第33話 日頃の感謝

 ある日の開店前。

 アーリアは胸をドキドキさせながらカウンターの中に立っていた。


「――じゃあ、ギムレットをお願いしようかな!」

「は、はい! では、少々お待ちください!」


 そう言うと、アーリアはまずカクテルグラスを冷凍庫にしまった。

 続いてシェーカーを用意し、慣れた手つきでジン、ライムジュース、シュガーシロップを順に量り入れていく。

 それらをバースプーンで軽くかき混ぜると、少し掬って手の甲に垂らしてから口に含んだ。


(うん、バッチリ! 後は……)


 アーリアは小さく頷き、シェーカーに氷を満杯に詰めた。

 直後、パーツをしっかりと被せると、大きく深呼吸してから胸の前でシェーカーを振り出した。


 小気味いい音が店内に響くこと数秒。


 アーリアはピタリと動きを止め、冷凍庫から取り出したカクテルグラスを差し出す。

 そして雫の目の前でシェーカーの中身を注いだ。


「お待たせしました! ギムレットです!」

「うん! じゃあ早速――」


 雫がグラスを口に運ぶ。


(ど、どうかな……)


 緊張しながら待っていると、やがて雫は大きく頷いた。


「よし、合格!」

「ほんとですか?!」

「うん! これならお客さんにも出せるよ。これからドリンク作りは基本的にアーリアちゃんに全部任せるね」

「は、はい! わかりました、頑張ります!」


 アーリアは見事テストに合格した。

 これで今後はシェーカーを使うカクテルも任せてもらえる。


 と、いうことは――


「……あの、マスター!」

「ん?」

「その……全部任せてもらえるようになったってことは、これで私も一人前になれたって思っていいでしょうか?」

「うん、もちろん! アーリアちゃんはもう立派なバーテンダーだよ!」

「……あ、ありがとうございます!! やったっ!」


 アーリアは笑顔を浮かべながら、両手で小さくガッツポーズを取った。

 これでかねてからの小さな夢を叶えられる。


「――さて、テストも済んだことだし、そろそろお店開けよっか!」

「はい! じゃあ私、ランプ点けてきますね!」



 ☆



 数時間後。

 店を閉め、仕事終わりの一杯を飲ませてもらったアーリアは帰路に就いていた。


 そうして夜道を歩き続けることしばらく。

 赤い屋根の家の前で足を止めた。

 アーリアの実家だ。


「おう、お帰り」

「お帰りなさい! すぐにご飯用意するね」


 ゆっくり扉を開くと、両親が明るい声で迎えてくれた。

 アーリアも笑顔で応えつつ、リビングのテーブルに着く。


 それから両親と色々なことを話しながら夕飯を食べ終えたところで、


「……お父さん、お母さん。あのね、実は今度お店に来てほしいんだけど……」


 アーリアが唐突に切り出した。

 すると両親はキョトンとして、顔を見合わせた。


 その反応も無理はない。

 何せドロップで働き始めた時、アーリアは両親から度々『店に行きたい』と言われていたが、それを断固として拒否していたからだ。


 だが、それは両親が店に来るのが恥ずかしかったり、雫に紹介したくなかったりといったネガティブな理由ではない。

 単純に半人前で頼りない自分の姿を見せるのが嫌で、店に呼ぶのは自分が一人前になってからと決めていたためだ。


「……お、俺達が行ってもいいのか?」

「うん! 私ね、今日――」


 恐る恐る聞いてくる両親に、アーリアはこれまで「絶対に来ないで!」と言っていた理由について説明した。

 それを聞いた両親は大層嬉しそうな表情を浮かべ、早速明日ドロップに来ることに話が纏まった。


 その後、自分の部屋に戻ったアーリアは、両親に何を提供しようか考えながら眠りについた。



 ☆



 翌日。


「うん、美味しい!」

「かぁー、美味え! やっぱこれよ!」


 晴れて一人前のドリンカーになったアーリアは、その役目を順調にこなしていた。


(ふぅ、よかった!)


