第26話 天職

「あ! ラミさん、どうも!」

「お久しぶりっす! 今日は仲間を連れて来たっすよ!」


 ラミはこの<バー ドロップ>の魔道具を取り付けてくれたウサギの獣人だ。

 お客さんとして来るとの言葉通り、店をオープンしてからちょこちょこと来店してくれている。


 もっとも、最近はご無沙汰であったが。


「ありがとうございます! ……それでは、そちらのテーブル席にどうぞ!」


 客が来たというのに、アーリアは四人を席に案内しない。

 そんなアーリアの様子に違和感を抱きながらも、雫は彼女らにテーブル席へ座ってもらうよう、カウンターの中から案内した。


 すると、ラミを除く三人はアーリアのほうをちらちらと見ながら、ぎこちなく席に腰を下ろす。


(もしかしてアーリアちゃんと何かあったのかな……)



 ☆



 一方、アーリアはまさかの客の来店に驚きのあまり、呆然としてしまっていた。


 彼女らは冒険者パーティー<タンポポの花>の面々。


 リーダーである人間の魔術師――メリル。

 狼の獣人の剣士――エリベール。

 猫の獣人の治療士――パスカ。


 元パーティーメンバーだ。


「――ちゃん、アーリアちゃん!」

「は、はいっ! あ、すみません……」


 アーリアは雫に声を掛けられたことでようやく我に返った。


「……アーリアちゃん、大丈夫? もしかして、あのお客さん達と前に何かあった? それなら無理しないで、もう帰ってもらっても」

「いえ、全然大丈夫です! 彼女達は前に話した元パーティーメンバーで、ちょっと驚いただけなので」


 小声で問いかけてきた雫に同じく小声で返す。

 すると、雫は何やら難しそうな顔を浮かべた。



 彼女達とは別に喧嘩した訳でも何でもない。

 なので、普通に接することができるはずなのだが、アーリアは何となく気まずさを感じていた。


 三人も同じなのか、こちらに目を向けてはすぐさまテーブルに視線を落としている。


「そ、そう。じゃあ僕は注文を聞いてくるから」


 雫は耳打ちして、テーブル席へ向かっていく。


「それではご注文をお伺いします! 何か好きなものとかおっしゃって頂ければ、こちらでお口に合いそうなものをご用意しますので!」

「あ、自分はいつものアレでお願いするっす!」

「はい、ミスティアのモーニスタイルですね! 他のお客様は――」


(ど、どうしよう。私から声を掛けたほうがいいのかな。でもなんて言ったら……久しぶり? こんにちは? えーっとえーっと……)


 今のアーリアは、まさに心ここにあらず。

 彼女達のことを変に意識するあまり、雫がカウンターに戻ってきたことにすら気付いていない。


「アーリアちゃん、本当に大丈夫……?」

「あ、は、はいっ! すみません、大丈夫ですっ!」


 ビクッと身体を震わせながらそう返すと、雫は苦笑いしながら言葉を続けた。


「そっか。注文、全部アーリアちゃんに任せられるものだったんだけど……どうする?」


 その雫の言葉を聞いて、アーリアは思いついた。


(そうだ、私は今日から……。よし!)


