サクラコの事情 第一話

 サクラコを家に泊めることになった。

 俺は今、今日出た大量の洗い物を片付けている。まるで一週間分の洗い物を一気にやっているかのような気分だ。

 当のサクラコだが、今は風呂に入っている。風呂場からキッチンまで廊下を挟んでそこそこ距離があるのに、ここまで鼻歌が聞こえてくるあたり、相当上機嫌なんだろうな。

 洗い物もあと少し、という所に差し掛かったあたりで携帯から着信音が鳴った。


「はいもしもし、喜多です」

『た、孝文さんっ!メール見ましたよ!と、泊まりに来てる人って!!あの!!』


 電話の相手はほなみさんだった。何をそんなに慌ててるんだ。


「どうどう。落ち着いて。どうしたの、さっきメールしたでしょ?今日は泊まりに来てる人がいるから電話できないよごめんね、って」

『そ、そうですけどっ!そのっ……泊まりに来てる人って……女性ですか……?』


 まぁ、一応は女性だな。まだ子供だけど。


「女性だけど、それがどうかしたの?」

『他に!その女性と孝文さん以外にいないんですかっ!?』


 ……?何を言っているんだこの子は。……あぁー、なるほど理解。分かりましたよ。

 

「他にもいるよ。今はもう寝てるんだけど静かなものだね」

『その人も女性ですかっ!?』

「いやぁ、どうなんだろ。どっちかなぁ」

『えっ!?』


 あの子犬の性別、どっちだろうなぁ。しっかり確認してなかったな。


「あははっ、ごめんねちょっと意地悪しちゃったね。今泊まりに来てるのは女性だけど小学生の女の子で、性別分からないって言ってたのは今日保護した子犬の事だよ」


 電話越しに凄い音が聞こえた。携帯を落としたのかな。


『孝文さん!その意地悪はズルいです!』

「ごめんごめん。だけど最初は気付かなかったんだよ。俺も途中から意地悪しちゃったけど、ほなみさんは焦りすぎだよ」


「孝文、誰と電話してるのー?」


 横から声が聞こえたので振り向くと、首からタオルを下げ少し火照った顔をしたサクラコがいた。寝巻なんて用意していないから俺のシャツを着ているが、やっぱりデカかったな。ぶかぶかにも程がある。だが、そんな事はどうでもいい。


「サクラコ、ちゃんと髪を拭いてから来いよ。びしゃびしゃじゃないか」

「えー、ちゃんと拭いたよー」


 サクラコはちゃんと拭いたと言っているがそんな事はなく、セミロングの髪はびしゃびしゃだった。


『孝文さんどうしました、大丈夫ですか?』

「ごめんねほなみさん。また明日電話するから、その時に説明するね。おやすみ」

『えっ、待って孝文さ――』


 ほなみさんが何か言いかけていたがそのまま切ってしまった。ごめんね明日ちゃんと説明します。


「サクラコ、髪拭いてやるからこっち来て」

「はぁーい」


 俺は洗い物が終わっていなかったが、サクラコの髪を拭いて乾かしてやることにした。流石に家に泊まってる人に風邪をひかせるわけにもいかないからな。

 サクラコが首から下げているタオルを使い、少し優しめに髪を拭く。自分でやる場合は力一杯わしゃわしゃー、っとやってしまうがサクラコは女の子だ。髪は女の命と言う人もいるくらいなので、繊細に扱おう。


「もう拭けてるよ孝文ぃー」


 俺に髪を拭かれながらサクラコは言う。


「サクラコ、お前は綺麗で真っ直ぐな髪を持ってるんだからよ、もう少し髪に気を使う事を覚えた方がいいぞ」


 拭きながらだが改めて見るとサクラコの髪って綺麗なんだよな。癖も無く真っ直ぐな黒髪。俺は少し癖っ毛だから羨ましく思ってしまうな。


「えー、髪長くなると汗でくっついて嫌なんだよー!」

「確かにそれは嫌だろうけどよ、髪型変えて対策できるだろ?……ドライヤー持ってくるからリビングで待っときな」


 ある程度拭くことが出来たので次は乾かしてやろうと思い、俺はドライヤーを置いている洗面所まで取りに行った。ついでに櫛も用意しとこう。

 ドライヤーと櫛を持ってリビングに戻ると、サクラコはソファに腰掛けて足をぶらぶらと遊ばせていた。


「ほらサクラコ、乾かすぞー」

「あ、それ熱い風出てくるやつだ」


 ドライヤーを指差しながら言うサクラコは、それ自体は知っていてもあまり使った事がないような言い方をしていた。


「しっかりドライヤー使って乾かさないと、綺麗な髪が痛んじゃうんだぞー。それと、このまま寝たら寝癖が凄いことになる」

「そうなの?使った事ないから知らなかったー」


 櫛で梳かしながら風を当てて乾かしていると、サクラコはその様子をまるで珍しい物でも見るかのように横目でチラチラと見てきた。

 どうやら、本当にドライヤーの使用用途を知らなかったらしいな。サクラコの親は一体どういった教育を施してきたのだろうか。家にいないっぽいから教える機会すら無かったのか?


「これ、気持ちいいねー……」


 そう言うサクラコだったが、先程までドライヤーに興味を示していた視線は少し虚ろで、とても眠そうだった。

 それもそうか。今日は朝早くから動きっぱなしで、皆が来てからは慣れない人達の相手をしてでとても疲れているはずだ。

 ……流石にこんな状態ではサクラコの家については聞けないな。明日起きてから聞いてみるか。


「サクラコ、もう少しで乾かし終わるからそれまで我慢しようなー」

「あーぃ……」


 眠い眼をゴシゴシと擦りながらなんとか耐えていたサクラコだったが、乾かし終わる前に項垂れて静かになったので寝てしまったのだろう。よくこのドライヤーの音の中で寝れるな。

 サクラコが寝てから数分後、乾かし終わったので客間に敷いてる布団まで運んでやる事にした。起こしても可哀想だからね。

 サクラコを客間まで運んだ俺は、すやすやと気持ちよさそうに寝るサクラコを一度見ると、その場を後にする。

 さて、どうしたものか。保護してる子犬の事もそうだが、サクラコの家庭事情やほなみさんへの事情説明等、これからやる事がいっぱいだ。


「はぁ……何が何だかなぁ」


 俺は溜息をつくと、ひとまずは目先のやる事を処理するために再びキッチンへと足を運ぶ。先程途中で止めた洗い物を片付けないとだ。それが終わると庭の片付けと掃除。洗濯は……明日でいいか。面倒事は、明日の自分に任せよう。

 そんな事を思いながら、深夜まで動き続けて今日中に終わらせる事を片付けた俺は、少し休憩の為に自室の布団に倒れ込んだ瞬間に意識が飛び、泥のように眠るのだった。

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