第14話 ハイ〇ースの乳首

★★★(ヒカリ)



 エロマニアの体内に、全く何の躊躇もせずに飛び込んだテスカさん……。

 さっきまで自分の事であれだけ臆病だったのに。


 他人のためなら、どこまでも勇敢になれる子なんだ……


 彼女の新しい一面を見つけ、私は高揚感を感じていた。


 すごい……すごいよテスカさん……!

 かっこいい……!


 テスカさんに体内に飛び込まれたエロマニアは。

 しばらく、慌てたように走り回っていたけど。


 突如停止し、苦しみ出し……


 ゲボオオオオオオオオオ!!


『ドア開いて、中身をゲロったわね。……見たまんまだけど』


 そう。テツコの言う通り。

 エロマニアは、両脇についている口を開け、中に閉じ込めていた女の子を吐き出したのだ。大量に。


 その中の姿には、クローバさんが居て……テスカさんも勿論居た。

 テスカさんは空中でくるくる回り、きっちり足から着地して、こっちに向き直った。


「ペルセポネー!」


 本名を言うわけにはいかない。

 だから、イハイパクトに込められている女神の名前でテスカさんを呼ぶ。


 ワーッと逃げ出していく他の女の子たちを尻目にひとり、テスカさんは仁王立ち。

 鼻を擦ってへへ、と男の子みたいな笑い方をして


「ヤツのハラん中で暴れ回ってやったわ。たまらず吐き出したようやね」


 どうだ思い知ったか。

 そういう風だった。


「すごい! すごいよ!」


 ただテスカさんを賞賛するしか出来ない私。


 エロマニアは大ダメージを負っていた。

 今こそ、畳みかけるとき。


 ため込んでいた女の子を、内部からのダメージでたまらず吐き出し、もうまともに動けなくなっている。


 今こそ、浄化技を出すときだ。


 私は髪からおりんスティックを抜き、意思を込めて長く伸ばす。


「おりんスティック……如意棒モード!」


 私の必殺の浄化技……天翔女閃あまかけるすっちーのひらめきを出すために。


 そのときだった……


 ハタと、気づいたんだ。


「……あのエロマニアの乳首ってどこ?」



★★★(テスカ)



「え?」


 あのエロマニアの乳首……?


 人間の形をしてへんのですし、乳首無いんちゃいます?

 そう、答えると。


「……そんな……まずいわ……」


 唇に手をあて、考え込む仕草をするヒカリさん。


 何故なのか?


 理由を聞いて、ウチは驚愕した。


 ヒカリさんの浄化技「天翔女閃あまかけるすっちーのひらめき」は両爪先、顎、両脇、両乳首を同時に打ち据えないと効果を発揮しない。

 そんなことを聞かされたから。


 ……そんな……


 天翔女閃あまかけるすっちーのひらめきにそんな弱点が……!


 そのときや。


「ハッハー! これはいいことを聞いたワン!」


 しもた!


 ウチらは自分らの迂闊さを呪ったわ。

 この戦場で、浄化技の弱点を話してしまうなんて……!


 勝ち誇ったように、口髭の人面犬……ノライヌエンペラーその2が言い放つ。


「お前らは、エロマニアに乳首が無ければ浄化できないのだなワン!? これは良いことを聞いたワン! エロマニア! 今のうちに回復しろワン!」


 よりにもよって、一番知られてはイカン奴に知られてしもうた!


 ど、どないすれば……!


 エロマニアは、ゲロ吐いて腹の中を空っぽにしたダメージから、徐々に立ち直ろうとしとった。


 まずい……! あいつ、足が速いから、回復されたら手ェつけられへんかもしれへん……。

 それに、もう自らウチの事を体内に入れさせたりはせんやろし……


 どない、どないしたら……


 そのときや。


 ウチは、地面を這うアリンコを見つけてしもた。


 何が切っ掛けになるか分からへんね。

 アリンコを見たとき、閃いたんよ。


 そうや! って。


 ウチはまだグロッキー状態のエロマニアの傍に生えてる、松の木に駆け寄った。

 街路樹として生えてる、立派な松の木や。


 急がな!


 吟味してる時間は無かった。

 思いついたまま、実行に移したんや。


 松の木の傍に寄り。ウチは魔法を発動させる。


 使う魔法は、2つ。


 操樹の術と樹育の術。


 植物を操る魔法と、植物の成長を早める魔法。


 この魔法を使って……松の木を伸ばす!


 松の木に触れ、魔力を流し、育成を早められた松の木は、伸びた部分を魔法によって操られ、まるで触手生物のようにエロマニアに絡み付いた。


 エ、エロマニアッ!?


 エロマニアは焦ってる。

 こいつに体力が戻れば、こんな拘束を引き千切って逃げてまうかもしれへん。


 そこまでが勝負や!


 さらに松の木を操り、グググッ、とエロマニアを持ち上げて…その裏側……腹側をヒカリさんに向けた!


 胸ってのは腹側についてるもんや!


 そして地べたを4つ足で走る生き物は、胸は下を向いとるもんや!