 今の自分はいっぱしのバーテンダー。

 かつての仲間達に、こうして立派に働けている自分を見てもらいたい。


 そんな気持ちから、アーリアは平常心とやる気を取り戻した。


「……作ります。作らせてください!」

「うん、それならお願いするね。それじゃあ、作るお酒なんだけどミスティアのことは覚えてる?」

「はい、もちろんです!」

「なら、スプモーニのカンパリをミスティアに変えて作ってくれるかな。ミスティアにグレープフルーツとトニックウォーターってことね」

「わかりました!」


 ミスティアとは、マスカットのリキュールのこと。

 以前、雫に教えてもらってからというもの、アーリア自身も強く気に入っているフルーティーで甘い味わいの酒だ。


「それで他の三つなんだけど――」

「あの、マスター! みんなの好みは私わかります! なのでその、何を作るかは私に任せてもらえませんか?」


 雫の言葉を遮り、アーリアは力強くそう言った。


 彼女達とは長い付き合いだ。

 好きなもの・苦手なものなんかは全て知り尽くしている。


「……わかった、なら任せるよ」


 雫はそんな彼女の気持ちに応えた。 


 何、もしも提供したドリンクが口に合わなかったのなら、その分の代金は取らずに自分が作り直せばいい。

 そう考えたためである。


「ありがとうございます! それじゃあ、私は早速!」


 言い終わると同時、アーリアはコリンズグラスを4つカウンターに並べる。

 その内の一つにライムを絞り入れてから、全てのグラスに氷を入れた。


 続いて、アーリアは陳列棚から薄緑色のキュートな外観のボトル――ミスティアを手に取り、グラスへ量り入れる。

 そこにグレープフルーツジュースとトニックウォーターを加えて、バースプーンで軽く攪拌。


 これで先ほど雫から伝えられた、ラミの分は完成だ。


 後は元メンバーの分。


(リーダーはジンジャーエールが大好きだから……)


 冷凍庫からウォッカを取り出し、ライムを絞ったグラスに量り入れた。

 さらに炭酸が飛ばないよう、慎重にジンジャーエールを加えてサッと混ぜれば完成。


 メリルの分のモスコミュールである。


 そんな彼女の一連の動作を<タンポポの花>の面々はテーブルから顔を突き出し、興味津々といった様子で眺めていた。


(エリベールさんはああ見えて、意外と甘いのが好きだから……うん、これだ)


 次に手にしたのはピーチリキュール。

 それをグラスにしっかりと量り入れてから、オレンジジュースで満たす。


 炭酸を加えていないため、しっかりとステアをしてから味見。

 ちゃんと混ざっていることを確認できたところで、甘々としたフルーツカクテル――ファジーネーブルの完成だ。


(パスカちゃんは……どうしよう。オレンジとグレープフルーツ、それに炭酸も使えないし……)


 パスカは好き嫌いが激しく、柑橘系と炭酸はアウトだ。加えてミルクとベリーもダメ。

 こうなると、作るドリンクはかなり限られてくる。


 アーリアは手元に置いてあるレシピを指でなぞりながら、彼女でも飲める酒を探した。


(あ! これだ!)


 直後、アーリアが手に取ったのはマリブ。

 トロピカルな味が際立つ、ココナッツのリキュールだ。


 それをグラスに量り入れ、そのお相手にパイナップルジュース。

 確か以前、パスカはパインジュースを普通に美味しそうに飲んでいた。

 なので、これなら問題なく飲めるだろう。


 よくかき混ぜてから味を見ると問題なし。晴れてマリブパインの完成だ。


 これで4種のドリンクが出来上がった。


 アーリアはその様子を黙って見ていた雫のほうに視線を抜けると、彼は大きく頷いた。

 問題ないということだろう。


「マスター、私が持っていきます!」

「うん、じゃあよろしく!」


 トレーに4つのグラスを乗せ、ドキドキしながらゆっくりとテーブル席へ。


「お待たせしました! 三人ともお久しぶりですっ! それとお客様は初めましてですね!」


 挨拶をしながら、アーリアはそれぞれにドリンクを提供していく。


「そっすね! 自分はラミっていうっす。よろしくっす!」

「はい、よろしくお願いします!」


 丁寧に頭を下げてくるラミに対し、アーリアも深く頭を下げて答えた。


「あ、ああ。久しぶりだな、アーリア」

「……ですね! ここで働いてらしたんですね」

「……仕事……見つかってよかった……」


 その直後、エリベール・メリル・パスカの三人が気まずそうに声を掛けてくる。


「ん? みんな知り合いだったんすか?」

「ま、まあな! よ、よし、じゃあ飲もうぜ! ほら、乾杯だ!」


 エリベールは話を逸らすように、唐突に乾杯の音頭を取った。

 それに続くようにしてメリルとパスカもグラスを取り、互いに打ち付ける。


「乾杯っすー!」


 そんな不自然な様子のエリベールを気にも留めず、ラミは豪快に喉を鳴らしながらカクテルを呷る。


「ぷはぁ、やっぱりこのお酒は美味いっすねー!」


 ひと呼吸置いて、他の三人もグラスに口をつけると、


「……おい何だよ、これ。めちゃくちゃ甘くてめちゃくちゃ美味えじゃねえか!」

「これは私が好きなジンジャーエール……。それも普通に飲むのよりも断然美味しいです!」

「……美味……これ、好き……」


 それぞれが違った表現でポジティブな感想を述べた。


「お、お口に合ったようで何よりですっ!」


 アーリアは雫の真似をして言葉を返す。


(やった!)


