皆ではしゃごうBBQ 第一話

 ナツアカネなど夏の名物となっているような昆虫の姿が見られなくなった10月後半の土曜日。

 俺とサクラコは朝早くから庭先で準備をしていた。


「孝文、これはどこに置くの?」

「あー、それはブロックの横に置いといてくれ」

「あいっ」


 テーブルを用意したり、簡易の調理場を用意したり。あっちこっちと庭先を奔走しながら準備を進めていく。

 今日は松田さん達を招いてのバーベキューだ。前職を辞めてからそんなに時間は経っていないものの、辞めてからの出来事が濃い内容のものばかりだったのでどうにも久しぶりに感じてしまう。


「今日はいっぱい人来るんだよね?」

「そうだなー、松田さんは1人で来るだろー、清水さんと須藤さんはご家族も連れてくるし、青央さんも1人で来る、俺の友達も1人来るし……結構大人数になるな」

「いっぱいだー!」


 ちょっと多くなりすぎたかもしれないな。クロエが怯えないかだけが心配だ。烏骨鶏達はなんか毅然とした態度だから問題無いんだろうけど。

 サクラコはワクワクしているみたいだな。松田さんの強面に驚くか今から楽しみだ。


 さて、準備は大体終わったから日課に移るとするかな。


「サクラコ、ひとまずの準備はほとんど終わったから、クロエと烏骨鶏達を庭に出してやっていいぞー」

「わかったー、出してくるー!」


 サクラコは庭の端にある二つの小屋まで駆けていき、勢いよく扉を開けた。クロエはゆっくりとマイペースに、烏骨鶏達は一斉に庭に飛び出してくる。

 俺は動物達が出てきたことを確認すると、まずは大人しいクロエに近づいた。


「クロエー、おはよう」


 クロエの顔の位置までしゃがんでそう言うと、コクンと頷いた。……頷いた?

 なんだろうな、最近クロエがまるで俺の言葉が分かるような動きをするんだよな。ただの気のせいだとは思うんだけど。

 俺はそんな事を考えながらもクロエの全身を観察する。小屋に入っている間に怪我をしていないか、体調を崩していないかなどチェックするのだ。


「よし、大丈夫そうだな。サクラコー、そっちはどうだー?」


 クロエに異変が無い事を確認したので、烏骨鶏達を見ていたサクラコに声を掛ける。


「大丈夫だよー!みんな元気!」


 サクラコも先程俺がクロエにやったようなチェックを烏骨鶏達にやってくれている。いやぁ、サクラコがいると楽でいいなぁ。烏骨鶏達、俺が近づくと一番でデカいヤツ以外はみんな暴れるんだよな。だけどサクラコだと暴れない。なんでかなぁ。


 ひとまず、チェックは終了だ。次は餌の準備をする。

 烏骨鶏達には米や麦など穀物を混ぜて米ぬかをまぶしたものを。クロエにはサクラコが持ってきた笹の葉とご近所さんがくれた葉野菜を。


「サクラコ、これを烏骨鶏にお願いな」

「あいっ!」


 俺は計量カップに入れた餌をサクラコに渡すと、クロエから少し離れた位置に餌を撒いた。撒かれると同時に烏骨鶏達は喧嘩する事も無く食べだした。

 そして俺はクロエに餌を与える。


「いっぱい食べるんだぞー」


 うんうん、良い食いつきだ。この食いつきも健康状態によって異なるから観察する必要があるんだよな。動物を飼うのはこういった細かい事にも細心の注意を払いながら見る必要があるから大変だ。でも、これが面倒ってわけでは無いから苦に思っていない。むしろこれが苦に感じる人は動物を飼う事をオススメしない。


 さて、クロエも烏骨鶏達も食事に夢中になっているので、今のうちに小屋の掃除を済ませるか。

 俺はホウキと塵取りを持ってクロエの小屋に入る。多少の獣臭さがするな。鶏小屋の方は発酵床が正常に働いているからか匂いはほとんどしないが、こっちの小屋は特に何もしていなかったからな。匂いが出て当然か。その内こっちの床も発酵床にするかな。

 おっといかん、掃除をしなきゃだな。コロコロとした糞が散らばってるので、それをホウキで掃きながら回収していく。


「孝文、掃除中?」


 小屋の出入り口から顔をのぞかせながらサクラコが訪ねてくる。


「おう、掃除中だぞー」

「わたしも鶏小屋の掃除していい?」

「手伝ってくれるのか?だったらお願いしようかな」

「うん、任されたー!」


 サクラコはそそくさと掃除用具を手に取ると、鶏小屋の掃除を始めた。

 正直、めっちゃ助かる。鶏小屋は俺の身体だとしゃがんでの掃除になるので、腰が悲鳴を上げてしまうのだ。その点、サクラコであれば背が低いので楽に作業ができるというわけだ。それに、案外仕事が速いし丁寧。この前も鶏小屋を掃除してもらったが、それはもう綺麗にしてくれたのだ。