 つまりこいつの乳首は……


「イザナミ! こいつの乳首は、前輪と後輪の間、裏側……つまり腹側にあるはずですー!」


 ウチの考え、ヒカリさんは理解してくれはった。


 ウチを見て、ウンと頷き。


 如意棒モードをのおりんスティックを構え、空中を突っ込んでいき……


 次の瞬間、姿が消えて、エロマニアの背後に、背を向けた形で出現するヒカリさん


 目にも止まらぬ速さで、両爪先(後輪タイヤ)顎(バンパー下)両脇(フロントドア)を叩き、そして……


 前輪と、後輪。

 その中間より、やや前方。


 そこの直線状2点を突いた。


 見たわけやない。


 結果、エロマニアの浄化がはじまったので、ウチはヒカリさんの成功を悟っただけやねん。


 エロマニアアアアアアアアア!!!


 エロマニアが、輝く光に包まれて浄化されていく。

 後には、すっぽんぽんの鷲鼻の爺さんが残されとった。


 なんやあのエロマニア、爺さんが変えられとったんか。

 どんだけ絶倫やねん!


 てっきり、無軌道な若い奴が素体になってた思たわ!


「……くっ、覚えていろノラハンター! この屈辱は必ず晴らすワン!」


 そんな爺さんに気を取られている間に。

 ノライヌエンペラーはまた逃げてしまいよった。


 この前のハゲといい、今回のヒゲといい。

 ノライヌエンペラー、こいつらをなんとかせん限り、事態は収拾せえへんね……。



★★★(スーさん)



「スーさん!」


 ……ワシは……一体?


 ワシは目を開けた。

 何か悪い夢を見ていた気がする……。


 ここは……?

 ワシは一体……何をして……?


 目の前には釣り仲間のハマちゃんと、腰に刀と十手を差し、黒のキッチリした羽織を着こんだ、お役人が居た。


 ハマちゃんは、泣いていた。


「スーさん! 良かった!」


「ハマちゃん……ワシは一体……?」


「スーさんは、化け物になって暴れていたんス! それを、変わった衣装を身に着けた女の子が……」


 ハマちゃんは嬉しそうだった。


 そうか……ワシはあのとき、やはり化け物にされたのか……


 あの、人面犬の手によって……


 心配……掛けたな……


 ワシは泣いて喜んでくれているこの年の離れた友人に、感謝した。

 こんなワシの身を案じてくれるなんて……


 そこに


「話は済んだか?」


 ハマちゃんの後ろに控えていた、お役人がそう言った。

 なんだか、優しい顔に見えた。


「はい……ご迷惑を……」


「まったくだ」


 ガチャン。


 ワシとハマちゃんの手首に、木製の手錠が掛けられる。


 ……おや?


 役人は笑顔で言った。


「昏睡レイプ未遂の常習犯で、役所に何件も訴えが来ている。2~3年サドガ島で菜っ葉を食ってくるんだな」


 ……ワシらはそのまんま連行された。

 まぁ、火消しをしていれば、こんなことも……あるかな。


 フフッ。



★★★(テスカ)



 誰も見てへんところで変身を解き。

 ウチらは、ヨシミさんたちを探した。


 しばらく探したら……元のカフェテラスの入り口におったわ。


「ヨシミちゃーん!」


 ヒカリさんが、手を振りながら駆け寄る。


 ヨシミさんは気が付いて、手を振り返してきた。

 横には、クローバさんがおった。


 ……まぁ、ウチ個人としては、この人の事、そんなに嫌いやないねんわ。

 なんでやろね?


 ちょっと前までは、狂犬みたいに威嚇して、ちょっとでも差別を感じたら噛みついとったのに。

 ホント、何でやろ?

 ヒカリさんがおるからかな?


 だからまぁ、別に普通に見れた。

 まぁ、この状況でなお差別を全面押し出しはしてこーへんやろしね。


「お騒がせしてスンマセン」


 ウチは頭を下げた。


 理由はどうあれ、発端はウチや。


 クローバさんは一応、ウチには聞こえないように配慮はされてたわけやしね。

 突然トイレ切り上げて戻って来たウチが原因いえば原因なんやから。


 すると、ヨシミさんは


「そんな! 謝るのはこっちの方でしょ? ヒカリちゃんの友人に、失礼なことを言ったのはウチのクローバ……」


 そう言いはるんで、ウチも言ったわ。


「クローバさんは、ヨシミさんを守りたかっただけですから」


 そう。

 前も言うたけど、クローバさんの言動は、全てヨシミさんを守るためのものや。

 差別を愉しむとか、そういうものやない。


 ひょっとしたら、ウチがクローバさんの立場になったら、同じ事をしてたかもしれへん。


 そこは理解しとかんと。

 残念な事に、ウチの生まれは信用が無いから、第一印象はマイナススタートになるのはしょうがないと思わな。


 そうせえへんと、いつまで経ってもきっと差別されたまんまや思う。


 そう、思っとったら。


「……申し訳ございませんでした。反省致します」


 ……ちょっと、驚いてしもた。


 クローバさんが、ウチに謝ったんや。


 プロの使用人さんやのに、ウチみたいなもんに頭下げたんやもん。

 儀礼という意味でなく、自分の落ち度を落ち度として認めた、みたいな意味で。


 驚いているのはヨシミさんもで。


 ヒカリさんは驚いているウチらふたりに驚いていた。


 で、中でただひとり。


 ウチとヒカリさん以外見えてへんけど、テツコだけがなんかしたり顔でウンウン頷いとったわ。


 ……そしてこの日から、ウチは普通に挨拶できる人が、さらに2人、増えたんや。


~2章(了)~

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