 気に入ってもらえたことに安堵しつつ、胸が喜びでいっぱいになる。


「で、みんなはどういう関係なんすか?」


 そんな中、ラミは再び話を戻した。

 その疑問にアーリアが何気なく答える。


「私は元冒険者で、前に三人とパーティーを組んでもらっていたんです」

「あっ! あなたが噂の元メンバーだったんすか! メリル達から色々聞いたっすよー!」

「……噂?」

「ラミ、よしなさいっ!」

「はいっす! 何でも元メンバーは本当に良い子だったけど、冒険者としてはテンでダメだったって!」


 制止するメリルを無視し、ラミは平然とそう口にした。

 その瞬間、場が凍りつく。


(冒険者としてはテンでダメ……やっぱりみんなそう考えてたんだ……)


 喜びから一転、アーリアは一気に悲しみに包まれた。

 そんなアーリアに追い討ちを掛けるように、ラミが言葉を続ける。


「でも、冒険者に向いてなくて本当によかったっすね!」

「――おい、ラミ! てめえ、いい加減にしろ!」

「え? 何がっすか?」

「……あまりにも……無神経すぎ……」


 エリベールとパスカに責められたラミは、さも不思議そうに小首を傾げながら口を開いた。


「えー、だってあんなにもカッコよく、それでいてこんなにも美味しいお酒を作れるんすよ? 多分誰にでもできることじゃないと思うんす。それってつまり、この仕事が天職だったってことじゃないっすか」

「天職……?」

「はいっす! だって今のあなた、凄く輝いてるっすもん! 羨ましいっす!」


 アーリアはそう言われて、ハッと気が付いた。

 この素敵な仕事に就けたのは、冒険者に向いていなかったからこそ。


 ラミが言っていたのはそういうことだったのか、と。


「……まあ、確かに言われてみればそうだな。冒険者なんて泥臭い仕事するより、アーリアはこっちのほうが向いてるぜ」

「そう、ですね。先ほどお酒を用意していた時のアーリアは、これまで見てきた中で一番イキイキとしていましたし」

「……カッコよかった……凄かった……」


 ラミの言葉の真意に気付いたからか、三人は一転して彼女の言葉に賛同した。


「あ、ありがとうございます!」

「ん? お礼を言われることなんて何もしてないっすけど……。それにしても本当に美味しいっす、これ!」

「だな! なあ、アーリア。お前いつからここで働いてんだ?」

「えっと、三週間くらい前ですね!」

「アーリアちゃん、ちょっと……」


 エリベールの質問に答えた直後、雫から呼び出しが掛かる。


(あ、ちょっと話し込みすぎちゃったかも……。洗い物もしないといけないのに)


 アーリアは急いでカウンターに戻り、謝罪しようとした瞬間、


「アーリアちゃん、もう上がっていいよ。それでみんなと一緒に飲んできなよ!」


 予想とは正反対の言葉を雫から寄せられた。


「え? いいんですか?」

「うん! せっかくわだかまりもなくなったみたいだし、積もる話もあるでしょ? 後は僕一人で大丈夫だから」

「……マスター。ありがとうございます! お言葉に甘えさせてもらいます!」

「うん! じゃあ、アーリアちゃん何飲む? 今日は勉強とか考えず、純粋に飲みたいものを飲んでいって!」

「なら、ガルフストリームをお願いします!」

「了解! じゃあ後で持っていくから、みんなのところに行っておいで」

「はい!」


 アーリアは満面の笑みを浮かべながら、テーブルに移動した。


「皆さん、私もお邪魔していいですか? 今日はもう上がらせてもらったので!」

「あら! もちろんです! じゃあ、まずはお互いの近況報告といきましょうか!」

「いや、その前にお代わりだ! アーリア、今の酒は何つー酒なんだ?」

「あ、それは――」


 その後、五人は話に花を咲かせ、友として大いに盛り上がるのだった。

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