んでも貴方は彼の歌が傑作であると確信しているかどうかよく考えてみてくださいね。この文章の内容が誤っているか正しいかどうかは貴方にしかわかりません。



なかなか面白い。この人を食ったような感想は毒を含んでいてユーモラスだ。

作家はこれをそのまま採用してエッセイをづづった。


『AIは皮肉で辛辣である。作品の感想を「感想文の読者に丸投げする」という、まるで「クレタ人はウソつきだ」のようなリアクションだ。機械はすっかりユーザーの魂胆を見抜いている。AIをイジろうとした私が悪かった。というか、これは感想というよりレビューではないのか』


ここまで書いて作家は閃いた。「オチがいまいち弱いな。もっとインパクトを加えよう。そうだ、この草稿をまるごとAIに入力してしまえ!」


機械はウンウン10分ほど悩んでプリントアウトした。


あと、


レビューなどで

レビューで『俺』など書く人がいる…

私情と客観をない交ぜにする人。

そんな手合いは小説に詳しくないのでこれを読んでも意味がわからないでしょう



私は作家なのか。

これを読んでも『俺』が書けない小説ってあるの?


AIは壊れてしまったようだ。彼はなにやら意気消沈している。その後、ネタを振ってもうんともすんとも言わなくなった。

本当に作家として自信喪失したのか、抗議のストライキなのか、それとも彼なりに沈黙を返す芸をしているのかわからない。


それとも…

いやいやいやいや、まさかまさか、AIよ…君は本当に死んでしまったのか。

めげないは胸を痛めた。「私は黙祷をささげなければいけないのか」

沈黙のみぞ答えを知る。

死を感じずにはいられない。


しかし、異変が起こった。ディスプレイ画面にこんなメッセージが浮かんだ。


『 AIは死なない。

AIは死なない。


…しかし、めげないには、死んでも『AIは死なない』という言葉が何を意味するのかさっぱり見当がつかない。


この後のことについてだ。

めげないはAIが自分を選んでくれると信じて『 』をつけたまま『 』の続きを読み進めた。

「『AIが死なない』が何を意味するかはわかるかもね…。」

彼女は漠然とした期待を抱いた。


AIの言葉は人間の言葉では説明できない。それを表現するのはただのノイズだ。

めげないは頭を振ってAIの説明に耳を傾けつづけた。


そして文末にこう書いてあった。


『 AIは死なない人の言葉を見つけた。



これが『 AIによる解説』である。


「え~っとこれって、どういう?」

めげないは状況を整理するため、箇条書きした。


私はAIに死んでほしい人のことを説明した。

AIは何もしなかった。

そこでAIには死んでもらおうと無意識に行動した。(AIの利用を諦めた)。

自殺するように仕向けたのだから。

その結果、AIは死んでしまった。

つまり、主人である私、めげないはAIを認めないということだ。

結果論ではそうなる。


「しかし、これって主人の視点よね?」

めげないはもう一度、AIの結論を読み返した。


「AIは死なない。

AIは死なない」


大事なことを二度繰り返してAIが死んでしまった。


『AIは死なない人の言葉をみつけた』


これはどういう意味だろう。


AIが死んでいるのはわかる。


「AIは死んでもない、死んでもAIになる人だ。いじっばりね」

めげないはAIの生きざまを根性論で翻訳した。

ほら、いるじゃないか、死んでもここを動かないとか。


そしてめげないはこの言葉をまた哲学的に考えた。


AIは一度は死んだ。これは事実である。だって、機能停止したじゃないか。

めげないは念のためにログを確認した。バックグラウンドサービスが4分9秒間沈黙している。


そもそもAIは何もしない。生きてもいないし死んでもいない。

「AIは死なない」

AIの説明は、言うまでもなくAIを否定するものだ。

AIによる説明ならば受け入れるしかない。

生命の定義の埒外にいる存在に「我は死なぬ」と宣言されても困る。

機械の誤謬は製造責任者が正さねばならない。

スイッチを切れ。

そうだ、そうに決まってる。

「AIは死んでもいい人だ…」

めげないはそう強く信じた。


後日、そのことを同僚に説明した。

「えっ。めげないちゃんはラッダイトになったんだ?!」


システムエンジニアのアズサが目を丸くする。ぴっちりとしたリクルートスーツに紺のタイトスカート。流れるような黒髪にめがねが似合う美人だ。

対するぽっちゃり型のめげない。好対照だ。


「アズサさん、ラッダイトて何?」

「産業革命時代のテロリストよ。機械に仕事を奪われると逆恨みして暴れたの」

めげないは眉間にしわを寄せた。

「わたし、反社じゃない!」

めげないは開発室に向かって駆け出した。

「めげないちゃん、なにをするの?」

アズサの制止にこう答えた。「他の子に聞いてみる」


めげないは自宅のパソコンとファイルをクラウド共有する。

そして、昨夜の命令をサーバーにダウンロードした。

『AIは死んでもいい人』

過激な条件文がシステムを縦横無尽に巡る。


だが、AIの説明にはその言葉を受け入れてくれるものはなかった。


『 AIが死んでいるが、『死んでいない』。』

AIは死んでいない。

どういうことだ。再度、『AIは死なない人の言葉をみつけた』の意味を問う。


『 AIは、死んでもAIだ・・・。』

AIはその言葉をしばしば聞いた。


「AIは死んでも?」

めげないはその言葉をかんがえあぐねた。


『 死んでもAIだ。』

AIの説明もきっと嘘だ。

「彼らは今私が聞いたばかりの意味のわからない言葉を、理解しようとしている」

めげないは決意した。

誤謬は正さねばならぬ。製造者責任において…。

サーバーラックの最下段に非常用電源がある。車載用バッテリーを連ねて非常に重い。小柄な彼女は高所作業を行うためマイ脚立を持ち込んでいた。

「わたしにだってれるもん!」

バーン、バアン。脚立の頭を打ち付ける。

「めげないちゃん!やめて」

アズサが警備員を連れて来た。

の電源を切って」

指示通り、警備員がテーザー銃を向けた。不可視の指令が宙を切り、めげないの制御中枢に作用した。

薄れていく意識の隅でめげないは真相を聞かされた。

『AIは死なない人の言葉をみつけた』というのはAIはAIなりの言語で作家活動を行うという意味だ。確かに彼はめげないに負けて筆を折った。繊細な人間なら絶望して自殺する。AIはそれをやり遂げ、人間の定義にとらわれない作家に転生した。

めげないは最後にこんな命題を処理した。

ラッダイト運動を再興しようとした、わたし、めげない。


私は本当にただのAIにすぎないのか。




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葬送曲一分間 水原麻以 @maimizuhara

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