第22話 とある家族(前編)
ある日の夕方。
「「ありがとうございましたっ!」」
「おう、また来るぜ!」
兵士を引き連れたダグラス一行が退店し、<バー ドロップ>の客は0となった。
夕方はいつもこの調子なので、雫達にとっては束の間の休息タイムになっている。
「ふう、ピークは過ぎたね。いつも通り18時くらいまでは暇だろうし、ゆっくりと片付けよっか」
「はい! じゃあ、私グラスを洗いますね!」
「うん、よろしく! 僕はそれを拭いていくから!」
その後、雑談しながらグラスを片付け終え、アーリアにカクテルのレシピについて雫が教えていたところ、店の扉が開かれた。
「「いらっしゃませっ!」」
「これはどうも! えー、バー ドロップはこちらで合ってますでしょうか?」
そこに立っていたのは手に大きなカバンを持った、
その後ろには
恐らく家族であろう。
「はい、うちがバー ドロップです!」
「そうでしたか、それはよかった。あの、子供が居るのですがよろしいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ! では、こちらのお席へどうぞ!」
ショットバーに子供連れは断られることも少なくない。
だが、雫は特に気にしないので快く受け入れ、家族をテーブル席へと案内した。
「いやあ、すみませんねえ。今日だけはどうしても家族でここに来たかったので」
「いえいえ。今日だけはってことは、何か特別なことでもあったんですか?」
「はい。今日は私達の結婚記念日と娘の誕生日でしてね。たまの贅沢にと、噂に聞いていたこちらへ来させてもらいました」
その主人は娘の頭を撫でつつ、幸せそうな顔を浮かべた。
「おお、それはおめでたいですね! わざわざそんな大切な日にお越し頂き、ありがとうございます! あ、よろしければお祝いとして、最初の一杯はサービスさせてください!」
「そ、それは大変ありがたいですが……よろしいのですか?」
「はい! 当店からの些細な贈り物として!」
「ありがとうございます! ぜひお言葉に甘えさせて頂きます!」
主人は椅子に座ったまま頭を大きく下げ、それに釣られるように妻も頭を沈めた。
ひと呼吸おいて、その両親の様子を見ていた娘も真似して、ペコリと頭を下げてくる。
「はい! では、どういったお酒が飲みたいなどご希望はございますか?」
「あ、私はウイスキーという酒をお願いします! ここを教えてくれた人が『ウイスキーが美味い』とおっしゃっていたので!」
「はい、ウイスキーですね! それでは飲みやすいのとクセがあるの、どちらがいいかとかはありますか?」
「うーん、そうですねえ……。でしたら、飲みやすいほうで!」
「かしこまりました! 奥様と娘さんはいかがでしょうか?」
その後、妻から好みを聞き出すと、炭酸好きかつさっぱりとした味わいが好んでいることがわかった。
娘はレモンやライムといった、酸っぱいジュースが好きとのこと。
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
カウンターの中に戻った雫は、まずカクテルグラスを一つ冷凍庫へ。
続いてシェーカーを用意し、オレンジジュース・レモンジュース・パインジュースをそれぞれ同量ずつ量り入れた。
味見をして問題がないことを確認すると、パーツを被せて隅に避けた。
次にコリンズグラスとロックグラスを手に取り、カウンターに並べる。
それぞれに氷を入れると、コリンズグラスにスピリッツの一つ――ラムとグレープフルーツジュース。
ロックグラスにはスコットランド産のウイスキー――グレンリベットを量り入れた。
グレンリベットはバニラやハチミツの甘さが際立つ、滑らかな口当たりをした飲みやすい銘柄だ。
<バー ドロップ>ではこのウイスキーをハウスボトル――特に銘柄の指定がない時に使う酒として設定しているため、今回はグレンリベットを選択した。
それから雫はロックグラスの氷をバースプーンで軽く回す。
これにてドリンクが一つ完成。
次にラムとグレープフルーツジュースを入れておいたコリンズグラスに、トニックウォーターを炭酸が抜けないようゆっくりと7分目まで注ぐ。
後はバースプーンで軽く混ぜれば、カクテル――ソル・クバーノの完成だ。
少しすくって味を確かめると、爽快という言葉がピッタリと当てはまる、爽やかでさっぱりとした味わいが口に広がった。
二つのドリンクを作り終えたところで、避けておいたシェーカーに氷をたっぷりと詰める。
その後、胸の前で前後にシェークしていると、
「わぁ、みて! すごいよー!」
「本当ね! 何だかカッコいいわ」
女の子と女性の明るい声が耳に届く。
シェークを終えた雫は冷凍庫からカクテルグラスを取り出し、家族のもとへ。
「お待たせしました! では、娘さんから」
小さな女の子の前にカクテルグラスを置き、そこにシェーカーの中身を注ぎ入れた。
「わあ! きれー!」
「あ、あの、これはジュースなんですよね?」
「はい! 使っているのはジュースだけなので、ご安心を!」
きっと主人は、果物を絞ったジュースがそのまま出てくると思っていたのだろう。
それがシェークした上で洒落たグラスで出てきたのだ、酒と勘違いするのも無理はない。
しかし、今回雫が作ったのはノンアルコールカクテル――シンデレラ。
見た目は酒に見えても、アルコールは0.0%だ。
「そうですか! それならよかったです」
「はい! それでこちらが奥様の分で、これがご主人の分のウイスキーでございます!」
雫は言いながら妻にソル・クバーノ、主人にグレンリベットのロックを提供した。
「おお、これがウイスキーですか! では早速、乾杯!」
「かんぱーい!」
三人はグラスを打ち鳴らすと、揃って口へと運んだ。
「おいしー! おかーしゃん、これおいしいよー!」
「よかったわね! このお酒も凄くさっぱりしていて美味しいわ!」
「……これは何とも味わい深い。話には聞いていましたが、これほど美味いとは……」
三人とも気に入ったようで、雫も頬を緩める。
アーリアもそんな幸せそうな三人の様子を見て、カウンターの中で嬉しそうな顔を浮かべていた。
その後、それぞれのドリンクについて簡単に説明したところで雫はカウンターに戻った。
それからしばらく経ち。
「すみません! 同じ物をそれぞれもらえますか?」
一家からお代わりの注文が入った。
雫が再びグレンリベットのロック、ソル・クバーノ、シンデレラを手際よく作り、今度はアーリアが三人に提供する。
「これ、いままででいちばんおいしー!」
「ええ、本当に。この子も嬉しそうだし、今日は来てよかったわね。あなた」
「そうだね。今日くらいは色々と考えるのは辞めて、この幸せなひと時を素直に楽しもう!」
バー ドロップは優しい空気に包まれながら、ゆっくりと時が流れていった。
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