「さて、俺も張り切って掃除するかー」


 俺は気持ちを切り替え、掃除を再開するのだった。


 日課を済ませた午前10時過ぎ。

 俺とサクラコは室内で涼みながら休憩を取っていると、外から聞き覚えのある太鼓を叩くかのような排気音ともう一つ、野太い排気音が聞こえてきた。


「孝文、なんか凄い音聞こえるよ?」

「あー……バイクの音だな。先輩達が来たんだな。サクラコ、ちょっと外出てくるわ」

「わたしも行く!」


 サクラコと共に玄関先に行くと、家の前でスマホを見ながらキョロキョロと辺りを見渡すバイクに乗った2人組がいた。


「松田さん、青央さん」


 俺が呼びかけると2人はこららを振り向き、ヘルメットを取ってバイクを降りた。


「よぅ、喜多。久しぶりだな」

「やぁ喜多くん!久しぶりだね!」

「お久しぶりです。バイクで来たんですね」


 青央さんは俺から買い取ったバイクで、松田さんは自分のアメリカンバイクで来ていた。


「おう、ツーリングに丁度良い距離だったからな」

「喜多くんから貰ったバイクは乗り心地最高だったよ!」


 なるほどな。ツーリングがてらバイクで来たってわけか。


「孝文、この人達が?」

「おう、そうだぞー。松田さんと青央さんだ」


 サクラコは俺の後ろに隠れながら聞いてくる。そういえばクロエの時も人見知りしていたな。


「やぁ、君が喜多くんのお友達かい?ボクは青央。よろしくね」

「松田だ。喜多が世話になってるな」


 青央さんは爽やかに、松田さんはまぁ……いつも通りに挨拶をする。


「サクラコ、です……よ、よろしく……」


 まぁ、松田さん顔怖いからなー。こりゃビビってるな。


「すみませんね、サクラコは少し人見知りでして。いいやつなんで、可愛がってくださいね」


 ……そういえば、俺と初めて会ったときはこんな感じじゃ無かったんだけどな。俺にもよそよそしくなってもいいんだよ?