 客の上々な反応にホッと一息つき、雫が洗ったシェーカーに手を伸ばす。

 それをタオルで拭いていると、店の扉がゆっくりと開かれた。


(あっ!)


 そこに立っていたのは人間の中年の男女。

 アーリアの両親だ。


「「いらっしゃいませ!」」


 雫と共に元気な挨拶で出迎える。

 すると、父がこちらに向かって「よっ!」と手を上げた。


「あっ、もしかしてアーリアちゃ……アーリアさんの?」

「ええ。いつも娘がお世話になっております」


 父は雫に向かってそう言うと、母と一緒に深々と頭を下げた。


「あ、いえ! こちらこそ、アーリアさんにはいつもお世話になっております!」


 そんな二人に、雫が慌てた様子で頭を下げる。

 そうしてひとまずの挨拶が終了したところで、雫が二人をカウンター席に案内した。


「お父さん、お母さん、いらっしゃい! 最初の一杯は私に任せてもらっていいかな?」

「ああ、それはもちろん!」

「楽しみだわ!」

「ありがとう! じゃあ、ちょっと待っててね!」


 そう言うと、アーリアはカウンターに普段使っているものよりも一回り大きいシェーカーを置いた。

 そしてバーボンウイスキー、レモンジュース、ライムジュース、グレナデンシロップ、シュガーシロップを順に量り入れていく。

 それらをバースプーンでしっかりかき混ぜ、味に問題がないことを確認すると、氷を満杯に詰めた。


(よし!)


 心の中で気合いを入れてから、アーリアはシェーカーを前後に激しく振りだした。


 その様子に両親は「おー!」と感嘆の声を上げるも、アーリアはシェーカーから視線を外さない。

 集中している証拠だ。


 十秒ほどかけてシェークを終えると、棚からコリンズグラスを二つ取り、中身を均等に注ぐ。

 続いてシェーカー内の氷をグラスに移し、両方に炭酸水を加えると、一つずつバースプーンで軽くかき混ぜた。


 もう一度味を確認してみると、抜群の出来。

 これでカクテル――カリフォルニアレモネードの完成だ。


 アーリアは小さく頷いて、グラスを両親に差し出す。


「お待たせっ! はい、どうぞ!」

「おっ、できたか! それじゃ、早速!」

「頂きます!」


 二人は軽くグラスを打ち付け、そのまま口に運んだ。


「おお……! こいつは凄い!」

「アーリア、これとっても美味しいわ!」


 少しして、両親は笑顔を浮かべながらそう言った。

 その言葉にアーリアは胸を撫で下ろす。

 そして深呼吸してから口を開いた。


「よかった! ……それでね、実はそのお酒には『永遠の感謝』って意味があるの」


 先日、アーリアは雫にカクテル言葉が書かれた本を読んでもらい、その時にカリフォルニアレモネードのカクテル言葉が『永遠の感謝』であることを知った。

 そして昨日、両親に何を提供しようか考えている時に、ふとそのことを思い出した。


 そこでアーリアは思い付いた。

 日頃の感謝の気持ちを込め、最初の一杯は『永遠の感謝』というカクテル言葉を持つ、このカリフォルニアレモネードを提供しよう、と。


「永遠の……感謝?」

「うん。……お父さん、お母さん。これまで私を育ててくれて。冒険者を辞めて、バーで働きたいって言った時も二つ返事で許してくれて。……色々と本当にありがとう!」


 アーリアがそう伝えると、両親は驚いたような表情を浮かべる。

 そしてすぐに笑った。


「なーに、バカなこと言ってんだ! 親なんだから、そんなことは当たり前だ!」

「ほんと、この子ったら!」


 そうは言いつつも、両親は大層嬉しそうだ。

 そんな両親の様子にアーリアはもちろん、隣で会話を聞いていた雫も幸せな気持ちになった。


「えへへ。さっ、お父さん、お母さん、次はどんなの飲みたい? 色々作れるから、何でも言ってみて!」

「んー、そうだなぁ。……あっ、じゃあ――」

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