「勿論さ。ボクも松田さんも子供好きだから安心してね!」

「子供好きってわけじゃねぇがよ……まぁ安心しとけ。悪いようにはしないからよ」


 いやいや、松田さんよ。その言い方がちょっと怖いんだよ。


「サクラコ、この人達は優しいから大丈夫だぞ。というか、今日来る人は皆優しいから安心しとけ」

「……うん、分かった!」

「ほら、ここはいいからちょっとクロエと烏骨鶏達の様子を見てきてくれないか?」

「分かったー!見てくる!」


 そう言うとサクラコは庭へと走っていった。


「喜多、お前随分と懐かれてるんだな」

「え、そう見えます?」


 懐かれてる、って言うか、ただのお友達なんですがね。友達相手に心開いて打ち解けるっていうのは当然だと思うんだが。


「はははっ、確かに喜多くんは懐かれてるだろうね。……あぁそうだ。松田さん、あれ」


 青央さんが松田さんのバイクを指さすと、松田さんは何かを忘れていたかのようにそそくさとバイクの後ろに積んでいた大きなクーラーボックスを俺の前に持ってきた。


「何ですかこれ?めっちゃデカいクーラーボックス?」

「この前電話で言っただろ?肉だよ。大量に持ってきたぞ」


 クーラーボックスを開けると、それはもう大量の肉が入っていた。え、これ食べきれるかな。マジで多いぞ。


「また大量に持ってきましたね。これ全部食べきる気ですか?」

「余ったら動物の餌にするなり、お前が食えばいいだろ」

「ボクは食べきるつもりで来たけどね!松田さん凄く張り切って用意してたんだよ?」


 余計な事を言うな、とばかりに松田さんは青央さんの脇腹を殴っていた。まったく、このヤクザフェイスに似合わない程優しい人だな、松田さんは。


「それじゃ、ありがたく頂きますね。まだ誰も来てないので、家の中で休んでてください」

「あいよー、邪魔する……お、ありゃ須藤さんの車だな」


 松田さんの視線の先を追ってみると、ミニバンタイプの黒い車がゆっくりと徐行しながら進んできていた。

 その車は家の前まで来ると運転席側の窓が開けられ、それはもう憎たらしいまでにニヤニヤと嬉しそうな顔をした須藤さんの顔があった。


「たーきー!久しぶりだなぁ!」


 あぁそういえば須藤さんに”たーきー”って呼ばれてたよなぁ……


「お久しぶりです、須藤さん。お休み中にわざわざ遠くまですみませんね」

「いいってことよ!家族旅行気分だったさ!」


 助手席に乗ってるのが須藤さんの奥さんで、後ろに乗ってる女の子がお子さんかな?前職に勤めてるときに会ったこと無かったからなぁ。


「あ、ひとまず車は適当な場所に……って、あれ清水さんの車じゃ……?」


 清水さんの車がこっちに来るのが見えた。なにこのお客さんラッシュ。


「須藤さん、適当な場所に車停めて下さい。邪魔にならなければどこでもいいので」

「はいよー、適当に停めとくわー」

「お願いしまーす」


 俺は須藤さんの車を後にし、清水さんの出向かいをする。


「清水さん、お久しぶりです」

「おぉ、喜多。久しぶりだなぁ。すまんな、家族まで連れてきて」


 家の前に車を停めた清水さんが言う。


「いえいえ、休日に来てもらったんですから。家族旅行とでも思って楽しんでいって下さいよ。……満足にもてなせるかは分かりませんけどね」

「ははは、いいんだよ気にしなくて。お前が仕事辞めてから何してたかしっかり聞いてやるから覚悟しとけよ?」

「あははー……お手柔らかにお願いしますね。じゃ、適当な場所に車停めちゃって下さいね」

「おうよ。須藤が停めた隣にでも停めとくわ」

「あーい、お願いしゃっしゃーっす」


 こんなにも一気に来るとは思わなかったよ。急にバタバタしちゃったな。

 おや、清水さんが車を停めて一緒に奥さんと息子さんが出てきたな。清水さんご一家は一度だけ会ったことがあるから顔は知っている程度だ。


「運転お疲れさまでした。もう中に皆いるので遠慮せず入っちゃってください」

「あいよ、邪魔するな」


 清水さんご一家と一緒に家に入りリビングに行くと、皆座ったり話したりで和気あいあいとしていた。


「喜多、随分と良い家買ったな」


 松田さんがキョロキョロとリビングを物色しながら言う。


「そうでしょう?元はお隣さんの別邸だったんですけど、管理できないとかで俺が買い取ったんですよ」

「庭も広いし、キャッチボールとかも出来そうだね!」


 青央さんは楽しそうに庭を眺めながら言う。キャッチボールか。確かに楽々できる広さだな。


「庭でヤギと烏骨鶏を飼っているので、疲れてなかったら是非撫でてやってください」


 俺の言葉を待ってました!とばかりに皆ぞろぞろと庭に出ていった。流石に家の中に残っているのは須藤さんと清水さんの奥様達くらいだな。


「喜多さん、これからバーベキューをするんでしたね。もしよろしければお手伝いさせてください」


 奥様方はそう言ってくれた。


「事前に食材を用意はしていたものの、さっき松田さんから頂いた大量の肉を切ったりしなきゃだったので正直、もの凄く助かります」


 俺と奥様方は肉の準備の為にキッチンへと向かった。

 松田さんから受け取った肉が大量に入ったクーラーボックスを再度開けて確認してみると、焼肉用の切ってあるものもあったが、大ぶりな肉の塊なんかもあったりでこれは大変そうだ。


「では早速始めましょうか」

「ふふっ、主人から聞いてはいましたが、喜多さんは楽しそうに作業をされる方なんですね」

「えっ?」


 須藤さんの奥さんにそんな事を言われてしまった俺は、少し戸惑ってしまった。楽しそうに見えるのか?いやいや、俺だって庭で遊びたいですよ、奥様。


「孝文ー、またお客さん来たよー」


 サクラコが庭先から大声で伝えてくれる。


「え、あっ、すみません、ちょっとやってて貰ってもいいですか?」

「えぇもちろんです」

「ありがとうございます、ちょっと行ってきますね!」


 俺は包丁を置き、軽く手を洗ってまたしても玄関に向かう。あぁ、なんと忙しい事か。

 玄関の前には1人の男性が立っていた。ラフな恰好に、手にはキラキラと光る大きなヤカンを持った……ヤカン?


「やぁ、キタサン。来たよ」

「やぁ、てんちょー。なんだいそのヤカンは」


 この人はてんちょー。趣味でやってるネットゲームで知り合った友達だ。てんちょーは俺の住んでいる所からすぐ近くのところに住んでいたらしいので、来てもらったってわけだ。

 そして、”キタサン”は俺のキャラネームってとこだ。ほらいるだろ?真っ黒な馬でキタサン〇ラックって。そこから取っただけ。ちなみに俺はてんちょーの本名を知らないし、てんちょーも俺の本名は知らないだろう。だけど、そんなのでもいいんだよ。


「はははっ、10月後半と言えど晴れの日の日中は暑いからね。熱中症対策として僕のオススメするお茶を持ってきたんだよ」

「随分と個性的なハンドバックかと思ったけど、なるほどそういう事ね。正直助かるよ。知り合いいなくて窮屈だろうけど、楽しんでいってな」

「キタサンが日頃から言ってるヤギと烏骨鶏をついに見れる日が来たんだ。楽しみで仕方が無かったよ」

「おう、是非撫でてやってくれな。直接庭に行っちゃっていいから」

「それじゃ、お邪魔するね」


 そう言うとてんちょーは庭に回っていく。

 これで今日来るお客さんは全員だ。いやぁ、多いね。こんなにも来てくれるなんて。これは俺も張り切らなくちゃだな。


「さぁて、これから楽しくなるぞ。いや、楽しくさせるぞ、か。……頑張りますかぁ」


 俺はそう呟き自分を鼓舞すると、再びキッチンへと戻り準備を始めるのだった。



●作者の独り言

てんちょーとゲームをしているくだりは脱サラ編第二話に13文字だけ書いてたりします。そんな伏線にもなってない事回収すんなって?はっはっは、いいんですよ、小説なんだから。

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